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第1章 闇喰らいの無能魔術師
言いたくても言えない秘密
しおりを挟む朝、学校の0時限目が終わる鐘の音が教室に響く。
0時限目は始まる時間が早いため、朝食をとっていない学生のことを配慮し、ここから1時間ほどの休憩時間が設けられている。
購買や食堂に向かう学生達。一部の学生は教室に残り各々が自由に時間を過ごしている。
ハルトはというと教室に残って、ぼーっと空を見つめていた。まるで我ここにあらずと言ったところだ。
『それで、大体大まかな話はわかったからよ、細かい話を聞かせてくれよ。古術や奇跡ってのはどういう原理なんだ?三勢力の争いと魔術サイドの隠蔽の理由は?俺の魔眼はどういうものなんだ!?』
『…………あ。』
『あ?』
『いっけなーい!私教会の急用があったのを忘れてました!!細かい話はまた今度にしましょう!』
『あ!テメェ説明すんのが面倒になったから逃げようとしてるな!』
『まっさかぁ☆そんなわけないじゃないですか!まぁそんなわけでまた今度にしましょう!どうせすぐ会うんだし。じゃあ私はこれで!』
サッサと話を無理やり切り上げ、アンリはクラウスと同じように本を取り出して中を開く。
『おい、まちやが…!』
金の羽が辺りに散り、ハルトの手は空を掴んだだけだった。
『あ、あのヤロォ…』
(結局色々聞けず、夜通し悶々と過ごしちまった…。だが俺の知ってる知識だけじゃ答えに辿り着けないし、またアンリを捕まえて聞き出すしかないか)
ハルトはクマの残るまぶたを擦り、机に突っ伏した。
(そういや浅見は魔術のこと知らなそうだったのに、アンリはやけに詳しかったな。あいつ一体何者…)
このまま机に突っ伏していたら眠ってしまいそうだ。いや、時間もあるしいっそ眠ってしまおうか。
そう思い目を閉じるハルトだったが、その計画は後ろからかかった声にすぐ妨害されてしまった。
「勉強熱心な四宮が教室で寝るなんて珍しいのぉ。学校だけじゃ飽き足らず自宅でも相当勉強していると見た!」
「ハルトは魔学一筋なんだから。いつもへらへらしているあんたと一緒にしちゃダメよ」
「柑奈と…一条か」
柑奈にへらへら男と称されたのは一条 廉太郎。別に本人はへらへらしているつもりがなくても、チャームポイント(自称)でもある糸目のせいでそう見えてしまう。ただ性格もへらへらしているので結局見た目の問題ではないのだが。
そしてなぜか地元の方言でもないのに~じゃ、~だのぅといった特徴的なしゃべり方をしていて、一人称が「ワシ」なものだから一部の学生からは『へらへらじじい』というもはや罵倒と思われる愛称で知られている。なぜか本人は気に入っているようだ。
「勉強は学校の中でできる分で十分じゃけぇ、集中しとれば予習も復習も必要ない」
魔学といえば~と一条は思い出したようにあることを口にする。
「四宮、結局固有性質はわからずじまいだったらしいのぉ。無性質でなく不明とは何とも不思議なもんじゃ」
「ちょっと!一条!」 「ん?」
柑奈は一条を止めに入る。この間固有性質の件でハルトにいろいろ言ってしまい、最新技術をもってしてもわからなかったことをハルトが気にしていると知っているからだ。そんなこと一条は知る由もなく、柑奈に止められた理由をまるで分っていない。
柑奈は恐る恐るハルトのほうを見るが…
「ん?どうした柑奈」
ハルトのほうはまるで気にしていない様子だ。
「あれ、ハルト気にしてないの?最新技術を駆使してもダメだったのに…」
「あぁ、それな。まぁ無いわけじゃないんだし、気にしてたってどうしようもないからな」
「ハルト…」
「ずいぶんと大人だのぅ四宮は」
否、断じて否である。
(うぉおおおお!言いてぇ、超言いてぇ!俺実は魔眼の保有者だったって言ったらこいつらどんな顔するか…あぁああああぁああ!もどかしい!)
実は固有性質ではないところで別の能力を持っていたことを知ったハルトは、今となっては固有性質も魔技の結果もなんてことはない。しかし、この二人に言ったとしてどう説明したらよいのか。
古術や奇跡の存在を知っている学生などいるはずもないし、上層部が意図的に隠蔽していることを考えるとおいそれと口に出すのは危険だ。ハルトは何とか冷静を装いつつ、あふれんばかりの気持ちを押し込めた。
「そういえば聞いたか二人とも。このクラスに転校生が来るという話があるんじゃが」
「転校生ぃ?」
ハルトと柑奈はきれいにハモった。
(入学シーズンからすぐ転校生ってことは訳ありか…)
実は魔学区において入学時期が遅れての転校は別に珍しいことではない。決して広くはない魔学区に学校が乱立しているのはそれぞれ特色があるためなので、自分の相性と合致しない学生が転校してくることはよくあるケースであり、当然学生優先のこの都市の中ではむしろ推奨すらすることだ。
「さすがね。毎度いったいどこから情報を仕入れているのかしら」
「それを言ったら商売にならんからのぅ、秘密じゃ。ついでに、この話はまだ続きがある」
商売なんぞしてないだろうというツッコミをしたいところだったが、次の言葉が気になるのでここは我慢するハルト。柑奈と二人して耳を立てる。
「実はな……その転校生、すごい美少女らしいんじゃ」
「………」
もったいぶるから何かと思えば…一方の一条の熱の入りように二人は温度の差を感じる。
「あれ、意外と盛り上がらんのぉ。特にハルト、美少女やぞ美少女。しかも転校生。これに浮足立つなという方が無理な話じゃ」
「一条、美少女ならこのクラスは間に合っているんじゃないかしら??」
柑奈は『美少女』という言葉に目を輝かせる一条に若干の怒気を織り交ぜた口調でこぶしを握る。残念ながらそのことに気づかないハルトはつい思ったことを口走ってしまった。
「おいおい自分で言うかよ。まぁ美少女ってところは否定しねぇけど、その前に『残念』をつけないどおおっふうぅ!」
握られたこぶしは閃光のごとくハルトの腹目掛けて放たれた。その鈍痛に、再びハルトは顔面を机の上に放り出す。
「四宮、おまえさんよく言えば正直者じゃが悪く言えば察しの悪い奴じゃのぉ」
「まったく!男ってやつは!」
二人の言葉はもうハルトには届かなかった。
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「皆さん席についていますね。それではホームルームを始めます」
休憩時間後、ホームルームが始まる10分前には誰一人欠けることなく席についている。
「ですがその前に、今日からこのクラスに転校生がやってきます」
(一条の話は本当だったのか。さすが自称情報屋…)
他のクラスメイトからは知らなかったという声が上がっている。よほど表に出ない話だったのだろうが、そこをしっかり見つけてくるところはさすが一条廉太郎といったところだ。
教室の自動ドアがスライドする。
(背は高くないな。金色の長い髪…外国人か?あれ、目が蒼い色をしている…!?)
一条はというともうあふれんばかりのガッツポーズをかましている。確かに美少女だ。
というか、ついこの間あったばかりの人だった。
ハルトの座っていた椅子はひときわ大きい音を立てて後方へと倒れていく。思わず立ち上がったハルトは転校生よりも注目を集めてしまった。しかしそんなことハルトはまるで気に留めない。それよりも目の前に立っている少女のことが問題だ。
「え…お前なんで…」
「おや、四宮さんのお知合いですか」
ハルトが口を開くよりも早く、アンリ・マユ・アステラ・バーミティアはありもしない事実を淡々と述べて見せた。
「はい先生。四宮さんは魔学区に来たばかりの私が道に迷っていたところを助けてくれたのです」
「それはよい行いですね。えらいですよ四宮さん」
はぁ?と思うのもつかの間、アンリはこちらを見てにっこりと笑った。
「昨日はありがとうございました四宮さん。まさか一緒のクラスになるなんて、これからよろしくお願いしますね」
しかしハルトは見逃さなかった。一瞬、ほんの一瞬だが野獣のごとく眼光をこちらに放ち『余計な事をしゃべったら〇す』と目で語ったことを。
「あ、あーはははは、いやーまさか同じクラスなんて思わずびっくりした!よろしくな!」
(こいつっ!何考えてんだ!なんで…というかどうやって転校なんて!)
この流れは間違いない。次に先生が言う言葉はもう決まっている。
「そういうことだったら、四宮さんはアンリさんに学校の案内をしてあげなさい。ではアンリさん、自己紹介を」
恐らくここまで、アンリの計算通りに事が運んでしまったようだ。ハルトは力なく席に着いた。
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「篠崎さんって外国の人なの!?きれいな金髪!」
「瞳も青いよね。エキゾチックな感じでいいなぁ」
「どういう魔術を専攻するの!?」
休憩時間、さっそくアンリの周りには人だかりができていた。『篠崎』というのは自己紹介の時に名乗ったアンリの偽名だ。あんな長い名前を言うと目立つから篠崎アンリとしてこの学校に溶け込むつもりらしい。
「すいません皆さん、わたくしこれから四宮さんに校内を案内して貰いますので」
そういうとこちらに視線を送りつつこちらに近づいてくるアンリ。
「それでは行きましょうか、四宮さん」
半ば無理やり人だかりをかき分け、ひとまず教室を脱出する。すぐ近くに学生がいないことを確認すると、アンリはハルトに耳打ちした。
「この学校で人目が少ないところはどこですか」
「はぁ~…こっちだ」
ハルトは大きい溜息をつくと、アンリを連れ学校のある場所へと向かう。
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「なんという…さすが魔学区、ただの学校ではありませんね。企業の応接室みたいじゃありませんか」
アンリは驚きを素直に口にした。そこは個室がいくつも並ぶ廊下のエリアで、ハルトはそのうちの『未使用』のプレートの部屋を『使用中』に切替え扉を開ける。
広いとは言えないが立派な机とソファ、簡単な給湯室のような設備もそろっている。
「互いの魔導研究について話したり、魔術開発したり…あとは企業との打ち合わせもできるらしいぞ」
ほぇ~、ともはや言葉が出ないアンリ。ハルトはソファに座るとアンリに視線を送る。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
「まったく、せっかちですネハルトさんは」
「もともと説明義務を放置したのはお前だろうが…まぁいいや」
アンリはぽすんとソファに乗り込むと腕を組む。
「じゃあ、ハルトさんが聞きたいことを伺いましょう」
んー、とうなるハルト。聞きたいことがいっぱいあるが、理解が進みやすい順番で聞くことにする。
「そうだな、お前がどうやって俺のクラスに転校してきたかはこの際聞かない。だが入学してきたってことはアンリは魔術が使えるってことなのか?」
アンリは腕を組んだまま、どや顔で答えて見せる。
「ふふん、私は教会の中でも数少ない魔術回路を持っている人材です!ついでに言うと新世代なので固有性質も持ち合わせていますよ!」
(なるほどな、アンリが俺の監視役なのはそういうところも加味しての配置か)
「オーケー、分かった。監視なら同じクラスに入学してしまえば自然に、かつ間近で行えるからな」
それじゃあ次だ、とハルトは次の質問に移る。
「アンリの役割は護衛と監視。護衛はわかる、古術師…特に今は浅見という男に、俺は命を狙われているからな。もう一つの監視っていうのは何を監視してるんだ?」
「はい、大きく分けると二つですね。一つは『中立の維持』二つは『歴史の編纂』。一つ目から行きましょうか」
アンリは人差し指を立て、『1』を作る。
「まずは中立の維持。我々教会の人間の柱でもある部分です。それぞれの勢力が一方的に淘汰しないよう立ち回り、時には武力で制圧する役目を持っています」
「中立、ねぇ。その割には過去魔術師たちは古術師の勢力を武力をもって制圧したんだろ?」
「あの時行われた争いは魔術に対する憂さ晴らしも含んだ極めて一方的な喧嘩を吹っ掛けたことが原因らしいですからね。古術師たちの勢いを止めるため教会が魔術サイドに加担したと記録に残っています」
ふーん、とハルトは顎に手を添える。
「憂さ晴らしか。古術ってのは昔から魔術と対立してたのか」
「いえ、対立というと少し違いますね。魔術師というのは生まれながらに魔術回路を持ち合わせていないとなれない者でしたから。魔術師とそうでない人の間には少なからず格差がありました。そこで登場するのが『古術』と呼ばれる魔術と根本から違う異能です。しかしその力の源や扱いに少々難がありましてね。醜い力、悪しき力と忌み嫌われ結果として余計に確執を生んでしまったわけです」
脱線してしまいましたね、とアンリは仕切り直し指を『2』にする。
「二つ目は、歴史の編纂です。教会のもう一つの顔が観測者という立場で、中立であることを活かし正しく歴史を綴りまとめることが任になります」
「あぁ、魔術師たちは古術の存在を抹消したしそれらの事実を後世に伝えていないからなぁ。勝者は歴史を都合よく変えられるから、第三者による編纂が必要なわけだ」
「その通りです。ちなみに私は編纂部隊に所属していますが、別に戦闘能力が低いわけではないのでそこは安心してください」
ハルトは時計を確認する。午後の授業まであまり時間が無くなってきた。
「とりあえず最後の質問、狙われていることがわかっているのに匿うわけでも逃亡するわけでもなく、同じ学校の同じクラスにわざわざ来て『身辺警護』を選択した理由は?」
うっ、と苦い顔をするアンリ。突っ込まれることはわかっていたが答えたくなかった、そんな顔をしている。
「やっぱりそこは気になりますよね。それが私にもわからないんですよ」
「?どういうことだ?」
「今回の任は支部長から通達されました。当然私もその疑問に行き着いたわけです。だって面ど…教会の人間が魔術側に溶け込むのは結構労力がいりますからね」
(今面倒とか言いかけたなこいつ)
「しかし支部長に聞いても答えは同じ、『上からの指示』だそうです。上層部からだというなら何も考えずに『はいそうですか』とうなずくほかありませんよ」
残念ながら答えられません、とアンリはバツが悪そうに答える。
「いや、助かる。上層部からの指示ってだけでも十分な価値の情報だ」
ハルトには引っかかるところがあるようだ。
「っとまずいな、授業が始まっちまう。アンリ、急いで戻るぞ」
本当はまだまだ聞くことがあるのだが、心残りを感じつつも二人は応接室を後にした。
応援ありがとうございます!
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