344 / 359
最終章 それぞれの明日へ
賢老にして情熱絶やさず
しおりを挟む
――ヴァンナス国・王都オバディア
オバディアの象徴であった天を穿つ高き城は崩れ落ちて、今は新たなる城が建築されている途中であった。
あの日以降、街並みそのものに大きな変化はないが、古代人の知恵に頼っていた機構の大部分に不具合が起きて、以前のように豊かで便利な街ではなくなっていた。
そのため、一時は混乱の渦に飲まれたオバディアの民であったが、今では大きな混乱はなく、再び、多くの人々が行き交う賑やかな王都を取り戻しつつあった。
瞬く間に混乱を終息させ、国家を安定に導いた者の名は、ヴァンナスの守護者・ジクマ=ワー=ファリン。
彼は建設途中の城の資材を前に、工事の監督責任を果たす者と会話を行っている。
「資材の一つ一つに、宝華の雫に粉末状の魔法石を溶かしこんだ溶液を塗布しておけ」
「す、全てですか? 宝華は十年に一度しか咲かぬ花。とても貴重品ですが」
「皮肉にも古代人の力に頼りきりだったため、魔導の道具となるものはかなり蓄えがある。それを使え」
「はいっ」
「宝華が花咲くとき、そこから零れ落ちる雫は魔導の力を高める効果があり、さらに魔導の力の流れを良く通す。貴重な素材であるが、これらを使った資材で造られた城に充填石を無数配置すれば、以前ほど強力ではないが王都全体を包む結界を生むことができる」
ジクマは春の穏やかな空を見上げる。
「空は何とも静かで自由だ。しかし、地上にいる我々はそれを享受できぬ。だが、城に加え結界が復活すれば、王都の民は安寧に身を委ねることができるだろう」
彼の手腕でヴァンナスに反旗を翻した周辺国の矛を下げさせることができた。
しかし、全てではない。
まだまだ、虎視眈々とヴァンナスを狙う国々がいる。
「クライエン大陸は戦国の世の入口に立っているな」
そう呟いたジクマに、緑の法衣を着た男性が近づいてきた。
「ジクマ閣下、こちらにおられましたか。スオード=リフロ=マルレミ陛下からの命を預かってまいりました」
「なんだ?」
「先日のバルファーとの領地分割についてのご相談を」
「それについては陛下自ら判断の上、事を進めるとなっていたろう? 全ての大事は私などを通さずに全て陛下がご裁可をと」
「ですが……陛下はご自分の判断が正しいかどうかをジクマ閣下とご相談したいと……」
「ぬぅ~……正しいと伝えよ」
「えっ? 内容も確認せずによろしいので?」
「構わぬ。このジクマは陛下の判断に従い、それがどのようなものであろうと、臣下として尽くす。これは当然のことだ。行け」
「はっ」
男はジクマの言葉を受け取り、元来た道を戻っていった。
ジクマは再び空を見上げる。
(スオード陛下に今のヴァンナスを治める力は十分にある。だが、私や先代ネオ陛下の影が邪魔をし、その才を遺憾無く発揮できずにいる。なんとしても、ご自身に自信を持ってもらわねばならぬ)
瞳を空から降ろして、建設中の城を見上げる。
(十年――この老いぼれがジクマとしていられるのはせいぜい十年であろう。それまでにヴァンナスを、戦国の世を乗り越えられるまでにしなければならぬな)
城から視線を外して、王都を見つめる。
そしてその先にある、かつての友人の屋敷の方角へ顔を向ける。
(アステよ、私はお前が羨ましい。お前の息子は老いぼれから椅子を譲られるわけでもなく、奪うわけでもなく、新たな椅子を産み出した。たとえそれが、本人にとって不本意であってもな、ふふ)
彼は屋敷の方角から顔を戻し、ヴァンナスの全てを瞳に取り入れる。
「しかし、泣き言を口にするは為政者の恥。必ずや再びヴァンナスをクライエン大陸の長としてみせるっ。その時は、ビュール大陸、ケント=ハドリーの意志を継ぐ者を相手に、世界をテーブルに置いて雌雄を決することになるだろう」
賢老の眼光は遥か先のビュール大陸、クライル半島のケントへ突き刺さる。
物語は彼に帰り、ケントは語る。
オバディアの象徴であった天を穿つ高き城は崩れ落ちて、今は新たなる城が建築されている途中であった。
あの日以降、街並みそのものに大きな変化はないが、古代人の知恵に頼っていた機構の大部分に不具合が起きて、以前のように豊かで便利な街ではなくなっていた。
そのため、一時は混乱の渦に飲まれたオバディアの民であったが、今では大きな混乱はなく、再び、多くの人々が行き交う賑やかな王都を取り戻しつつあった。
瞬く間に混乱を終息させ、国家を安定に導いた者の名は、ヴァンナスの守護者・ジクマ=ワー=ファリン。
彼は建設途中の城の資材を前に、工事の監督責任を果たす者と会話を行っている。
「資材の一つ一つに、宝華の雫に粉末状の魔法石を溶かしこんだ溶液を塗布しておけ」
「す、全てですか? 宝華は十年に一度しか咲かぬ花。とても貴重品ですが」
「皮肉にも古代人の力に頼りきりだったため、魔導の道具となるものはかなり蓄えがある。それを使え」
「はいっ」
「宝華が花咲くとき、そこから零れ落ちる雫は魔導の力を高める効果があり、さらに魔導の力の流れを良く通す。貴重な素材であるが、これらを使った資材で造られた城に充填石を無数配置すれば、以前ほど強力ではないが王都全体を包む結界を生むことができる」
ジクマは春の穏やかな空を見上げる。
「空は何とも静かで自由だ。しかし、地上にいる我々はそれを享受できぬ。だが、城に加え結界が復活すれば、王都の民は安寧に身を委ねることができるだろう」
彼の手腕でヴァンナスに反旗を翻した周辺国の矛を下げさせることができた。
しかし、全てではない。
まだまだ、虎視眈々とヴァンナスを狙う国々がいる。
「クライエン大陸は戦国の世の入口に立っているな」
そう呟いたジクマに、緑の法衣を着た男性が近づいてきた。
「ジクマ閣下、こちらにおられましたか。スオード=リフロ=マルレミ陛下からの命を預かってまいりました」
「なんだ?」
「先日のバルファーとの領地分割についてのご相談を」
「それについては陛下自ら判断の上、事を進めるとなっていたろう? 全ての大事は私などを通さずに全て陛下がご裁可をと」
「ですが……陛下はご自分の判断が正しいかどうかをジクマ閣下とご相談したいと……」
「ぬぅ~……正しいと伝えよ」
「えっ? 内容も確認せずによろしいので?」
「構わぬ。このジクマは陛下の判断に従い、それがどのようなものであろうと、臣下として尽くす。これは当然のことだ。行け」
「はっ」
男はジクマの言葉を受け取り、元来た道を戻っていった。
ジクマは再び空を見上げる。
(スオード陛下に今のヴァンナスを治める力は十分にある。だが、私や先代ネオ陛下の影が邪魔をし、その才を遺憾無く発揮できずにいる。なんとしても、ご自身に自信を持ってもらわねばならぬ)
瞳を空から降ろして、建設中の城を見上げる。
(十年――この老いぼれがジクマとしていられるのはせいぜい十年であろう。それまでにヴァンナスを、戦国の世を乗り越えられるまでにしなければならぬな)
城から視線を外して、王都を見つめる。
そしてその先にある、かつての友人の屋敷の方角へ顔を向ける。
(アステよ、私はお前が羨ましい。お前の息子は老いぼれから椅子を譲られるわけでもなく、奪うわけでもなく、新たな椅子を産み出した。たとえそれが、本人にとって不本意であってもな、ふふ)
彼は屋敷の方角から顔を戻し、ヴァンナスの全てを瞳に取り入れる。
「しかし、泣き言を口にするは為政者の恥。必ずや再びヴァンナスをクライエン大陸の長としてみせるっ。その時は、ビュール大陸、ケント=ハドリーの意志を継ぐ者を相手に、世界をテーブルに置いて雌雄を決することになるだろう」
賢老の眼光は遥か先のビュール大陸、クライル半島のケントへ突き刺さる。
物語は彼に帰り、ケントは語る。
0
あなたにおすすめの小説
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~
名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる