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第三十一章 それは何者にも覆すことのできない、絶対と奇跡の物語
届ける思い
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草花が風に揺れるだけの場所から、ヤツハは仲間たちに顔を向けた。
そして、そっと頭を押さえる。
(脳の崩壊が進んでるな。何か、コトアがこそこそやっているみたいだけど。それが何なのかすらわからなくなっている。とにかく、今はやるべきことはやっておかないと)
彼女はやるべき事柄を隔離した情報を頼りに、アクタ中に声を轟かせた。
その声にはヤツハと笠鷺の情が籠る。
「アクタに訪れた異世界の人々よ。俺の声が聞こえるだろう。俺があなた方を元の世界へ、故郷へと帰す」
声は世界のどこかにいる男性の元へ届く。
男性の前にヤツハが現れる。
「さぁ、帰還を望むなら、俺の手を取ってくれ。それはすぐでなくてもいい。俺はいつまでもあなたの決断を待つ」
世界のどこかにいる夫婦の元へ届く。
「愛する者と離れるのが怖いというならば、共に連れて行っても構わない。どちらの世界を選ぼうと、俺が矛盾なく存在を許し、祝福する」
声はマヨマヨたちへ届く。
「これまで歩んできた苦労がようやく実る。さぁ、あなた方が望む道を歩んでくれ」
それはアクタに迷い込んでしまった、異世界人の一人一人に宿るヤツハたち。
彼らの目にしか見えないヤツハが、決断の時を無限に待ってくれる。
そして、アクタに残るも故郷へ帰るも、ヤツハは彼らを祝福する。
ヤツハは全ての異世界の存在に言葉を伝え、送り人となるヤツハたちを切り離す。
(これでよし。俺という存在を固定した。これで俺の力が無くなっても、彼らの傍には俺が居続ける。彼らが望むとき俺が現れて、彼らを故郷へ帰すことができる)
ヤツハは草原を広く望む。
すでに、多くのマヨマヨたちが姿を消している。
彼らは皆、自分の故郷へ帰ったのだ。
帰らず残るマヨマヨの中に、黒のマヨマヨであるキタフがいた。
ヤツハは彼に問いかけた。
「帰らないのか?」
「良いのか? 私は――」
「近藤の仇……でも、いいさ。帰りたいんだろう?」
「そうか、ありがとう」
「うん、さよなら。それに……」
ヤツハは何かを口にしようとした。
しかし、それが一体何だったのかわからない。
キタフは怪訝なそうな声を上げる。
「どうした?」
「わからない。あんたを帰すことに大きな意味があったような……」
「ふふ、それについてはおおよそ理解している」
「わかるのか?」
「なんとなくな……ふっ、状況によっては世界を跨ぎあいつとも協力することになるだろうな」
「あいつ?」
「気にするな。私は貴様の期待に応え、帰るとしよう」
「俺の期待ねぇ。ったく、俺にはわからないのにキタフにはわかるなんて。こっちは万能感を失って、自分が何をしているのかわからなくなってきてるのに」
「ふふ、運命の力を僅かといえ、一個人が操ったことは驚嘆に値する。その奇跡に応えよう。私にはやるべきことがあるようだ。さらばだ」
「ああ、さよなら」
キタフは姿を消す。
キタフだけではない。
多くの異世界人たちの気配がアクタから消えた。
(残る人もいるみたいだけど、ほとんどの人たちが故郷に帰還したみたいだな。やっぱり、愛する人と離れ離れは辛いよな。それは俺もまた……先を続けよう)
ヤツハの瞳は王都を映し、時計塔を宿す。
すると、時を刻むことを忘れた時計は鐘の音を街に響かせた。
多くの人々が驚き、時計塔を目にする中で、彼女は王都の裏通りに立つ。
そこには石垣があり、パイプを咥えたおじいちゃんがいた。
「おじいちゃん、久しぶり。ずっと、この場所に居たの?」
「おやおや、ヤツハちゃんか。可愛くなって」
「はは、ありがとう。おじいちゃん、一緒にお孫さんに会いに行こう」
「いいのかねぇ、そんなことして?」
「いいさ。心残りでずっとここにいると、みんなが怖がっちゃうよ」
「そうかい? 化けて出る気はないんだが……ずっとここにいるわけにもいかんな」
「うん」
ヤツハはおじいちゃんの手を引いて、お孫さんのいる場所へ向かう。
おじいちゃんの瞳には小さな女の子が大勢の友達と一緒に遊んでいる姿が映る。
「うん、うん、元気そうでよかった」
「ええ、とても楽しそう」
「ありがとう、ヤツハちゃん。ようやく、旅立てそうだよ」
「うん、バイバイ。おじいちゃん」
おじいちゃんはパイプを美味しそうに吸って、煙と一緒に姿を消していった。
ヤツハは後ろを振り向き、掃除を依頼してくるおばさんの前に立った。
「おばさん」
「ヤツハちゃん?」
ヤツハはそっと彼女の顔に触れた。
すると、火傷の痕はきれいさっぱりなくなり、とても快活だったおばさんの姿を取り戻す。
「それじゃね、おばさん」
「ありがとう、ヤツハちゃん」
彼女は後ろ振り返る。
そこにはいたずらっ子の男の子と、いつも一緒にいる女の子がいた。
「約束、守ってくれたんだな」
「当たり前だろ。俺は女との約束を破ったりしないぜ」
「生意気だなぁ、お前はぁ~」
ヤツハは視線を下げて、男の子の頭をグリグリと押さえつける。
そして、隣に立つ女の子へ顔を向けた。
「こいつが無茶しそうになったら、止めてやってくれよ」
「うん、わかってる。バイバイ、お姉ちゃん」
ヤツハは二人に手を振る。
視線を上げると、サバランがいた。
「戻らないんですね」
「ああ、ここが私のいる場所だ。それにトルテとピケがいるからな」
「そうですか……逃亡の際はありがとうございました」
「いいってことさ。それじゃ、元気でな」
「はい、サバランさんも……」
サバランへ手を振り、その手が視界と交差すると、スプリ・フォール・ウィターの姿が前に立つ。
「よ、三馬鹿」
「三馬鹿はないですよ、ヤツハさん」
「そうだよ、スプリとウィターと同じだなんて」
「なに言ってんだ。フォールが一番のバカだろっ」
三人はお互いに睨み合い、文句を口にする。
それを暖かな瞳で見つめ、ヤツハは礼を口にした。
「リーベンでの演説の時は助かったよ。お前らのおバカな掛け声で緊張が解けた」
「え、聞こえてたんですか?」
三人は照れくさそうに頭を掻く。
ヤツハは彼ら三人に、これからの王都を託す。
「これからも王都を守ってやってくれよ、スプリ、フォール、ウィター」
「はい、王都のことは僕たちに任せておいてください」
「俺も全力で頑張ります」
「自分だって、二人には負けませんから」
三人の決意を瞳に宿し、ヤツハは目を閉じた。
瞳から王都を消して、次に草原を映す。
ヤツハはティラを支える騎士たちを瞳に入れた。
「ポヴィドル子爵、ゼリカ公爵、パラティーゾ侯爵。オランジェット様、レーチェ様。セムラさん、これからもティラを支えてやってください」
皆はコクリと頷く。
「六龍。もう、王を裏切らないようにな」
六龍たちはばつの悪そうな表情を見せたが、すぐに正し、しっかりとした表情をヤツハに見せた。
ヤツハはケインへ顔を向ける。
「ケイン。これからどうする? 六龍の椅子を取っちゃう? それとも、五星のままでいる?」
「そうですな……五星はもう勘弁です。しかし、六龍を名乗るにはまだまだ未熟。しばらくは、筋肉が求め指し示すがままに、旅へ出ようと思っています」
彼は言葉を発しながら、相変わらず何度もポージングを決めて、己の肉体をヤツハに見せつける。
その暑苦しい姿にヤツハは苦笑いを浮かべ、視線を何もない場所へ向けて新たな名を呼んだ。
「ザルツさん」
皆の前に、皇帝ザルツブルガーが現れる。
だけど、誰も驚いたりはしない。
「ザルツさん。引退はもうしばらく待ってもらいますか?」
「はぁ~、仕方なかろうな。マヨマヨとあの女がいなくなった今、ジョウハクだけでソルガムとキシトルを抱え込むのはきついだろうからな」
と、言いつつ、彼はわざとらしく腰を叩く。
ヤツハはそれに笑みを返す。
「ふふ、安心してください。すぐにザルツさんの後継が誕生しますよ。な、バーグのおっさん」
「え、俺かよっ?」
バーグは驚き、即座に否定をした。
「むりむりむりむり。俺には無理だって」
「勘違いすんなって。誰もおっさんに皇帝なんか期待してないって」
「ん、どういうこって?」
「おっさん、さっさと身を固めて、子どもを作れよ」
「ん、んん? それって……ん? まさか、え、ええ~」
気の抜けるような驚き声を上げるバーグの肩を、ザルツが愉快そうに引き寄せ抱える。
「ほぉ、孫の誕生が楽しみだな。息子よ」
「この、クソ親父。こんな時だけ息子扱いしやがって!」
「わっはっはっは!」
ザルツとバーグがじゃれ合う姿から、ヤツハは視線を移した。
そして、そっと頭を押さえる。
(脳の崩壊が進んでるな。何か、コトアがこそこそやっているみたいだけど。それが何なのかすらわからなくなっている。とにかく、今はやるべきことはやっておかないと)
彼女はやるべき事柄を隔離した情報を頼りに、アクタ中に声を轟かせた。
その声にはヤツハと笠鷺の情が籠る。
「アクタに訪れた異世界の人々よ。俺の声が聞こえるだろう。俺があなた方を元の世界へ、故郷へと帰す」
声は世界のどこかにいる男性の元へ届く。
男性の前にヤツハが現れる。
「さぁ、帰還を望むなら、俺の手を取ってくれ。それはすぐでなくてもいい。俺はいつまでもあなたの決断を待つ」
世界のどこかにいる夫婦の元へ届く。
「愛する者と離れるのが怖いというならば、共に連れて行っても構わない。どちらの世界を選ぼうと、俺が矛盾なく存在を許し、祝福する」
声はマヨマヨたちへ届く。
「これまで歩んできた苦労がようやく実る。さぁ、あなた方が望む道を歩んでくれ」
それはアクタに迷い込んでしまった、異世界人の一人一人に宿るヤツハたち。
彼らの目にしか見えないヤツハが、決断の時を無限に待ってくれる。
そして、アクタに残るも故郷へ帰るも、ヤツハは彼らを祝福する。
ヤツハは全ての異世界の存在に言葉を伝え、送り人となるヤツハたちを切り離す。
(これでよし。俺という存在を固定した。これで俺の力が無くなっても、彼らの傍には俺が居続ける。彼らが望むとき俺が現れて、彼らを故郷へ帰すことができる)
ヤツハは草原を広く望む。
すでに、多くのマヨマヨたちが姿を消している。
彼らは皆、自分の故郷へ帰ったのだ。
帰らず残るマヨマヨの中に、黒のマヨマヨであるキタフがいた。
ヤツハは彼に問いかけた。
「帰らないのか?」
「良いのか? 私は――」
「近藤の仇……でも、いいさ。帰りたいんだろう?」
「そうか、ありがとう」
「うん、さよなら。それに……」
ヤツハは何かを口にしようとした。
しかし、それが一体何だったのかわからない。
キタフは怪訝なそうな声を上げる。
「どうした?」
「わからない。あんたを帰すことに大きな意味があったような……」
「ふふ、それについてはおおよそ理解している」
「わかるのか?」
「なんとなくな……ふっ、状況によっては世界を跨ぎあいつとも協力することになるだろうな」
「あいつ?」
「気にするな。私は貴様の期待に応え、帰るとしよう」
「俺の期待ねぇ。ったく、俺にはわからないのにキタフにはわかるなんて。こっちは万能感を失って、自分が何をしているのかわからなくなってきてるのに」
「ふふ、運命の力を僅かといえ、一個人が操ったことは驚嘆に値する。その奇跡に応えよう。私にはやるべきことがあるようだ。さらばだ」
「ああ、さよなら」
キタフは姿を消す。
キタフだけではない。
多くの異世界人たちの気配がアクタから消えた。
(残る人もいるみたいだけど、ほとんどの人たちが故郷に帰還したみたいだな。やっぱり、愛する人と離れ離れは辛いよな。それは俺もまた……先を続けよう)
ヤツハの瞳は王都を映し、時計塔を宿す。
すると、時を刻むことを忘れた時計は鐘の音を街に響かせた。
多くの人々が驚き、時計塔を目にする中で、彼女は王都の裏通りに立つ。
そこには石垣があり、パイプを咥えたおじいちゃんがいた。
「おじいちゃん、久しぶり。ずっと、この場所に居たの?」
「おやおや、ヤツハちゃんか。可愛くなって」
「はは、ありがとう。おじいちゃん、一緒にお孫さんに会いに行こう」
「いいのかねぇ、そんなことして?」
「いいさ。心残りでずっとここにいると、みんなが怖がっちゃうよ」
「そうかい? 化けて出る気はないんだが……ずっとここにいるわけにもいかんな」
「うん」
ヤツハはおじいちゃんの手を引いて、お孫さんのいる場所へ向かう。
おじいちゃんの瞳には小さな女の子が大勢の友達と一緒に遊んでいる姿が映る。
「うん、うん、元気そうでよかった」
「ええ、とても楽しそう」
「ありがとう、ヤツハちゃん。ようやく、旅立てそうだよ」
「うん、バイバイ。おじいちゃん」
おじいちゃんはパイプを美味しそうに吸って、煙と一緒に姿を消していった。
ヤツハは後ろを振り向き、掃除を依頼してくるおばさんの前に立った。
「おばさん」
「ヤツハちゃん?」
ヤツハはそっと彼女の顔に触れた。
すると、火傷の痕はきれいさっぱりなくなり、とても快活だったおばさんの姿を取り戻す。
「それじゃね、おばさん」
「ありがとう、ヤツハちゃん」
彼女は後ろ振り返る。
そこにはいたずらっ子の男の子と、いつも一緒にいる女の子がいた。
「約束、守ってくれたんだな」
「当たり前だろ。俺は女との約束を破ったりしないぜ」
「生意気だなぁ、お前はぁ~」
ヤツハは視線を下げて、男の子の頭をグリグリと押さえつける。
そして、隣に立つ女の子へ顔を向けた。
「こいつが無茶しそうになったら、止めてやってくれよ」
「うん、わかってる。バイバイ、お姉ちゃん」
ヤツハは二人に手を振る。
視線を上げると、サバランがいた。
「戻らないんですね」
「ああ、ここが私のいる場所だ。それにトルテとピケがいるからな」
「そうですか……逃亡の際はありがとうございました」
「いいってことさ。それじゃ、元気でな」
「はい、サバランさんも……」
サバランへ手を振り、その手が視界と交差すると、スプリ・フォール・ウィターの姿が前に立つ。
「よ、三馬鹿」
「三馬鹿はないですよ、ヤツハさん」
「そうだよ、スプリとウィターと同じだなんて」
「なに言ってんだ。フォールが一番のバカだろっ」
三人はお互いに睨み合い、文句を口にする。
それを暖かな瞳で見つめ、ヤツハは礼を口にした。
「リーベンでの演説の時は助かったよ。お前らのおバカな掛け声で緊張が解けた」
「え、聞こえてたんですか?」
三人は照れくさそうに頭を掻く。
ヤツハは彼ら三人に、これからの王都を託す。
「これからも王都を守ってやってくれよ、スプリ、フォール、ウィター」
「はい、王都のことは僕たちに任せておいてください」
「俺も全力で頑張ります」
「自分だって、二人には負けませんから」
三人の決意を瞳に宿し、ヤツハは目を閉じた。
瞳から王都を消して、次に草原を映す。
ヤツハはティラを支える騎士たちを瞳に入れた。
「ポヴィドル子爵、ゼリカ公爵、パラティーゾ侯爵。オランジェット様、レーチェ様。セムラさん、これからもティラを支えてやってください」
皆はコクリと頷く。
「六龍。もう、王を裏切らないようにな」
六龍たちはばつの悪そうな表情を見せたが、すぐに正し、しっかりとした表情をヤツハに見せた。
ヤツハはケインへ顔を向ける。
「ケイン。これからどうする? 六龍の椅子を取っちゃう? それとも、五星のままでいる?」
「そうですな……五星はもう勘弁です。しかし、六龍を名乗るにはまだまだ未熟。しばらくは、筋肉が求め指し示すがままに、旅へ出ようと思っています」
彼は言葉を発しながら、相変わらず何度もポージングを決めて、己の肉体をヤツハに見せつける。
その暑苦しい姿にヤツハは苦笑いを浮かべ、視線を何もない場所へ向けて新たな名を呼んだ。
「ザルツさん」
皆の前に、皇帝ザルツブルガーが現れる。
だけど、誰も驚いたりはしない。
「ザルツさん。引退はもうしばらく待ってもらいますか?」
「はぁ~、仕方なかろうな。マヨマヨとあの女がいなくなった今、ジョウハクだけでソルガムとキシトルを抱え込むのはきついだろうからな」
と、言いつつ、彼はわざとらしく腰を叩く。
ヤツハはそれに笑みを返す。
「ふふ、安心してください。すぐにザルツさんの後継が誕生しますよ。な、バーグのおっさん」
「え、俺かよっ?」
バーグは驚き、即座に否定をした。
「むりむりむりむり。俺には無理だって」
「勘違いすんなって。誰もおっさんに皇帝なんか期待してないって」
「ん、どういうこって?」
「おっさん、さっさと身を固めて、子どもを作れよ」
「ん、んん? それって……ん? まさか、え、ええ~」
気の抜けるような驚き声を上げるバーグの肩を、ザルツが愉快そうに引き寄せ抱える。
「ほぉ、孫の誕生が楽しみだな。息子よ」
「この、クソ親父。こんな時だけ息子扱いしやがって!」
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