マヨマヨ~迷々の旅人~

雪野湯

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第二十一章 道を歩む

無の先に在ったものは?

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 光の渦が見える。
 闇を照らす、光。
 
 俺たちは渦に触れ、光に呑み込まれる。

 視界は一度ぼやけ、すぐに元に戻った。
 
 
 
 ここは林だろうか?
 周囲には、木々がまばらに立ち並んでいる。

 俺はざっと周りを見回して、亜空間の出口へ目を向けた。
 だが、そこには何もない。
 枯れ葉が混じる草むらが広がるばかり……。


「アプフェル……」
 俺は手で口元を押さえ、人差し指の腹を噛む。
(どうする? もう一度亜空間魔法を? どうやって探すっ? いや、すでにっ!)
 
 アプフェルが落ちたのは、想像を反映する無の世界。
 光の線から足を踏み外した彼女は恐怖したはず。
 そこから何を想像したのかっ!

「クソッ!!」
 俺は髪をぐしゃぐしゃに掻き毟り、答えのない答えを求めて、頭を狂わす。
「どうすれば、どうすれば!? そうだ、先生に! いないじゃん!! 無理じゃんっ!!」

「ヤツハさんっ」
 パティの声が聞こえる。
 だけど、相手なんかしている余裕はない!

「くそくそくそくそっ!」
「ヤツハ!」
 ティラの声が聞こえる。
 だけど、今はその声に応える余裕はない!!

「なんでだよっ! なにも浮かばねぇ!! クソォォォ!」
「ヤツハさん!!」
「うるさいっ、ちょっと黙っててくれ!」
「いいから、あちらを向きなさい!」
「ぷぎっ!」

 パティが閉じた扇子でほっぺを押してきた。
 おかげさまで首の骨が嫌な音を上げながら無理やり左方向に曲がった。


「いったぁ! なんだ……よ? ん……?」
 
 無理やり向かされた場所に、妙なものがある……。
 ソレは、腰丈ほどの高さに浮かぶ尻と足。
 上半身はなく、空中には下半身だけが浮かぶ。
 ソレはこちらにお尻を向けて、足をバタバタとしている。
 
 俺はソレに近づく。
 ソレは緑色の服を纏っていて、お尻のちょっと上からピンク色の尻尾が飛び出ている。
 俺はソレの尻を撫でる。
 柔らかい……ソレは一層激しく足をバタバタする。

 さらに撫でる。そして揉む。
 実に心地良い感覚。
 すると、ソレは足を一度前に引き、次にバネのように勢いをつけた強烈な蹴りをぶちかましてきた。

「ガハッ!? いっっった……グッ、みぞに……」
 みぞおちを思いっ切り蹴られて、あまりの痛みに地面に転がり悶え打つ。
 上からはパティとティラの声が降ってくる。

「何をしているんですの?」
「まったくだ。ほら、早く助けねば」

「パ、パティ。ティラ。じゃあ、あれって、やっぱり?」
「あの尻尾に服装。アプフェルさんでしょう」
「どういうわけか、空間に挟まっておるようだ。お前の空間魔法で周囲を広げてやるがいい」
「あ、ああ、そうだな。すぐ、そうする」


 俺はバタ狂う足を避けて、挟まっている胴の周りの空間を広げようとした。
(ん?)
 彼女を覆っている空間の魔法に不思議な気配を感じる。

(この力……俺の力? だけど、ちょっと違うような? しかも、魔法とも違う力っぽい? それに、穴の先に広がる世界が亜空間とは違う気が……いや、とにかく、助けるのが先だな)
 
 両手を紫の光に包み、挟まっている部分を広げていく。
 すると、にょろりとアプフェルが零れ落ちてきた。
 俺たちはすぐに彼女へ声を掛ける。


「アプフェル、大丈夫か!?」
「見たところ何ともないようですが、お怪我はありませんの?」
「アプフェルよ。私のためにすまぬ! 大事ないか?」
 
 みんなの呼びかけに、アプフェルは地面にぺたんとお嬢様座りをしたまま、ゆっくりと俺たちの顔を見回す。
 そこから俺に視線を合わせ、奇妙な声を上げた。

「りょ、」
「りょ?」
「え、あ、ただいま……」
 
 彼女はぽけーっと表情から力を抜いて、気のない返事をする。
 俺も釣られて、その言葉に答えた。
「え、あ、おかえり……」

 
 アプフェルはもう一度俺たちを見回して、微笑む。
「フフ、なんとかなったってところね」
「え?」
「……あんたの転送魔法のことよ」
「ああ、それか。ほんと、なんとかな。アプフェルの方は大丈夫なのか?」
「うん、こっちもなんとかね」

 そう答えると、彼女はお尻についた枯れ葉や土を払い落しながら立ち上がった。
 その態度は実に奇妙で、無の世界に落ちた割には落ち着ている。

「あの、アプフェル。どうやって、ここへ?」
「え……あの線から落ちて、闇に呑み込まれる寸前に白く光る渦を見つけてね。イチかバチか、それに飛び込んだの。そしたら、ここへ」
「どういうこと?」

「私がわかるわけないじゃない。空間魔法の使い手じゃないんだから」
「それはそうだけど。でも、本当にどうやって?」

 線から落ちたアプフェルは無に落ちた。
 そこから助かるなんて、どうすればできるんだろうか?
 
 疑問だらけの事象。
 
 だけど、当のアプフェルにもよくわかっていない様子。
 それでも、この奇妙な事象の答えが知りたくて、彼女に質問を続けようとした。
 そこにパティの声が届く。


「ヤツハさん、そこまでです。わからないものを追及しても仕方がありませんわ。それよりも、今からどうするかです」
「え、ああ、そうだな。だけど、ここどこだろう?」
「あなたが転送したのに場所がわからないんですの?」
「とりあえず、安全そうな場所と言うくらいしか……」

「ここはリーベンより、少し離れた場所にある、ヒョウトウの林」

「アプフェル?」

「王都に向かう際に、何度も通ったことがあるから間違いないよ」
「そうか。だとしたら、六龍の追手は完全に撒けたと思っていいな」

「うん。それよりも、早めに野営の準備をした方がいいかも。日も暮れ始めてるし、ここから歩きだとリーベンまで結構距離があるし。それにみんな疲れてる。あんたも含めてね」
「まぁ、たしかに」

 六龍との戦闘。亜空間魔法の行使。そして、無から身を守るための黄金の力……。
 体力も魔力も底を尽きかけている。


「じゃあ、この林で一晩過ごしてから、リーベンへ向かおう。だけど、追手は本当に大丈夫かな?」
「この林からさっきの場所だと馬でも十日掛かるから、まず大丈夫でしょ」
「そんな距離を移動してたのか。我ながら、すげぇ」

「自分でどんだけ移動したかもわからないのに、すごいも何もないでしょ」
「うっさい。んじゃ、何とか生き残れたということで、今日は休もうか。パティ、ティラ、それでいい?」

 二人はコクリと頷き、ティラはアプフェルの傍へ近づいて、頭を下げる

「すまぬ。私が幻影に捉われてしまい、危険な目に合わせてしまった」
「そんな畏れ多い。どうか、顔をお上げください。全ては臣下の務めでございますから」
「アプフェルよ。そなたの忠義、私の心に深く響く。心より礼を言う」
 
 ティラは再び、深くこうべを垂れる。
 それを受けて、アプフェルは慌てた様子を見せていた。


 
 話は一段落して、林で一晩明かすためにみんなで薪を拾い集める。
 そして火を起こし、アプフェルとパティが携帯していた旅糧食を分け合う。
 それら終えた後は、みんなには火の傍で休んでもらい、俺は念のため周囲の見回りに出かけることにした。





――焚き火前


 ヤツハは見回りのため離れ、ここにはアプフェル、パティ、ティラの三人が残り、身体を休めていた。

 ティラはよほど疲れていたようで、炎の暖かさに微睡みを覚え、すぐに寝息を立て始めた。
 
 幼き身で、母の非業の死を受け入れ、叔父から命を奪われかけ、王都より逃亡し、六龍との戦いを目の当たりにしたのだ。
 よくぞ、今まで気力を保っていたと言っていいだろう。
 
 ティラのすぐ隣に、アプフェルが腰を下ろしている。
 アプフェルは揺らめく炎を目にしながら、何かを思い出した様子で懐を弄った。
 
 彼女が取り出したのは一枚の小さな紙きれ。

 それに一度目を通して、くしゃくしゃに丸めると、焚き火へ放り投げた。
 しかし、そこにいたずらな風が吹き、丸まった紙は焚き火から逸れて、ころころと転がる。
 そしてそれは、パティの足元へ辿り着いた。
  

 彼女はその紙切れを拾い、そして広げる。

「あら、これは?」
「あ……ただのゴミ。燃やしといて」
「え、そうですの? ですが、何か文字のようなものが書かれていますけど……これは……カンジ? でも、他の文字も……?」

「…………クレマさんたちが使ってたから、ちょっと勉強してみようかと思ったんだけど、意味不明で……」

 アプフェルは放る動作を見せ、焚き火にくべるように催促する。
 パティは紙切れとアプフェルを交互に見て、小さく息を漏らす。


「たしかに、複雑な文字ですものね。このような妙な文字を会得しようとすれば、一筋縄では学べないでしょうから。だけど、本当によろしいんですの?」
「うん、大した内容じゃないからね。持ってても邪魔なだけだし」
「……わかりましたわ、では」

 パティは紙切れを焚き火に投げ入れる。
 炎は紙切れを包む。
 アプフェルはじっとそれを見つめる。

 紙はみるみるうちに黒色に染まり、散り散りになっていく。
 やがては風に乗り、灰となって林の奥深くへと吸い込まれていった。

 紙が塵となったことを確認したアプフェルは、少しほっとした態度を見せる。
 パティは彼女に対し、なんとなく奇妙な雰囲気を感じていたが、疲れの方が勝り、瞼がゆっくりと下りていく。
 そして、小さな寝息を立て始めた。
 
 アプフェルも目を閉じて、身体を休めることにした。
 もはや、消えてなくなった紙きれのことを考えながら……。
(よかった、ヤツハに見られなくて……)

 
 もし、転がった紙きれを拾った相手がヤツハだったならば、ヤツハはアプフェルを問い詰めずにはいられなかった。
 灰となった紙切れに記されていたのは漢字だけではない。
 平仮名と片仮名。そして、アルファベットにアラビア数字に円記号。

 アプフェルは微睡みに包まれ、燃えゆく紙切れに見た文字の一部を思い起こしながら、深い眠りへと落ちていった。
 彼女がその瞳に宿した紙切れの内容は――。


 
 20×7-08-×4

 ××河×湖××店

 ざ×蕎×・298
 冷や×中×・3×8
 アヤタ×・98
 麦×・8×
 プリン・110 

 合計 ¥9×3
(内×費×等     ¥8×)
 点× 5個
 お預×り  ¥1×23
 お×り    ¥1××
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