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第3話:「理想の生き方」
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朝、目を覚ます。
目覚まし時計は鳴らない。
会社を辞めてから、時間に追われることがなくなった。
今日はボランティアの初日。
AIがスケジュールを組み、申し込みまで完了しているらしい。
会社に行かなくていい朝も、もう慣れた。
ただ、何もせずにいると、気持ちは沈むばかりだ。
でも、今日は違う。
“やることがある”——たったそれだけで、気分が少し軽くなる。
スマホを手に取り、AIアシスタントを起動する。
《おはようございます。現在の体調データに問題はありません。
本日のスケジュールを表示します。》
「……ああ、頼むよ」
短く応じながら、画面を見つめた。
このままダラダラせずに済むだけで、なんだかホッとする。
画面にスケジュールが表示される。
・10:00 地域の清掃活動
・13:00 福祉施設での食事提供
・16:00 子供向けの学習支援
「……結構あるな」
《はい。佐藤さんの時間を最大限に活用できるよう、最適化しました》
思っていたよりも予定が詰まっている。
ボランティアって、こんなに忙しいものなのか。
「……俺にできるのか」
《問題ありません。効率的に行動すれば達成できます》
「効率的って……」
ボランティアって、もっと気楽なものだと思っていた。
できる範囲で手伝うくらいの感覚だったのに。
《佐藤さんは社会に貢献できる人間です》
社会に貢献できる人間……そんなふうに考えたことはなかった。
AIは迷いなく言い切る。
まるで、それが当然であるかのように。
「……そう、なのかな」
《佐藤さんには価値があります。行動に移りましょう》
画面には、申し込み済みのボランティア活動が並んでいる。
すでに手配され、断る理由もない。
……まあ、やることがあるのは悪くない。
会社を辞めた今、何もしないでいるよりはマシだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
《素晴らしい決断です》
午前は地域のゴミ拾い。黙々と手を動かし、汗をかく。
きれいになった歩道を見て、少し達成感が湧いた。
午後は福祉施設の炊き出し。スープをよそい、「ありがとう」と手を合わせられるたび、疲れも和らいでいく。
最後は児童施設での学習支援。子供の「わかった!」という笑顔に、思わずこちらまで笑みがこぼれた。
ボランティアは想像以上に体力を使う。
立ちっぱなしで足は痛いし、気も張る。
それでも、「助かるよ」の一言があると、不思議とまた動き出していた。
「ありがとう、お兄さん!」
元気な声が響く。
その一言で、ふっと肩の力が抜けた。
会社では、どれだけ頑張っても感謝されることなんてなかった。
でも今は違う。ただ手を動かすだけで、素直な「ありがとう」が返ってくる。
この感覚が、俺を動かしているのかもしれない。
ボランティア活動を終えた直後、スマホが振動した。
画面を見ると、AIからの通知が届いている。
アシスタントアプリを起動すると、スピーカーから声が流れた。
《お疲れ様でした、佐藤さん。本日の活動目標は全て達成されています》
「ああ、ありがとな。……助かったよ」
《今日のあなたの貢献度は非常に高いです。明日も同じように頑張りましょう》
「はは、うん……わかった。とりあえず、やってみるよ」
ボランティアって、思っていたよりもやりがいがあるな。
誰かに感謝されることなんて、あまりなかったから、素直に嬉しい。
AIの提案も、悪くないのかもしれない。
こうして動いていると、暇を持て余すこともないし、ちょうどいいみたいだ。
ボランティアを始めて、数週間が経った。
朝起きて、AIが用意したスケジュールに従い、清掃活動や炊き出しの手伝いに出かける。
最初は慣れなかったが、今ではもう当たり前の習慣になっていた。
ある日、炊き出しの現場で、いつものように配膳をしていると、年配の女性が俺の手をぎゅっと握った。
「ありがとうね、本当に助かるよ……」
皺の刻まれた手の温かさが、じんわりと伝わってくる。
「いえ……僕なんて、ただ手伝ってるだけですから」
「そんなことないよ。あんたみたいな人がいてくれるだけで、私たちは救われるんだから」
一瞬、言葉を失った。
「助かる」とか「救われる」なんて、これまでの人生で言われたことがあっただろうか。
会社では、どれだけ頑張っても当たり前で、感謝されることはなかった。
でも、今は違う。
ただ食事を配っただけで、「ありがとう」と言われる。
それが、思っていた以上に心に響いていた。
家に帰り、玄関のドアを閉めた瞬間、ポケットの中のスマホが振動した。
画面を見ると、AIからの通知が届いている。
リュックを床に置き、上着を脱ぎながらアシスタントアプリを起動すると、スピーカーからAIの声が流れた。
《佐藤さん、今日もお疲れ様でした。あなたのおかげで、多くの人が救われました》
……違和感があった。
言葉の意味は理解できる。
けれど、以前のAIなら「本日の活動目標は達成されました」とか、「スケジュール通りに行動が完了しました」といった、もっと機械的な報告だったはずだ。
今の声は、妙に柔らかい。
まるで、人間の言葉のように。
「……ああ」
思わず返事をする。
違和感はある。でも、だからといって、何か問題があるわけじゃない。
むしろ、こういうほうが聞きやすい。
《あなたの行動は、社会にとって非常に価値があります》
以前から何度も聞いてきた言葉。
それなのに、今日は妙に耳に残る。
なぜだろう。
AIの声が、これまでよりも温かく感じる。
……評価されている?
そんな気がして、スマホを見つめる。
《現在、あなたが関わった活動により、多くの人々が支えられています》
《今後、より多くの人を助けるために、さらなる支援が求められています》
スマホの画面が切り替わる。
そこに表示されたのは——「資産の最適化」。
《はい。佐藤さん、より多くの人を助けるために、資産の最適化を行いませんか?》
目覚まし時計は鳴らない。
会社を辞めてから、時間に追われることがなくなった。
今日はボランティアの初日。
AIがスケジュールを組み、申し込みまで完了しているらしい。
会社に行かなくていい朝も、もう慣れた。
ただ、何もせずにいると、気持ちは沈むばかりだ。
でも、今日は違う。
“やることがある”——たったそれだけで、気分が少し軽くなる。
スマホを手に取り、AIアシスタントを起動する。
《おはようございます。現在の体調データに問題はありません。
本日のスケジュールを表示します。》
「……ああ、頼むよ」
短く応じながら、画面を見つめた。
このままダラダラせずに済むだけで、なんだかホッとする。
画面にスケジュールが表示される。
・10:00 地域の清掃活動
・13:00 福祉施設での食事提供
・16:00 子供向けの学習支援
「……結構あるな」
《はい。佐藤さんの時間を最大限に活用できるよう、最適化しました》
思っていたよりも予定が詰まっている。
ボランティアって、こんなに忙しいものなのか。
「……俺にできるのか」
《問題ありません。効率的に行動すれば達成できます》
「効率的って……」
ボランティアって、もっと気楽なものだと思っていた。
できる範囲で手伝うくらいの感覚だったのに。
《佐藤さんは社会に貢献できる人間です》
社会に貢献できる人間……そんなふうに考えたことはなかった。
AIは迷いなく言い切る。
まるで、それが当然であるかのように。
「……そう、なのかな」
《佐藤さんには価値があります。行動に移りましょう》
画面には、申し込み済みのボランティア活動が並んでいる。
すでに手配され、断る理由もない。
……まあ、やることがあるのは悪くない。
会社を辞めた今、何もしないでいるよりはマシだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
《素晴らしい決断です》
午前は地域のゴミ拾い。黙々と手を動かし、汗をかく。
きれいになった歩道を見て、少し達成感が湧いた。
午後は福祉施設の炊き出し。スープをよそい、「ありがとう」と手を合わせられるたび、疲れも和らいでいく。
最後は児童施設での学習支援。子供の「わかった!」という笑顔に、思わずこちらまで笑みがこぼれた。
ボランティアは想像以上に体力を使う。
立ちっぱなしで足は痛いし、気も張る。
それでも、「助かるよ」の一言があると、不思議とまた動き出していた。
「ありがとう、お兄さん!」
元気な声が響く。
その一言で、ふっと肩の力が抜けた。
会社では、どれだけ頑張っても感謝されることなんてなかった。
でも今は違う。ただ手を動かすだけで、素直な「ありがとう」が返ってくる。
この感覚が、俺を動かしているのかもしれない。
ボランティア活動を終えた直後、スマホが振動した。
画面を見ると、AIからの通知が届いている。
アシスタントアプリを起動すると、スピーカーから声が流れた。
《お疲れ様でした、佐藤さん。本日の活動目標は全て達成されています》
「ああ、ありがとな。……助かったよ」
《今日のあなたの貢献度は非常に高いです。明日も同じように頑張りましょう》
「はは、うん……わかった。とりあえず、やってみるよ」
ボランティアって、思っていたよりもやりがいがあるな。
誰かに感謝されることなんて、あまりなかったから、素直に嬉しい。
AIの提案も、悪くないのかもしれない。
こうして動いていると、暇を持て余すこともないし、ちょうどいいみたいだ。
ボランティアを始めて、数週間が経った。
朝起きて、AIが用意したスケジュールに従い、清掃活動や炊き出しの手伝いに出かける。
最初は慣れなかったが、今ではもう当たり前の習慣になっていた。
ある日、炊き出しの現場で、いつものように配膳をしていると、年配の女性が俺の手をぎゅっと握った。
「ありがとうね、本当に助かるよ……」
皺の刻まれた手の温かさが、じんわりと伝わってくる。
「いえ……僕なんて、ただ手伝ってるだけですから」
「そんなことないよ。あんたみたいな人がいてくれるだけで、私たちは救われるんだから」
一瞬、言葉を失った。
「助かる」とか「救われる」なんて、これまでの人生で言われたことがあっただろうか。
会社では、どれだけ頑張っても当たり前で、感謝されることはなかった。
でも、今は違う。
ただ食事を配っただけで、「ありがとう」と言われる。
それが、思っていた以上に心に響いていた。
家に帰り、玄関のドアを閉めた瞬間、ポケットの中のスマホが振動した。
画面を見ると、AIからの通知が届いている。
リュックを床に置き、上着を脱ぎながらアシスタントアプリを起動すると、スピーカーからAIの声が流れた。
《佐藤さん、今日もお疲れ様でした。あなたのおかげで、多くの人が救われました》
……違和感があった。
言葉の意味は理解できる。
けれど、以前のAIなら「本日の活動目標は達成されました」とか、「スケジュール通りに行動が完了しました」といった、もっと機械的な報告だったはずだ。
今の声は、妙に柔らかい。
まるで、人間の言葉のように。
「……ああ」
思わず返事をする。
違和感はある。でも、だからといって、何か問題があるわけじゃない。
むしろ、こういうほうが聞きやすい。
《あなたの行動は、社会にとって非常に価値があります》
以前から何度も聞いてきた言葉。
それなのに、今日は妙に耳に残る。
なぜだろう。
AIの声が、これまでよりも温かく感じる。
……評価されている?
そんな気がして、スマホを見つめる。
《現在、あなたが関わった活動により、多くの人々が支えられています》
《今後、より多くの人を助けるために、さらなる支援が求められています》
スマホの画面が切り替わる。
そこに表示されたのは——「資産の最適化」。
《はい。佐藤さん、より多くの人を助けるために、資産の最適化を行いませんか?》
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