銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第五章 善のベールを纏う悪人

嵌まるピース

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 海を挟んだ町で贋作の問題が表沙汰になっても、対処する時間はあった。
 もちろんそれは、ムキを犠牲にする形で……。

 だが、アグリスでは事情が違う。
 常日頃からアルリナは、宗教色の強いアグリスから距離を置きながらも懇意にしていると聞く。
 それはつまり、海を越えた町よりもアグリスを恐れているからだ。
 
 その恐ろしいアグリスとアルリナはとても身近。
 アグリスの不興を買えば、対処する時間はない。
 
 最悪、これを口実に兵を起こされる可能性もある。
 そうなれば、港町アルリナに勝ち目はない。

 アルリナは早急に手を打つ必要があった。穏便に済ませるならば金がどんなにかかろうとも、秘密裏に贋作の回収を行い、ムキに責任を負わせること。


「だが、そこで大きな問題が立ちはだかる。あなたに管轄権のある港から出て行った商品は把握できていたが、管轄権のない陸路の商品は誰に手渡され、どのように流通しているのか把握できなかったというところだ」

 私はパチリと指を跳ねて、ノイファンに指先を向ける。
「そこで登場するのがジェイドおじ様だ」


 ジェイドと名を名乗る自称アグリスの貴族のおじ様は、エクアを見出し、彼女にサレート=ケイキの贋作を作らせた。
 それをムキに売りつけ、贋作の行方を探っていた……。


 と、ここまでを語り終えた私に、ノイファンは小さく二度手を叩いた。

「ふふ、お見事です、ケント様。しかし、いつからアルリナの内情に関心を?」
「最初に引っ掛かったのはジェイドおじ様の存在ですね。アグリスの貴族を名乗っていたようですが、金持ち風の格好というだけで、その証拠はまったくない。とても胡散臭すぎる」

「あの少女相手にそこまで詰める必要はないと思ったのですが、細部まで気を回すべきでした」
「その様子だと、ムキ相手には貴族らしい証明をしていたようで」
「もちろんです。アグリスの没落貴族の地位を買い取り、それ相応の屋敷を用意して偽装工作を行いました。形さえ整えれば、ムキも深くは探れませんから……」

「なるほど。アグリスの貴族を自称したのはエクアを騙すためというよりも、ムキに余計なことを探らせないためですか。アグリスの貴族をこそこそ嗅ぎまわっていたことが露呈すれば、後の商売に支障をきたしますからね」
「ええ、その通り。そして、全ては順調に事を運んでいた。あなたが現れるまでは……」


 ノイファンはため息交じりの言葉を漏らす。
 ムキの動向を探るための工作に、私というイレギュラーが混ざり込んでしまった。
 おそらく、ノイファンはかなり焦ったに違いない。
 その証明となるのが、私たちを見張っていた人物……エクアの家の近くと親父との会話を覗き見していた人物の存在だ。

「ふふ、プロの見張りを用意する余裕もなかったようで」
「お気づきに?」
「ええ。見張りにしては妙に図体がごつく、動きも素人そのもの。おそらくですが、あの見張りは漁師の方でしょう」

「そこまでっ? どうして、わかったのですか?」
「筋肉質の体に深い日焼け。それに何より、腕に入れ墨があった。漁師は海難事故に遭った際に、遺体の見分けが判別できるよう、目立つ場所に入れ墨を掘ると聞いたことがありましたから」
「ケント様が参入してから、どうやら焦り過ぎたようで……」
 

 肩を落としながら、ノイファンは私の名を出す。
 だが、彼が恐れたのは私の父の存在。
 父の権威が彼から冷静さを奪ったのだろう。

(ふぅ~、自分自身の力のみで立ち回ったつもりだが、見えないところで父の影響があったのか。私もまだまだだな……)


 亡くなってもいまだ威光を放つ偉大な父に悔しさを覚える。
(だが、あの方が歩んだ功績は誰もが畏敬の念を抱くもの。友であり好敵手であったジクマ=ワー=ファリン閣下でさえ……。それを若干二十二の私が……正確にはまだ十二年しか外を知らぬ……いや、九年が正しいか。ともかく、僅かの時しか外を知らぬ私が、早々超えられる壁ではないか)
 
 
 父に対する尊敬と嫉妬という複雑な思いを胸に抱き、意識を今へ戻す。

「何にせよ、ノイファン殿がこちらの動向を探っていたおかげで、兵の展開が手早くて助かりました」
「あはは、ケント様が何を行うのかわかりませんでしたが、念のため、兵士と警吏けいりをいつでも動かせるように準備をしていたのは正解だったようですね……」

 ノイファンは笑い声を零す。それはとても乾ききった笑い。
 彼は私がいなくとも、すでにムキ=シアンを捕える準備を行っていた。
 兵や警吏けいりたちの中には、そのための準備を知っていた者もいるはず。
 彼らから見れば、最後の最後で手柄を全部持って行った私のことが腹立たしくあるだろう。

 だが、その準備のために彼らは、人の道を外れた行いをした。
 そこへ至るための言葉の道を、私は静かに進む。


「そうそう、最初に引っ掛かったのはジェイドおじ様の存在と言いましたね?」
「ええ」
「いまさらになりますが、いくら絵の才能があろうと、身寄りのないエクアを囲う行為はいささかやりすぎのきらいがありましたよ」

「しかし、パトロンとは才あるものに惜しみない投資をする。そういうものでは?」
「ええ、その通りです。ですが、惜しみない投資をするならば、人目を避けるようにある家を貸すというのは、どうにも腑に落ちない。大事な芸術家であれば、屋敷に囲うか、それなりの家を与えるもの。ましてや、相手は幼い少女。それこそ守ってやらねば。そこに大きな違和感を覚えました」


「ふむ、人の目を気にしすぎたということでしょうか……」
「そうでしょうね。いざという時、エクアの存在を消す必要もあったでしょうから」
「それは……うっ!?」

 私は幼い少女を権力争いの道具に使い、自尊心、果ては命すら弄んだ醜き男を銀の眼に捉える。
 瞳に殺気を宿したまま、話を終幕へと近づけていく。


「これらいくつかの違和感が、私に様々なことを考えさせる呼び水となりました。もっとも、決定的になった出来事は、黒眼鏡を掛けた土産屋の親父との会話ですが」
「黒眼鏡の中年というと、あの監察官の名を出した?」

「ええ。彼はこのアルリナの情勢を把握していた。その彼から情報を頂いたのです」
「なっ!? 彼は一体……?」
「さぁ、なんでしょうね? 案外、彼こそが本物の監察官なのかもしれません……」
「そんな、まさかっ?」


 ノイファンは口元を手で覆い、身体を小刻みに震わせる。
 彼がこうまで怯えるのは当然だろう。
 もし、親父が監察官ならば、王都の中央議会に全てを知られたことになる。

 この弱みを理由に、中央議会がどのような要求をしてくるかわからない。
 だが、それは杞憂。
 本当に親父が監察官ならばこんな回りくどいことはしない。
 今の一言は、エクアを貶めた私からの報復。

 もっとも、貶めたのはノイファンだけではなく、私もそうなのだが……言い訳を許されるのならば、私はそれ相応の見返りを与えることができる、というくらいか。それを言葉として表せば畜生にも劣る存在になるが……。
 

 さて、あとは親父が何者かという疑問が残るが……それはいずれ、彼から聞き出すとしよう。
 親父のことはさておき、監察官の可能性に怯え、ありもしない影に思考を張り巡らせているノイファンに声を掛ける。

「では、長くなりましたが、最後のまとめといきましょうか」
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