銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯

文字の大きさ
275 / 359
第二十三章 ケント=ハドリー

心に描く夢、瞳に映る現実

しおりを挟む
 秋の出口が見えて、先には冬の入口が待ち構える冷たき秋風の衣を纏うトーワ。
 レイを交えた話し合いから二日後。私はカインと共に、一部開拓が可能になった北の荒れ地に立っていた。
 今、ここではカリスたちが新たな畑を築いている。

 彼らに視線を送りながら私は語る。
「ギウがアグリスから手に入れた作物の種が冬に実るもので良かった。だが、これから寒さが厳しくなる。本格的な農園作りは来年に持ち越しだな」
「ええ、そうですね。農園作りだけではなくて、マッキンドーの森から延ばす川の整備なども」
「農園や川もそうだが、病院も欲しいな」
「病院?」

「いつまでも君を城の中に閉じ込めておくわけには行くまい。城の診療室ではカリスたちが気軽に尋ねるということができないようだしな」
「はは、そうですね。もっとも、注射嫌いな人が多くて敬遠されてますが。冬に流行しそうな風邪の予防接種に来てない人が多いんですよ……」

「はははは、カインには悪いが注射が好きな者はそうはいないだろう」
「ふふ、実を言うと、僕も注射されるのは嫌いですし」
「あはは、そうなのか」

 私はカインと笑い声を交わし合い、開墾に勤しむカリスたちを瞳に映す。
「彼らには子どもたちがいる。学校も整備せねば」
「学校ですか?」
「ああ、学校だ。子どもだけではなく、大人であろうと学問を修めたいと志す者であれば誰もが訪れることのできる学び舎が欲しい」


 誰もが平等に機会を得ること――これは政治家としての私が目指していた夢。
 そのためにはまず、平等に学べる機会が必要だと考える。
 ヴァンナスを含め多くの国々地域は、一部の者が知識を独占し、庶民の多くは物事を学ぶ機会があまりない。

 特に奴隷として扱われている者たちは……。
「最低限の読み書き計算ができるだけでも、今以上の機会は生まれる。これに加え、多くの者たちが機会を得られるような機構を産み出したいものだ」


 そう唱えると、カインが王都での私について尋ねてきた。
「ケントさんは、王都で庶民や奴隷の地位について物を申して、こちらへ来ることになったんですよね?」
「ああ、あまりにも堂々と馬鹿げた理想を掲げすぎて疎まれてな」
「馬鹿げた理想? もしや、階級制度を無くし、民を中心とした制度を構築しようと? 幾度となく唱えられ消えていった民主主義のような?」

「それとは少し違うな」
「では?」
「私が目指したのは、責任の公平化だ」
「ん?」

「王政にしろ民主主義にしろ、いや、いかなる制度であっても、とどのつまり国の責任を担う者は政治経済の中心に立つ者たちだ。そして、甘露を受けるのも彼らだ。もちろん、格差は制度によってかなり違うが」

「まさかと思いますが……ケントさんは肩書きの有無ではなく、社会において一人一人が責任を担う社会を目指しているんですか?」
「まぁ、そうだな」
「な、なんと言いますか、それは……」
「ふふ、とんでもない理想論だろ」


 これは政治家として未熟だった頃の私の理想――それは社会におけるあらゆる事象に対して、皆が責任を負う。
 通常であれば、政治家や官僚や企業などの大きな組織に所属している者の中で、それを纏めている者たちが大きな責任を背負わされることになり、その見返りに特別な待遇を得ることになる。
 
 私はこういった当然のテーブルをひっくり返して、全ての人間が責任と権利を享受できないかと考えた。
 そのための一歩目が身分差の撤廃と教育だ。
 誰もがある一定の知識を得て、社会に対する責任を知ること。


「ま、到底不可能な話だけどな。それでも志を胸に秘めて政界に足を踏み入れた頃の私は可能だと信じていた。なんとも青臭く恥ずかしい話だ……だが、この青臭い理想も積み重ねていけば、千年後くらいには実現可能かもな」

「ず、随分と気の長い理想ですね……」
「あははは、そうだな。今思えば、自身が人ではないという思いが理想に反映していたのかもしれない」


 私は空を見上げる。
 スカルペルでは稀有の銀眼に映るのは、冷気の混じる青々とした空。
「人ではないという負い目が皆平等という理想に繋がり……そして、責任に苦しむ政治家の姿を見て、彼らだけを苦しめても良いものかという思いが入り混じった」
「政治家の姿……ですか?」

「国家の中心に立つ者たちは基本的に心臓に毛が生えたような連中ばかりだが、中には多くの命を背負う責任に苛まれながらも、多くのために自身の命を削っている者たちがいた。たしかに彼らは庶民より待遇も良く、金もあるが、果たして社会はこのような形で良いのだろうか? と、疑問を抱くようになったわけだ」


「それで、千年先の理想ですか?」
「ふふふ、人に話せば鼻で笑われる理想だな。しかし、先ほども触れたが、知識を得て、心が成長していけば、そのような理想もまた理想ではなくなるやも。カイン、君は社会の責任を考え背負わされるのは嫌か?」

 この問いに、カインは苦笑いを浮かべる。
「あははは、正直に申しますと、背負わされるのは大人として当然ですが、あまり深く考えるのはきついですね。できれば、医者として医術と患者のことだけを考えていたいというのが本音ですから」

「だろうな。多くの者がそうだろう。自分のことが精一杯で、自分に深く関わらぬことに頭を割く余裕はない。だからこそ、役割分担があり、そこに政治を行う者、医療を行う者、農業を行う者と分かれたわけだからな。それでも……」


 私は土に汚れたカリスたちの手足を見つめる。
「皆が必要な存在。だからこそ社会に対する責任を担うという権利のチケットを切って世界の形づくりに参加してもらいたい。頭が増えれば惑うことも増えるだろうが、多くの考えが集まるのも確か。少数で世界を動かすのでなく、皆で知恵を出し合い明日を築きたい」
「それだと、民主主義がケントさんの考え方に近い制度では?」

「表面はな。私の理想は責任に比重を置きすぎた民主主義。その民衆が嫌がる制度だ」
「仮にケントさんがそんな国を生み出しても、民衆によってすぐに覆されるでしょうね」
「そうだな。それに元々、現在のスカルペルに民主主義は合わない」

「ええ、幾度も民主主義の思想は生まれましたけど消えていった……種族によって考え方に大きな隔たりがあり、現状では力による支配が最もわかりやすいですから」

「そういうことだ。今はまだ、王を頂に置いて支配する。それが無難だろう。私としてはそこに民衆の知恵と言葉が参加できるように努めたいところか」
「ふふふ、壮大な理想が現実的なラインまで下りてきましたね」
「昔は若かった……そんなところだ。ま、私がやるとすれば、教育の拡充くらいか。残りは次世代に任せよう」

「あれ、王都で掲げた身分制度の撤廃は?」
「政治家になり理想を掲げたものの、現実を知り、即時撤廃は難しいと知った。一介の政治家の力ではな」
「一介ではなければ可能と?」

「独裁者の如く強権を振るう、もしくは大勢の民衆に支持される存在となり先頭に立てば可能だろう。それもまた、私では無理な話。私がやれることと言えば、トーワにおいて奴隷制度を生み出さぬことぐらいだ。まずは自分が模範となり、これが半島に、ビュール大陸に、そして世界に広がることを願うよ」
「そうなるといいですね」


 カインは私の微笑みを見せる。だが、途中で眉間に皺を寄せた。
「話は変わりますが……少々、踏み込んだ事をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「……サレートとの戦い。正直、お優しいケントさんが躊躇いもなく誰かの命を奪うとは思ってもみませんでした。それも、あのような方法で……」

 心を失った存在へ溺死と焼死を与える……残酷な所業。
 私はあの時の自身の心を語ろうか悩む。
 だが、この心こそ私の根幹を担うものだと思い、友であるカインに言葉を伝える。

「言い訳をすれば、勇者の力に心が高ぶっていた。だけど、あれは私の心に眠る幼い正義の暴走だったのだろう」
「幼い正義の暴走?」

「私は自分が大人だと信じていた。今だってそう思っている。冷静な大人だと思っている。しかし、実際は十二年しか生きていない。心は子どもままだったんだ。悪の意味を知ろうともせずに、勧善懲悪のみが世界にあるべきだと思い込んでいる部分は拭いきれない」


 どんな存在も危険な悪なら即座に消し去るべき。これは正しい行いかもしれない。
 だが、政治家として領主として、誰かの上に立ち導く役目を負っている者がそれを行うのは間違っている。
 いかなる存在にも意味があると考え、そこから学ばなければならない。
 しかし、心がサレートに対する怒りに塗りつぶされたあの時の私は、本当に子どもだった。


「まったく幼いな。私は実現不可能な理想論を掲げ、それが行えると信じて現実を見ずに、結局左遷された。ムキやサレートを相手にしたときも、彼らの命など露ほども気にしなかった。それは彼らが悪だったから」

「理想を掲げ、信じ歩むこと。そして、正義を胸に抱き示すことは大切なことだと僕は思いますよ」
「私もそう思う。だが、行き過ぎれば毒になる。強力な毒にな……」


 私はカインを見つめ、次に空を見上げた。
「心に宿る理想は気高くあるが、瞳に映る景色は今に。皆に夢を与えるが、己には現実を。正義を高らかに唱えるが、悪を切り捨てるだけではなく意味を理解する。要は、何事も冷静にあれ、ということだ」

 この言葉に、カインは小さく笑いを生んだ。
「ふふ、たしかに多くの上に立つ責任を持つ方々は大変ですね。庶民は理想に焦がれ、夢を見て、正義を信じる。それを行うためにどうすればいいか悩むことはまずありませんから。でも……」


 カインは顔をしかめて、私の理想を嫌がる。
「ケントさんはその悩みを全員に抱え込ませようとしているんですね」
「ふっふっふ、悪い奴だろう」
「まったくです。だけど、それを行うには僕たちではまだまだ未熟。先の長い話。それは千年先ほど……」

「そういうわけで、先ほどの現実的なライン。王を頂に置きながらも、庶民たちの声が届きやすい環境を整える。また、庶民が政治や経済を理解しやすくなるように教育の拡充を図る。となったわけだ」
「あはは、急にこじんまりした感じもしますね」

「そんなもんだ。私は誰かに強く言葉を訴えることのできる英雄ではない。普通の人だ。ゆっくり歩み、なるべく軽くなったバトンを未来へ繋げる。そのバトンが気に食わない言われれば、そこでおしまい。人がやれることには限界があるということだ」

 と、言葉を締めようとしたが、カインが首を横に振って、私を諭すように声を生む。

「それは一人で行おうと考えているからですよ、ケントさん」
「え?」

「世界を形作るのは王だけではない。みんなで形作る。これがあなたの目指している理想なんでしょう?」
「あっ……はぁ、まったく、すぐに盲目的になってしまうな」
「それもまた仕方ありません。僕たちは不器用な存在なんですから」
「そうだな。だが、君のような篝火かがりびが傍に居てくれれば、道を見失わずに済みそうだ」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル 異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった 孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。 5レベルになったら世界が変わりました

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜

もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。 ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を! 目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。 スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。 何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。 やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。 「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ! ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。 ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。   2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

処理中です...