マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第十八章 奇妙なパーティー

不要な王族

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 宿営地を抜けてしばらくすると街道の様子は様変わりして、目の前には草木がまばらな荒涼とした風景が広がっていた。
 周囲には木々の代わりに、やたらとデカい岩たちが転がっている。
 
 先生の話によると、この街道が荒れているのは百八十年ほど前、その時の六龍と黒騎士が刃を交えたからだそうだ。
 戦いは熾烈を極め、何とか黒騎士を王都に近づけさせることなく追い払ったと。
 だけど、彼との戦いの影響で、ここら一帯は不毛の大地に変わり果ててしまった……。

 
 この話を聞いて、俺は思う。

(この土地の惨状。六龍全員と互角……それじゃあ、シュラク村の黒騎士は俺たち相手にめちゃくちゃ手加減してたんだ。いや、遊ばれてたのか……)

 右手を見つめる。
 黒騎士はあの時こう言った。


『何を企んでいるのかと思えば、よもや、空間魔法とはな……』

 
(あいつは俺の一手に興味を抱き、半分わざと受けたんだ……くそっ)

 振るった剣で俺の首が飛べばそれまで。
 しかし、見事くぐり抜けたのならば、正面から受けてみようと。
 黒騎士の気まぐれで生き残れた。
 実力差は明白……あの場所から生き残れたことは素晴らしい、と割り切るべきだろうけど。

(ふむ~、ムカつくな。もう二度と会いたくないと感じてるけど……でもっ)

 あいつは化け物だ。絶対に関わってはいけない。サシオンにでも任せておけばいい。
 でも、だけど、


――次こそはまともな一撃をお見舞いしてやりたいっ!――

 
 俺は右手から視線を外して、薄く笑う。
(ふふ、あれだけ死を恐れていたのに、今は死よりも悔しさの方が勝ってるなんて。こういうのをなんていうんだろう? 成長? 無謀? はっ、わかんないやっ)

 自分の感情だというのに、その感情の正体が何なのかわからない。
(ま、わからないことを考えても仕方がないっか)

 俺は首を振って、胸に抱く感情を忘れることにした。
 そして、正面に顔を向けて、かつての黒騎士の戦いの残り火に目を向ける。
 
 荒涼とした大地に転がる大岩たち。
 その岩々の間を通り抜けて、俺たちはとんでもゲストのノアゼットとともにメプルへ向かう。
 

 ただし、ノアゼットはメプルの手前にある三叉路で別れて、別の町へ向かう予定だ。

 しかし途中までとはいえ、最強の護衛を得られたのは頼もしい。
 現在、彼女は荷台に座って、ピケの相手をしている。

「ノアゼット様はどのくらい強いんですか? 龍を倒せるって本当ですか?」
「ああ、まあな。過去に何度か倒したことがある」
「すご~い。ねぇ、お母さん。龍をやっつけたことあるってっ」
「ピケっ、失礼なことはしないの!」
「あ、ごめんなさい……」

 ピケはトルテさんに謝って、ノアゼットにも頭を下げた。

「ごめんなさいです、ノアゼット様」
「ふふ、別に構わん。一人旅もいいが、話し相手がいるのも悪いものではないぞ、ピケよ」
「ほんとっ?」
「ああ。トルテ殿、そういうことだから、ピケを怒らないでやってくれ」
「は、はい。まぁ、ノアゼット様がそう仰られるのなら……ピケ、ほどほどしなさいよ」
「うん、わかってる」

 トルテさんから許可が出て、ピケはぴょんぴょんと跳ねている。
 ノアゼットはピケを微笑みながら見つめ、『跳ねると危ないぞ』と優しくたしなめる。


 あのノアゼット相手にピケは全く物怖じすることなく、彼女と楽しげに会話を重ねていく。
 正直、トルテさんは気が気じゃないだろうけど。
 でも、俺は知っている。
 ノアゼットが心優しい女性であることを。
 たぶん、彼女は気軽に接してくれるピケのことをとてもよく思っているはずだ。

 家族の団欒のような暖かな二人のやり取り。
 
 それをよそに、俺は宿営地の方角を見て、カルアのことを思い出す。
 俺は奴がいる方角へ手刀を繰り出す。

「こう、こう、そして、こうっ」
「ヤツハちゃん、何してるの?」
  
 何もない場所に手刀を繰り出す俺を見かねてか、先生が声を掛けてきた。

「なにって、カルアにムカついたんで、奴の影に攻撃を仕掛けてるのさ」
「のさって……何を子どもじみた真似を」
「だって、ムカつくじゃん。賄賂取られて、嫌がらせ受けて。それにあいつ!」
「ん、どうしたの?」
「なんでもないっすっ」


 あぶない。もう少しで違法賭博場を隠れ蓑にして、人身売買の取引をしていたと言いそうになった。
 
 俺は憤然とした表情を見せて、頬を膨らませる。
 その姿を見たノアゼットは声寂し気に話しかけてきた。

「憤りはわかる。だが、許してやってほしい」
「はい?」
「今はあのように不貞腐ふてくされているが、以前のカルアは違ったのだ。とても清廉で才気溢れる者だった」

「うそ……」

「本当だ。ヤツハはフォレを知っていよう。彼らは身分の違いあれど、剣で語り合い、友として道を歩んでいた。カルアは身分差別によって、フォレのような良き人材が埋もれてしまわないように制度改革を行おうとしたこともある」

「え、なんか、今と全然違うんですけど……」
「カルアは……心を折ってしまったのだ」

 
 ノアゼットはカルアの過去を語る。
 それはとても非情なものだった……。

 
 双子の前王の片翼には、四人の子どもがいた。
 現王、ブラウニーとプラリネの双子。そして、双子ではない長男クワーズと次男タフィー。
 
 ジョウハクは双子の王族以外価値がない。
 よって、クワーズとタフィーは王都より遠く離れた地で隠居させられる。
 
 しばらくして、クワーズに子どもが生まれた。
 それがカルア。
 つまり、彼は前王の孫であり、現王ブラウニーとプラリネの甥となる。

 だが、双子でないため、カルアには王位継承権は存在しない。
 王族という肩書を持つ、とても面倒な存在。
 彼もまた父と同じく王都に近づくことは許されず、地方で一生を終えるはずだった。
 
 しかし、彼には才があった。
 剣の才、まつりごとの才、将の才。
 そしてなによりも、平等と公平さを持つ男だった。


 プラリネ女王はカルアの才を捨ておくことができなかった。
 だから彼女は、周囲の反対を押し切り、彼を取り立てた。
 カルアはプラリネの期待に応え、意気揚々と参内する。
 だが……彼を出迎えたのは、声なき罵倒と忌むべき視線。

 それでも、カルアは腐ることなく、まっすぐと生きる。
 その過程でフォレと出会う。それは彼にとって救いだったかもしれない。
 だが、その救いを引き離す者がいる……ブラウニーだ。

 ブラウニーはカルアの存在を疎ましく思っていた。
 才を持つ王位継承権のない王族など、邪魔者以外何者でもない。
 カルアの存在はブラウニーにとって、ただただ疎ましいだけの存在。
 
 
 そこで彼は、自身の息のかかった貴族が多く駐屯する北方の総司令官へ大抜擢をする。
 その時は、ブラウニー執政下。そんな彼による、勅令。しかも、大出世の話。
 断れるはずがない。これがブラウニーによる策だとしても。

 カルアはその命を受け、北方へ向かう。
 そこで何が起きたのかは具体的にはわからない。 
 ただ、彼はブラウニー派の貴族たちに囲まれ、毎日のように嫌がらせを受けていたのは想像に容易い。
 
 北方から届く報はカルアの失態ばかり。
 プラリネ執政下になり、カルアは北方より王都へ戻される。
 責任を問う形で……。
 

 これは苛酷な環境からカルアを救い出す女王の恩情であった。だが、責任を問うという形でしか呼び戻すことができなかった。
 これにカルアはどう感じただろうか……。

 もしかしたら、女王に裏切られたと感じたかもしれない。
 それはカルアの心の奥にある感情で誰にもわからない。

 わかっているのは、王都から戻ってきた彼はだれも信用することなく、以前の清廉さなど欠片もない人物になっていたということ。
 
 与えられた任を気まぐれにこなし、王族の名を笠に着て横暴を働く。
 たぶん、フォレも彼を立ち直らせようとしたに違いない。
 俺はサンシュメの自室でフォレと話したときの言葉を思い出す。

『それは私が諦めてしまったからです。そして、彼は取り返しのつかないことをしてしまった……』


(彼……カルアのことだったんだ)

 俺は一度目を閉じて、ノアゼットに視線を送った。
 おそらく彼女は地下水路での出来事を知らないのだろう。
 カルアにとても優しい言葉を贈り、語りを締めた。

「願わくば、立ち直ってほしいものだ。かつての清廉潔白な御仁に……」

 俺は心の中で呟く。
(もう、遅いよ。あいつは取り返しのつかないことをやってしまった。他者の人権を蹂躙し、売り買いを行うなんてことを!!)

 後戻りのできない悪事。
 カルアの過去に同情するべき点があれど、もう取り戻しようのない事実。
 彼の歩く先にあるのは地獄……自暴自棄の末に辿り着く場所。

(そうか、だからあの時……)
 俺は無防備に両手を広げて、剣で切るように言ってきたカルアのことを思い出す。
(本当に死ぬ気……いや、死にたかったんだ……馬鹿野郎)

 話の終えたノアゼットはピケと仲良くお話をしている。
 とても心暖まる光景を見ながら、なぜか涙が浮かぶ。
 それに気づいた先生が心配そうに声を掛けてきた。

「ど、どうしたの、ヤツハちゃん?」
「わかんない。あんな奴に同情する気なんてないけど……くそったれな理不尽にムカついただけだと思う……」
「ヤツハちゃん? はっ!?」

 突然、先生が空を見上げる!?
 ノアゼットも同じく空を見上げた!?


 何事かと思い、俺も二人が見上げる方向へ目を向ける。
 巨大な影が空に浮かぶ。
 俺が影の名を問うと、先生は終焉を声に乗せた。

「え? なに、鳥?」
「ヤツハちゃん。あれは鳥じゃない…………龍よ……」
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