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第四章 権謀術策
相反するケントの心
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エクアは寂しげに呟く。
「仲間を信じられない、というのですか? たとえ、証拠はなくても、傭兵の人たちはムキ=シアンの仲間なのに……」
「所詮は金で繋がった仲間だからな。それにもとより、証拠もなく誰かを信用するなど善人であっても難しい。それが悪党であれば尚のこと……」
「そんなのって……寂しいと思います」
「その通りだ。皆がエクアのように純粋であれば良いのであろうが……世界は清らかではいられない。か、」
「か?」
「いや……そうだな……」
私は続く言葉を閉じた……『か』のあとに続くはずだった言葉を。
それは――仮にムキが傭兵を信じたとしても、必ず疑念という染みは残る。その染みをより濃く広げるために、私はアルリナの住人を利用する。ムキの疑念を刺激する噂を流し続け、疑いを生む出来事を頻発させる。
ひたすらに、彼の疑心を揺さぶり続けると……。
さすがにこれは、十二の少女に伝えることではない。
私は閉じた真実の内、伝えてもよい言葉をエクアに渡した。
「仮に……今回の策や先ほどの策がうまくいかなくとも、ムキには時間に限りがあり、私にはない。その差が今後の状況に大きく影響を与えただろう」
「時間に限りが? 何故です?」
「少々、言葉にしにくいが、彼は贋作の取引を行っている。それについて、取引相手と納入時期などを話しているはず。そうだというのに、その、なんだ……エクアがいなくなったとなると、かなり厳しい状況に追い詰められるはずだ」
「あ……」
「すまない」
「いえ、大丈夫です。そっか、お客さんが怒りだして、色々大変なんだ。だから、焦りが出て……」
「多くの隙が生まれるだろうな。これに加え、アルリナの民は皆、ムキを嫌っている。彼らと協力すれば、その生まれた隙をこじ開け、いずれは彼の喉元に剣を突きつけることができただろう」
「なるほど、一つの策が駄目になっても次から次と打つ手があるんですね」
「そういうことだ。なんにせよ、積極的でなくともアルリナの民がこちらの味方である点が大いに心強いな」
「皆さん、シアンファミリーの人たちが嫌いなのでしょうか?」
「皆が皆そうかはわからないが、多くがそうなのだろう」
町で横暴を働いても、誰も咎めることができない。
町を守るはずの警吏さえも手が出せず、口を噤むしかない。
シアンファミリーからよほどの恩恵でも受けていない限り、ほとんどの者たちが彼らの存在を苦々しく思っている……。
「まったく、悪党でも寛容さが必要だというのにな。だから、ムキは……」
「ギウ?」
「いや、考えても詮無きことだった。さて、だいぶ歩いたからそろそろだと思うが……?」
「えっと、あれじゃないですか、お屋敷の裏口は?」
エクアは屋敷の裏口らしき場所を指差す。
その裏口は、八百屋の若夫婦や工具店の老翁から話を聞いていた場所。
あそこから業者が出入りしており、また、警備も薄いと。
「兵がいないといえど、なるべく騒動は避けたいからな」
こちらに戦力はなく、全てはギウ頼り。
だが、本来無関係であるギウにあまり苦労を掛けさせたくない。
もちろん、彼はそんなことなど気にはしないだろう。
そうであっても、私は友が傷つく可能性を極力避けたかった。
その友として信頼できるギウは、エクアと共に裏口を見つめ、覚悟の籠る瞳を見せている。
私はギウに気づかれぬようにそっと微笑み、すぐに表情を真面目なものへ戻し、その顔をエクアへ向けて、彼女に最後の選択肢を与えた。
「エクア、ここから先は非常に危険だ。私たちだけでは君を守り切れない可能性がある。それでも、ついてくるのか?」
「私がケント様とギウさんの足手纏いになるのは承知しています。ですが、それでも自分の行ってしまった過ちを、自分の力で正したいんです。我儘でしょうが、お願いですっ。私も連れて行ってください!」
エクアが見せる、真っ直ぐな瞳。
私はこの瞳に痛みを覚える。同時に、その瞳はどこかで見たことのある瞳……。
それがどこであったかは覚えていない。
今わかるのは、純粋であった少女が覚悟と責任の名の下に、穢れを背負おうとしていることだけ。
そこに追い詰めたのは私だが、何故か、彼女がそうなることを悲しんでいる。
(ここまで私は、エクアを穢したくないと思いつつ、彼女の心を穢す発言をしている。しかも、情報の選択が曖昧だ。どうして、このような矛盾を?)
兄弟のような間柄を見せる戦士たちの情を引き裂く策をエクアに話せないと言いつつ、ムキの心情を搔き乱す行為は平気で口にする。
町に噂を流し、住民らを利用すると言いつつ、噂の非道なる部分に触れることを恐れている。
相反する感情に、私は戸惑いを覚えた。
これは、私の中にあるエクアを思う善だろうか? だが、これが善ならば、偽善というもの……。
しかし今は、この感情に向き合っている時ではない。
私は理解しがたい感情に蓋をして、エクアの覚悟を受け取る。
「……そうか、覚悟があるというならば止める理由はない。誰しも、己の過ちは己の力で正したいものだからな」
私は裏口を真っ直ぐと見据える。あとには、緊張の籠るエクアとギウの声が続く。
「いまから、私たちはあの裏口から侵入して!」
「ギウ!」
私も力を籠めて、彼らの言葉に続く。
「ああ、ムキを捕える!」
「仲間を信じられない、というのですか? たとえ、証拠はなくても、傭兵の人たちはムキ=シアンの仲間なのに……」
「所詮は金で繋がった仲間だからな。それにもとより、証拠もなく誰かを信用するなど善人であっても難しい。それが悪党であれば尚のこと……」
「そんなのって……寂しいと思います」
「その通りだ。皆がエクアのように純粋であれば良いのであろうが……世界は清らかではいられない。か、」
「か?」
「いや……そうだな……」
私は続く言葉を閉じた……『か』のあとに続くはずだった言葉を。
それは――仮にムキが傭兵を信じたとしても、必ず疑念という染みは残る。その染みをより濃く広げるために、私はアルリナの住人を利用する。ムキの疑念を刺激する噂を流し続け、疑いを生む出来事を頻発させる。
ひたすらに、彼の疑心を揺さぶり続けると……。
さすがにこれは、十二の少女に伝えることではない。
私は閉じた真実の内、伝えてもよい言葉をエクアに渡した。
「仮に……今回の策や先ほどの策がうまくいかなくとも、ムキには時間に限りがあり、私にはない。その差が今後の状況に大きく影響を与えただろう」
「時間に限りが? 何故です?」
「少々、言葉にしにくいが、彼は贋作の取引を行っている。それについて、取引相手と納入時期などを話しているはず。そうだというのに、その、なんだ……エクアがいなくなったとなると、かなり厳しい状況に追い詰められるはずだ」
「あ……」
「すまない」
「いえ、大丈夫です。そっか、お客さんが怒りだして、色々大変なんだ。だから、焦りが出て……」
「多くの隙が生まれるだろうな。これに加え、アルリナの民は皆、ムキを嫌っている。彼らと協力すれば、その生まれた隙をこじ開け、いずれは彼の喉元に剣を突きつけることができただろう」
「なるほど、一つの策が駄目になっても次から次と打つ手があるんですね」
「そういうことだ。なんにせよ、積極的でなくともアルリナの民がこちらの味方である点が大いに心強いな」
「皆さん、シアンファミリーの人たちが嫌いなのでしょうか?」
「皆が皆そうかはわからないが、多くがそうなのだろう」
町で横暴を働いても、誰も咎めることができない。
町を守るはずの警吏さえも手が出せず、口を噤むしかない。
シアンファミリーからよほどの恩恵でも受けていない限り、ほとんどの者たちが彼らの存在を苦々しく思っている……。
「まったく、悪党でも寛容さが必要だというのにな。だから、ムキは……」
「ギウ?」
「いや、考えても詮無きことだった。さて、だいぶ歩いたからそろそろだと思うが……?」
「えっと、あれじゃないですか、お屋敷の裏口は?」
エクアは屋敷の裏口らしき場所を指差す。
その裏口は、八百屋の若夫婦や工具店の老翁から話を聞いていた場所。
あそこから業者が出入りしており、また、警備も薄いと。
「兵がいないといえど、なるべく騒動は避けたいからな」
こちらに戦力はなく、全てはギウ頼り。
だが、本来無関係であるギウにあまり苦労を掛けさせたくない。
もちろん、彼はそんなことなど気にはしないだろう。
そうであっても、私は友が傷つく可能性を極力避けたかった。
その友として信頼できるギウは、エクアと共に裏口を見つめ、覚悟の籠る瞳を見せている。
私はギウに気づかれぬようにそっと微笑み、すぐに表情を真面目なものへ戻し、その顔をエクアへ向けて、彼女に最後の選択肢を与えた。
「エクア、ここから先は非常に危険だ。私たちだけでは君を守り切れない可能性がある。それでも、ついてくるのか?」
「私がケント様とギウさんの足手纏いになるのは承知しています。ですが、それでも自分の行ってしまった過ちを、自分の力で正したいんです。我儘でしょうが、お願いですっ。私も連れて行ってください!」
エクアが見せる、真っ直ぐな瞳。
私はこの瞳に痛みを覚える。同時に、その瞳はどこかで見たことのある瞳……。
それがどこであったかは覚えていない。
今わかるのは、純粋であった少女が覚悟と責任の名の下に、穢れを背負おうとしていることだけ。
そこに追い詰めたのは私だが、何故か、彼女がそうなることを悲しんでいる。
(ここまで私は、エクアを穢したくないと思いつつ、彼女の心を穢す発言をしている。しかも、情報の選択が曖昧だ。どうして、このような矛盾を?)
兄弟のような間柄を見せる戦士たちの情を引き裂く策をエクアに話せないと言いつつ、ムキの心情を搔き乱す行為は平気で口にする。
町に噂を流し、住民らを利用すると言いつつ、噂の非道なる部分に触れることを恐れている。
相反する感情に、私は戸惑いを覚えた。
これは、私の中にあるエクアを思う善だろうか? だが、これが善ならば、偽善というもの……。
しかし今は、この感情に向き合っている時ではない。
私は理解しがたい感情に蓋をして、エクアの覚悟を受け取る。
「……そうか、覚悟があるというならば止める理由はない。誰しも、己の過ちは己の力で正したいものだからな」
私は裏口を真っ直ぐと見据える。あとには、緊張の籠るエクアとギウの声が続く。
「いまから、私たちはあの裏口から侵入して!」
「ギウ!」
私も力を籠めて、彼らの言葉に続く。
「ああ、ムキを捕える!」
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