銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

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第二十三章 ケント=ハドリー

心に描く夢、瞳に映る現実

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 秋の出口が見えて、先には冬の入口が待ち構える冷たき秋風の衣を纏うトーワ。
 レイを交えた話し合いから二日後。私はカインと共に、一部開拓が可能になった北の荒れ地に立っていた。
 今、ここではカリスたちが新たな畑を築いている。

 彼らに視線を送りながら私は語る。
「ギウがアグリスから手に入れた作物の種が冬に実るもので良かった。だが、これから寒さが厳しくなる。本格的な農園作りは来年に持ち越しだな」
「ええ、そうですね。農園作りだけではなくて、マッキンドーの森から延ばす川の整備なども」
「農園や川もそうだが、病院も欲しいな」
「病院?」

「いつまでも君を城の中に閉じ込めておくわけには行くまい。城の診療室ではカリスたちが気軽に尋ねるということができないようだしな」
「はは、そうですね。もっとも、注射嫌いな人が多くて敬遠されてますが。冬に流行しそうな風邪の予防接種に来てない人が多いんですよ……」

「はははは、カインには悪いが注射が好きな者はそうはいないだろう」
「ふふ、実を言うと、僕も注射されるのは嫌いですし」
「あはは、そうなのか」

 私はカインと笑い声を交わし合い、開墾に勤しむカリスたちを瞳に映す。
「彼らには子どもたちがいる。学校も整備せねば」
「学校ですか?」
「ああ、学校だ。子どもだけではなく、大人であろうと学問を修めたいと志す者であれば誰もが訪れることのできる学び舎が欲しい」


 誰もが平等に機会を得ること――これは政治家としての私が目指していた夢。
 そのためにはまず、平等に学べる機会が必要だと考える。
 ヴァンナスを含め多くの国々地域は、一部の者が知識を独占し、庶民の多くは物事を学ぶ機会があまりない。

 特に奴隷として扱われている者たちは……。
「最低限の読み書き計算ができるだけでも、今以上の機会は生まれる。これに加え、多くの者たちが機会を得られるような機構を産み出したいものだ」


 そう唱えると、カインが王都での私について尋ねてきた。
「ケントさんは、王都で庶民や奴隷の地位について物を申して、こちらへ来ることになったんですよね?」
「ああ、あまりにも堂々と馬鹿げた理想を掲げすぎて疎まれてな」
「馬鹿げた理想? もしや、階級制度を無くし、民を中心とした制度を構築しようと? 幾度となく唱えられ消えていった民主主義のような?」

「それとは少し違うな」
「では?」
「私が目指したのは、責任の公平化だ」
「ん?」

「王政にしろ民主主義にしろ、いや、いかなる制度であっても、とどのつまり国の責任を担う者は政治経済の中心に立つ者たちだ。そして、甘露を受けるのも彼らだ。もちろん、格差は制度によってかなり違うが」

「まさかと思いますが……ケントさんは肩書きの有無ではなく、社会において一人一人が責任を担う社会を目指しているんですか?」
「まぁ、そうだな」
「な、なんと言いますか、それは……」
「ふふ、とんでもない理想論だろ」


 これは政治家として未熟だった頃の私の理想――それは社会におけるあらゆる事象に対して、皆が責任を負う。
 通常であれば、政治家や官僚や企業などの大きな組織に所属している者の中で、それを纏めている者たちが大きな責任を背負わされることになり、その見返りに特別な待遇を得ることになる。
 
 私はこういった当然のテーブルをひっくり返して、全ての人間が責任と権利を享受できないかと考えた。
 そのための一歩目が身分差の撤廃と教育だ。
 誰もがある一定の知識を得て、社会に対する責任を知ること。


「ま、到底不可能な話だけどな。それでも志を胸に秘めて政界に足を踏み入れた頃の私は可能だと信じていた。なんとも青臭く恥ずかしい話だ……だが、この青臭い理想も積み重ねていけば、千年後くらいには実現可能かもな」

「ず、随分と気の長い理想ですね……」
「あははは、そうだな。今思えば、自身が人ではないという思いが理想に反映していたのかもしれない」


 私は空を見上げる。
 スカルペルでは稀有の銀眼に映るのは、冷気の混じる青々とした空。
「人ではないという負い目が皆平等という理想に繋がり……そして、責任に苦しむ政治家の姿を見て、彼らだけを苦しめても良いものかという思いが入り混じった」
「政治家の姿……ですか?」

「国家の中心に立つ者たちは基本的に心臓に毛が生えたような連中ばかりだが、中には多くの命を背負う責任に苛まれながらも、多くのために自身の命を削っている者たちがいた。たしかに彼らは庶民より待遇も良く、金もあるが、果たして社会はこのような形で良いのだろうか? と、疑問を抱くようになったわけだ」


「それで、千年先の理想ですか?」
「ふふふ、人に話せば鼻で笑われる理想だな。しかし、先ほども触れたが、知識を得て、心が成長していけば、そのような理想もまた理想ではなくなるやも。カイン、君は社会の責任を考え背負わされるのは嫌か?」

 この問いに、カインは苦笑いを浮かべる。
「あははは、正直に申しますと、背負わされるのは大人として当然ですが、あまり深く考えるのはきついですね。できれば、医者として医術と患者のことだけを考えていたいというのが本音ですから」

「だろうな。多くの者がそうだろう。自分のことが精一杯で、自分に深く関わらぬことに頭を割く余裕はない。だからこそ、役割分担があり、そこに政治を行う者、医療を行う者、農業を行う者と分かれたわけだからな。それでも……」


 私は土に汚れたカリスたちの手足を見つめる。
「皆が必要な存在。だからこそ社会に対する責任を担うという権利のチケットを切って世界の形づくりに参加してもらいたい。頭が増えれば惑うことも増えるだろうが、多くの考えが集まるのも確か。少数で世界を動かすのでなく、皆で知恵を出し合い明日を築きたい」
「それだと、民主主義がケントさんの考え方に近い制度では?」

「表面はな。私の理想は責任に比重を置きすぎた民主主義。その民衆が嫌がる制度だ」
「仮にケントさんがそんな国を生み出しても、民衆によってすぐに覆されるでしょうね」
「そうだな。それに元々、現在のスカルペルに民主主義は合わない」

「ええ、幾度も民主主義の思想は生まれましたけど消えていった……種族によって考え方に大きな隔たりがあり、現状では力による支配が最もわかりやすいですから」

「そういうことだ。今はまだ、王を頂に置いて支配する。それが無難だろう。私としてはそこに民衆の知恵と言葉が参加できるように努めたいところか」
「ふふふ、壮大な理想が現実的なラインまで下りてきましたね」
「昔は若かった……そんなところだ。ま、私がやるとすれば、教育の拡充くらいか。残りは次世代に任せよう」

「あれ、王都で掲げた身分制度の撤廃は?」
「政治家になり理想を掲げたものの、現実を知り、即時撤廃は難しいと知った。一介の政治家の力ではな」
「一介ではなければ可能と?」

「独裁者の如く強権を振るう、もしくは大勢の民衆に支持される存在となり先頭に立てば可能だろう。それもまた、私では無理な話。私がやれることと言えば、トーワにおいて奴隷制度を生み出さぬことぐらいだ。まずは自分が模範となり、これが半島に、ビュール大陸に、そして世界に広がることを願うよ」
「そうなるといいですね」


 カインは私の微笑みを見せる。だが、途中で眉間に皺を寄せた。
「話は変わりますが……少々、踏み込んだ事をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「……サレートとの戦い。正直、お優しいケントさんが躊躇いもなく誰かの命を奪うとは思ってもみませんでした。それも、あのような方法で……」

 心を失った存在へ溺死と焼死を与える……残酷な所業。
 私はあの時の自身の心を語ろうか悩む。
 だが、この心こそ私の根幹を担うものだと思い、友であるカインに言葉を伝える。

「言い訳をすれば、勇者の力に心が高ぶっていた。だけど、あれは私の心に眠る幼い正義の暴走だったのだろう」
「幼い正義の暴走?」

「私は自分が大人だと信じていた。今だってそう思っている。冷静な大人だと思っている。しかし、実際は十二年しか生きていない。心は子どもままだったんだ。悪の意味を知ろうともせずに、勧善懲悪のみが世界にあるべきだと思い込んでいる部分は拭いきれない」


 どんな存在も危険な悪なら即座に消し去るべき。これは正しい行いかもしれない。
 だが、政治家として領主として、誰かの上に立ち導く役目を負っている者がそれを行うのは間違っている。
 いかなる存在にも意味があると考え、そこから学ばなければならない。
 しかし、心がサレートに対する怒りに塗りつぶされたあの時の私は、本当に子どもだった。


「まったく幼いな。私は実現不可能な理想論を掲げ、それが行えると信じて現実を見ずに、結局左遷された。ムキやサレートを相手にしたときも、彼らの命など露ほども気にしなかった。それは彼らが悪だったから」

「理想を掲げ、信じ歩むこと。そして、正義を胸に抱き示すことは大切なことだと僕は思いますよ」
「私もそう思う。だが、行き過ぎれば毒になる。強力な毒にな……」


 私はカインを見つめ、次に空を見上げた。
「心に宿る理想は気高くあるが、瞳に映る景色は今に。皆に夢を与えるが、己には現実を。正義を高らかに唱えるが、悪を切り捨てるだけではなく意味を理解する。要は、何事も冷静にあれ、ということだ」

 この言葉に、カインは小さく笑いを生んだ。
「ふふ、たしかに多くの上に立つ責任を持つ方々は大変ですね。庶民は理想に焦がれ、夢を見て、正義を信じる。それを行うためにどうすればいいか悩むことはまずありませんから。でも……」


 カインは顔をしかめて、私の理想を嫌がる。
「ケントさんはその悩みを全員に抱え込ませようとしているんですね」
「ふっふっふ、悪い奴だろう」
「まったくです。だけど、それを行うには僕たちではまだまだ未熟。先の長い話。それは千年先ほど……」

「そういうわけで、先ほどの現実的なライン。王を頂に置きながらも、庶民たちの声が届きやすい環境を整える。また、庶民が政治や経済を理解しやすくなるように教育の拡充を図る。となったわけだ」
「あはは、急にこじんまりした感じもしますね」

「そんなもんだ。私は誰かに強く言葉を訴えることのできる英雄ではない。普通の人だ。ゆっくり歩み、なるべく軽くなったバトンを未来へ繋げる。そのバトンが気に食わない言われれば、そこでおしまい。人がやれることには限界があるということだ」

 と、言葉を締めようとしたが、カインが首を横に振って、私を諭すように声を生む。

「それは一人で行おうと考えているからですよ、ケントさん」
「え?」

「世界を形作るのは王だけではない。みんなで形作る。これがあなたの目指している理想なんでしょう?」
「あっ……はぁ、まったく、すぐに盲目的になってしまうな」
「それもまた仕方ありません。僕たちは不器用な存在なんですから」
「そうだな。だが、君のような篝火かがりびが傍に居てくれれば、道を見失わずに済みそうだ」
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