45 / 359
第四章 権謀術策
相反するケントの心
しおりを挟む
エクアは寂しげに呟く。
「仲間を信じられない、というのですか? たとえ、証拠はなくても、傭兵の人たちはムキ=シアンの仲間なのに……」
「所詮は金で繋がった仲間だからな。それにもとより、証拠もなく誰かを信用するなど善人であっても難しい。それが悪党であれば尚のこと……」
「そんなのって……寂しいと思います」
「その通りだ。皆がエクアのように純粋であれば良いのであろうが……世界は清らかではいられない。か、」
「か?」
「いや……そうだな……」
私は続く言葉を閉じた……『か』のあとに続くはずだった言葉を。
それは――仮にムキが傭兵を信じたとしても、必ず疑念という染みは残る。その染みをより濃く広げるために、私はアルリナの住人を利用する。ムキの疑念を刺激する噂を流し続け、疑いを生む出来事を頻発させる。
ひたすらに、彼の疑心を揺さぶり続けると……。
さすがにこれは、十二の少女に伝えることではない。
私は閉じた真実の内、伝えてもよい言葉をエクアに渡した。
「仮に……今回の策や先ほどの策がうまくいかなくとも、ムキには時間に限りがあり、私にはない。その差が今後の状況に大きく影響を与えただろう」
「時間に限りが? 何故です?」
「少々、言葉にしにくいが、彼は贋作の取引を行っている。それについて、取引相手と納入時期などを話しているはず。そうだというのに、その、なんだ……エクアがいなくなったとなると、かなり厳しい状況に追い詰められるはずだ」
「あ……」
「すまない」
「いえ、大丈夫です。そっか、お客さんが怒りだして、色々大変なんだ。だから、焦りが出て……」
「多くの隙が生まれるだろうな。これに加え、アルリナの民は皆、ムキを嫌っている。彼らと協力すれば、その生まれた隙をこじ開け、いずれは彼の喉元に剣を突きつけることができただろう」
「なるほど、一つの策が駄目になっても次から次と打つ手があるんですね」
「そういうことだ。なんにせよ、積極的でなくともアルリナの民がこちらの味方である点が大いに心強いな」
「皆さん、シアンファミリーの人たちが嫌いなのでしょうか?」
「皆が皆そうかはわからないが、多くがそうなのだろう」
町で横暴を働いても、誰も咎めることができない。
町を守るはずの警吏さえも手が出せず、口を噤むしかない。
シアンファミリーからよほどの恩恵でも受けていない限り、ほとんどの者たちが彼らの存在を苦々しく思っている……。
「まったく、悪党でも寛容さが必要だというのにな。だから、ムキは……」
「ギウ?」
「いや、考えても詮無きことだった。さて、だいぶ歩いたからそろそろだと思うが……?」
「えっと、あれじゃないですか、お屋敷の裏口は?」
エクアは屋敷の裏口らしき場所を指差す。
その裏口は、八百屋の若夫婦や工具店の老翁から話を聞いていた場所。
あそこから業者が出入りしており、また、警備も薄いと。
「兵がいないといえど、なるべく騒動は避けたいからな」
こちらに戦力はなく、全てはギウ頼り。
だが、本来無関係であるギウにあまり苦労を掛けさせたくない。
もちろん、彼はそんなことなど気にはしないだろう。
そうであっても、私は友が傷つく可能性を極力避けたかった。
その友として信頼できるギウは、エクアと共に裏口を見つめ、覚悟の籠る瞳を見せている。
私はギウに気づかれぬようにそっと微笑み、すぐに表情を真面目なものへ戻し、その顔をエクアへ向けて、彼女に最後の選択肢を与えた。
「エクア、ここから先は非常に危険だ。私たちだけでは君を守り切れない可能性がある。それでも、ついてくるのか?」
「私がケント様とギウさんの足手纏いになるのは承知しています。ですが、それでも自分の行ってしまった過ちを、自分の力で正したいんです。我儘でしょうが、お願いですっ。私も連れて行ってください!」
エクアが見せる、真っ直ぐな瞳。
私はこの瞳に痛みを覚える。同時に、その瞳はどこかで見たことのある瞳……。
それがどこであったかは覚えていない。
今わかるのは、純粋であった少女が覚悟と責任の名の下に、穢れを背負おうとしていることだけ。
そこに追い詰めたのは私だが、何故か、彼女がそうなることを悲しんでいる。
(ここまで私は、エクアを穢したくないと思いつつ、彼女の心を穢す発言をしている。しかも、情報の選択が曖昧だ。どうして、このような矛盾を?)
兄弟のような間柄を見せる戦士たちの情を引き裂く策をエクアに話せないと言いつつ、ムキの心情を搔き乱す行為は平気で口にする。
町に噂を流し、住民らを利用すると言いつつ、噂の非道なる部分に触れることを恐れている。
相反する感情に、私は戸惑いを覚えた。
これは、私の中にあるエクアを思う善だろうか? だが、これが善ならば、偽善というもの……。
しかし今は、この感情に向き合っている時ではない。
私は理解しがたい感情に蓋をして、エクアの覚悟を受け取る。
「……そうか、覚悟があるというならば止める理由はない。誰しも、己の過ちは己の力で正したいものだからな」
私は裏口を真っ直ぐと見据える。あとには、緊張の籠るエクアとギウの声が続く。
「いまから、私たちはあの裏口から侵入して!」
「ギウ!」
私も力を籠めて、彼らの言葉に続く。
「ああ、ムキを捕える!」
「仲間を信じられない、というのですか? たとえ、証拠はなくても、傭兵の人たちはムキ=シアンの仲間なのに……」
「所詮は金で繋がった仲間だからな。それにもとより、証拠もなく誰かを信用するなど善人であっても難しい。それが悪党であれば尚のこと……」
「そんなのって……寂しいと思います」
「その通りだ。皆がエクアのように純粋であれば良いのであろうが……世界は清らかではいられない。か、」
「か?」
「いや……そうだな……」
私は続く言葉を閉じた……『か』のあとに続くはずだった言葉を。
それは――仮にムキが傭兵を信じたとしても、必ず疑念という染みは残る。その染みをより濃く広げるために、私はアルリナの住人を利用する。ムキの疑念を刺激する噂を流し続け、疑いを生む出来事を頻発させる。
ひたすらに、彼の疑心を揺さぶり続けると……。
さすがにこれは、十二の少女に伝えることではない。
私は閉じた真実の内、伝えてもよい言葉をエクアに渡した。
「仮に……今回の策や先ほどの策がうまくいかなくとも、ムキには時間に限りがあり、私にはない。その差が今後の状況に大きく影響を与えただろう」
「時間に限りが? 何故です?」
「少々、言葉にしにくいが、彼は贋作の取引を行っている。それについて、取引相手と納入時期などを話しているはず。そうだというのに、その、なんだ……エクアがいなくなったとなると、かなり厳しい状況に追い詰められるはずだ」
「あ……」
「すまない」
「いえ、大丈夫です。そっか、お客さんが怒りだして、色々大変なんだ。だから、焦りが出て……」
「多くの隙が生まれるだろうな。これに加え、アルリナの民は皆、ムキを嫌っている。彼らと協力すれば、その生まれた隙をこじ開け、いずれは彼の喉元に剣を突きつけることができただろう」
「なるほど、一つの策が駄目になっても次から次と打つ手があるんですね」
「そういうことだ。なんにせよ、積極的でなくともアルリナの民がこちらの味方である点が大いに心強いな」
「皆さん、シアンファミリーの人たちが嫌いなのでしょうか?」
「皆が皆そうかはわからないが、多くがそうなのだろう」
町で横暴を働いても、誰も咎めることができない。
町を守るはずの警吏さえも手が出せず、口を噤むしかない。
シアンファミリーからよほどの恩恵でも受けていない限り、ほとんどの者たちが彼らの存在を苦々しく思っている……。
「まったく、悪党でも寛容さが必要だというのにな。だから、ムキは……」
「ギウ?」
「いや、考えても詮無きことだった。さて、だいぶ歩いたからそろそろだと思うが……?」
「えっと、あれじゃないですか、お屋敷の裏口は?」
エクアは屋敷の裏口らしき場所を指差す。
その裏口は、八百屋の若夫婦や工具店の老翁から話を聞いていた場所。
あそこから業者が出入りしており、また、警備も薄いと。
「兵がいないといえど、なるべく騒動は避けたいからな」
こちらに戦力はなく、全てはギウ頼り。
だが、本来無関係であるギウにあまり苦労を掛けさせたくない。
もちろん、彼はそんなことなど気にはしないだろう。
そうであっても、私は友が傷つく可能性を極力避けたかった。
その友として信頼できるギウは、エクアと共に裏口を見つめ、覚悟の籠る瞳を見せている。
私はギウに気づかれぬようにそっと微笑み、すぐに表情を真面目なものへ戻し、その顔をエクアへ向けて、彼女に最後の選択肢を与えた。
「エクア、ここから先は非常に危険だ。私たちだけでは君を守り切れない可能性がある。それでも、ついてくるのか?」
「私がケント様とギウさんの足手纏いになるのは承知しています。ですが、それでも自分の行ってしまった過ちを、自分の力で正したいんです。我儘でしょうが、お願いですっ。私も連れて行ってください!」
エクアが見せる、真っ直ぐな瞳。
私はこの瞳に痛みを覚える。同時に、その瞳はどこかで見たことのある瞳……。
それがどこであったかは覚えていない。
今わかるのは、純粋であった少女が覚悟と責任の名の下に、穢れを背負おうとしていることだけ。
そこに追い詰めたのは私だが、何故か、彼女がそうなることを悲しんでいる。
(ここまで私は、エクアを穢したくないと思いつつ、彼女の心を穢す発言をしている。しかも、情報の選択が曖昧だ。どうして、このような矛盾を?)
兄弟のような間柄を見せる戦士たちの情を引き裂く策をエクアに話せないと言いつつ、ムキの心情を搔き乱す行為は平気で口にする。
町に噂を流し、住民らを利用すると言いつつ、噂の非道なる部分に触れることを恐れている。
相反する感情に、私は戸惑いを覚えた。
これは、私の中にあるエクアを思う善だろうか? だが、これが善ならば、偽善というもの……。
しかし今は、この感情に向き合っている時ではない。
私は理解しがたい感情に蓋をして、エクアの覚悟を受け取る。
「……そうか、覚悟があるというならば止める理由はない。誰しも、己の過ちは己の力で正したいものだからな」
私は裏口を真っ直ぐと見据える。あとには、緊張の籠るエクアとギウの声が続く。
「いまから、私たちはあの裏口から侵入して!」
「ギウ!」
私も力を籠めて、彼らの言葉に続く。
「ああ、ムキを捕える!」
0
あなたにおすすめの小説
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる