銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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章間3

宗教都市アグリス

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 宗教都市アグリス――


 サノア教『ルヒネ派』が絶大な力を持つ都市。
 領主の名はオキサ=ミド=ライシ。
 だが、彼は名ばかり領主で、実質の支配者はルヒネ派そのもの。
 領主ではなく、十四歳の少女『フィコン』を頂きに置き、『二十二議会』と呼ばれる者たちが支配する都市。

 その頂に立つフィコンは自室から繋がる広々としたバルコニーに立ち、黄金の瞳で都市を眺めていた。
 多くの家々が建ち並び、王都オバディアほどではないが、高層階の建物も目立つ。
 しかし、それ以上に目立つモノがある。
 

 それは――歯車。


 街のあちこちには大小様々な歯車が備えつけられ、絶えず、歯と歯を噛み合わせる動きを見せていた。
 この歯車は都市のデザインなどではなく、宗教的な意味を内包している。
 ルヒネ派の教えは決められた運命を受け入れまっとうし、来世の幸福を落掌らくしょうせよ。

 歯車はその象徴。

 歯車は運命を回し、壊れれば廃棄され、新たな歯車が運命を回す。
 象徴たる歯車はもちろん、フィコンが鎮座する『調べ車しらべぐるまの塔』にも組み込まれていた。

 塔の外観は黄金色の歯車に歯車を重ねに重ねた様相。
 歯車のみで造られた塔と言っても過言ではない。
 鋼鉄できた歯車に音を消し去る魔導石を散りばめ、彼らは音もなく今日も運命を回し続ける。


 バルコニーから街を眺めていたフィコンは、長い黒の髪を揺らし、街の先に続く世界を黄金の瞳に宿して誰とも言えぬ者へ話しかける。
 
「魔族が活性化しておる。もはや、議会の連中に任せてはおけぬな」

 この独言どくげんのような言葉を受け取ったのは腹心、燃えるような深紅の瞳を持ち、赤の髪と大髭に覆われた熊のような男、『エムト=リシタ』。
 初老に差し掛かった彼は幼き少女へ畏敬の念をって遅き苦言を漏らした。

「ヴァンナスに調査を申し込むのは時期尚早でしたのでは? そのため、議会の機嫌を損なうことに」
「フンッ、あのような愚か者の集団の機嫌など知らん」
「フィコン様……」
「エムトよ、身を案じてくれる貴様の心は温かい。だが、私は母フェンドのようにはならぬ。フィコンの母の命を奪った議会など何するものぞ」
「心中お察しします。ですが、言葉として表すのはおやめください」

「ふふ、心配性だな。だが、このフィコンはフェンドにはない、サノアの力を内包する黄金の瞳がある。瞳は私の死を見せていない。故に心配するな」
「フィコン様の御力に疑念などありません。ただ、臣として主の身を案じるばかり」

「ふふふ、見た目は熊の如き巨躯でありながら、本当に優しき男だ」
「仕えるものとして当然のことであります」
「…………その優しさが、純粋にフィコンを思うものであればよいのだが」
 フィコンはエムトに聞こえぬくらいか細い声を漏らす。
 何故ならば彼女は、エムトの心の奥にある、真に忠誠を誓う存在を知っているからだ。

 しかし、その思いを態度には表さず、必要な言葉のみを繋げていく。

「エムトよ。懸念は理解しておる。だがの、相手は魔族。調査となれば、我らでは少々荷が重い。それに、ヴァンナスの反応が見たい。誰が出てくると思う?」
「七人の勇者の内のいずれかかと」
「その勇者たちの誰が出てくるのかで、こちらに対する警戒の具合がわかるというものだ。さて、主題を変えるとしよう。アグリスの裏庭の話だ」


 フィコンはバルコニーに置かれた白い丸テーブルに黄金の目を振った。
 テーブルの上には化粧水。
 それはトーワで生産されるようになった化粧水だ。
 
 黄金の歯車の意匠が紡がれた真っ白なドレスに身を包むフィコンは、真っ白な手で化粧水を手に取り、清らかな水の流れを感じさせる言葉を紡ぐ。
「ふむ、呪われた土地であるトーワでこのようなものが生み出されるとは興味深い。ケント=ハドリー。彼はアーガメイトの養子という話だが……なるほど、アーガメイトの名を穢さぬ中々のやり手のようだ」


 少女はガラス細工のように美しくも淡白な顔を、僅かに綻ばせる。
 その綻びに対して、エムト=リシタは諫める声を漏らす。

「錬金術などという冒涜者を評価するのはいささか問題がある発言かと」
「ふふ、貴様は固いのぅ。評価すべきところは評価し、受け入れられるものは受け入れるべきだと思うが?」
「選択を間違いますと、我らの教義をそこなうことになります」
「フィコンが間違えると?」
「いえ、決してそのような。ですが、フィコン様の御心を理解できない者。また、理解の仕方をたがえる者がいます故」

「フンッ、先ほども言ったであろう。そのような愚か者たちなど気に掛ける必要はない。それに、このトーワの化粧水はすでにアグリスの上級市民内に出回っており、評価も良いと言える。今更、禁止するわけにもいくまい。エムトよ、貴様の姪っ子も愛用していると聞いているぞ」
「そ、それは……」

「はははは、良きものは受け入れる。だが、我らの思想を阻むものは排除する。それでよいではないか」
「はっ、フィコン様の御心のままに」


 フィコンは表情を冷たく凍りつかせてはいるが、瞳には優しさを見せてエムトを眺めている。
 その瞳を化粧水のデザインに向けた。

「なかなか面白いデザインだ。せっかくだから意匠を行った者の名を刻んでおけばよいものの」

 と、この声に、エムトの後ろに控えていた男が声を漏らした。
「デザイナーは『エクア=ノバルティ』ですよ」
 声を受け取ったフィコンは眉を顰めるが、すぐに戻して柔らかく声を返す。

「おんや、客人はご存じで?」
 客と呼ばれた男は、先端がカールを巻いた茶色の長髪を振るう、優男。
 申し訳程度に新緑のベレー帽を頭に乗せ、細長の四角眼鏡を掛け、灰色の作業着の上にジュストコール(ロングコートのような貴族服)を纏うという奇妙な出で立ちをしている。

 問われた男は紫の瞳をフィコンに見せて言葉を返す。
「ええ。なにせ、つい最近まで彼女の絵をよく見かけてましたので。この僕の、サレート=ケイキの絵画に似せた絵をね……」
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