殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~

雪野湯

文字の大きさ
8 / 100
第一幕

第八話 偽りの友人

しおりを挟む
 日記に目を通してしばらくすると、ルーレンが夕食の準備が整ったと伝えに来た。
 その際、引き出しの鍵の場所について尋ねる。
 すでに中身を確認しているが、まさかピッキングをしたとも言えないし、今後もピッキングで、というわけにもいかない。

 俺の問いに彼女は――
「申し訳ございません。私は把握しておりません。なにぶん、プライベートなものになりましょうから」
「そうなの? ですが、たしかにあなたの言うとおりですわね」
「お部屋をお探しになられて見つからなかったとしたら……そうですね、お洗濯用に回された衣服に紛れ込んでいるかもしれません。探してみます」
「なるほど、その可能性はありますわね。それじゃあ、お願いね。ルーレン」


 鍵の在りかはルーレンに頼むことして、次に日記以外で見つけたとんでもない代物について尋ねることにした。
 ソファに投げていたソレを手に取り、彼女に見せつける。

「ルーレン、これは?」
「そ、それは!?」

 ソレを目にした途端、ルーレンの身体がガタガタと震え始める。
 震えの意味は恐怖。そして恐怖の対象は……。


「この『鞭』は、あなたを罰するためにあるのですね?」

 とんでもない代物とは、『鞭』――母ダリアが手にしていた鞭と同じもの。
 つまり、母に虐待されるシオンもまた、ルーレンを虐待していたということ。

 馬車から降りる際に見たルーレンの怯えた態度と、鞭を持つダリアの姿に怯える様子を見て、俺はダリアから虐待を受けていると結びつけたが――そうではなかった。

 俺は鞭を見つめ、か細く言葉を漏らす。
「どうやら、わたくしはあなたに対して酷いことを行っていたようで……」
「それは違います、シオンお嬢様!!」
「ルーレン?」

 ルーレンは突然大声を上げたかと思うと、身を震わせながら哀しみの混ざる声を漏らす。
「シオン様は私を大事にしてくださっていました。ですが、シオン様には拠り所がなかった。だから、仕方のないことだったんです! シオン様が悪いわけではなく……」


 これ以上のことは口にできず、ルーレンは黙り込んでしまった。
 だが、今の言葉だけでも十分に状況を推察できる。

 シオンはルーレンを大事にしていた。これは事実だ。
 虐待をした。これもまた事実。
 ではなぜ、大事にしているルーレンを虐待し、ルーレンはそんなシオンを庇うのか?


 答えはこうだ。

 シオンは家族からの虐待に耐えきれず、その矛先をルーレンに向けた。
 その悲しみと苦しみを理解しているからこそ、ルーレンはシオンを悪くないと言う。
 言葉を続けられなかったのは、それ以上の言葉はゼルフォビラ家への非難に繋がるから。


 もし、俺が若ければ、この事実を前にして、シオンに対して悪感情を抱いた。
 虐待を受ける哀しみを知りながら、それを自分より弱い立場の存在に行っているなんてひどい女だと。

 だが、年を取り、一般の者よりも深く、痛みや苦しみを知る裏の世界で生きてきた俺はシオンの痛みを理解できる。
 家族から疎まれ、縋る相手もなく、毎日を怯えて暮らす。
 十四歳という少女に対して、これに耐え、真っ当に生きろと言うのは酷な話。
 

 だからといってルーレンに行った所業が帳消しになるかと言えば、もちろんなるわけがない。

 しかし、俺もルーレンも、シオンが被害者であることを理解している。
 故に、ルーレンはシオンを庇い、俺もシオンを責める気はない。
 それに俺もまた、ガキの頃に親から虐待を受けていた経験がある。
 子どもではどうしようなく、抜け出せない暗い世界があることを知っている。


 幸い、俺は他者に怒りをぶつけることなく、近所の猫の面倒を見ることで心を癒していたが……その猫も義父おやじによって目の前で熱湯をかけられて殺された。
 のちに、お返しとばかりにライター用のオイルを義父おやじにぶっかけて焼き殺したんだが……そんな話はどうでもいいか。

 話を戻そう――シオンは被害者だがルーレンに対する罪は確かに存在する。
 それはルーレンがいくらシオンを庇おうとも。
 そして、今の俺はシオン。シオンの全てを引き継ぐことで生き長らえた。
 ならば、彼女の罪を背負う義務がある。


 そして、それ以上に……ルーレンとの関係に溝を作りたくない。これからのためにも。
 
 俺は鞭をルーレンへ差し出す。
「ルーレン。今後わたくしはあなたへ暴力を振ることはないと誓います。ですが、もし、その誓いを破るようなことがあれば、この鞭でわたくしを打ちなさい」
「そ、そのようなこと、わたしに……」
「ええ、あなたは優しい子だもの。できないでしょう。お返しに打ってと言ってもできないでしょう。だから、これはお願い」
「お願い?」

「わたくしが道を誤るようであれば、鞭を打ってでも正してください。わたくしが二度と理不尽な暴力に怯え、屈しないように。わたくしはこれから先、あなたの模範となり、あなたの瞳を穢さぬように生きていきます。これがあなたへの贖罪。自分勝手な贖罪ですけどね」

「そ、そんなことは! 私のような醜いドワーフをお傍に置いて頂けているだけでも十分ですのに!」
「自分をそのように卑下してはダメですよ。それにあなたはとても可愛らしい女の子ですもの」
「そ、そ、そんな! 私は全然かわいくなんかっ」

 褐色の肌であってもはっきりわかるくらいに頬を赤らめるルーレン。
 その姿を愛くるしく感じながら、彼女へ声を掛ける。
「ルーレン、わたくしの罪をあなたに預けます。その罪をどう裁くはあなたに任せます。お願いできますか? これは、そうね……」

 俺はわざと一拍置いて、懇願と優しさの混ざる感情を瞳に乗せる。
あるじとメイドという関係でなく、友人としてのお願い」
「友人…………シオン……お嬢様」


 ルーレンは驚いたような声を上げて、少しだけ瞳を潤ませる。
 どうやら俺の演技は功を奏して、ルーレンの心の琴線に触れることができたようだ。
 そっと、鞭を彼女へ差し出す。
 彼女は潤ませていた瞳を僅かに泳がせるが、ゆっくりと瞳を動かして鞭に止める。
 そして、恐る恐る鞭を手に取った。

「お嬢様の罪をお預かりします。シオンお嬢様が道を誤らぬように失礼ながらも見守らせていただきます」
「ええ、頼みましたわ」


 シオンの罪をルーレンに預け、ルーレンが判断を下す。
 ということで、虐待の件は一応の決着を見た。
 とても曖昧だが、身分差という壁が存在する以上、ルーレンがシオンの罪を裁くというのは難しい。
 たとえ、俺が強く望んだとしても。
 だから、これが落としどころと考える。今後の俺とルーレンの関係を考えて。
 今のところ彼女は味方になりそうな唯一の存在。それ故に、彼女からのマイナス感情は少しでも減らして起きたい。
 そういった計算で生まれたやり取り。
 

 ルーレンの純情を利用したくそみたいな考え方だが、中身はくそみたいな殺し屋のおっさんなので仕方がない。
 純真無垢な俺は義父おやじを殺した十三の時に死んだ。

 
 一連のやり取りを終えた俺は家族がつどう食堂へ案内される。
 現在、この屋敷には以下の家族が住んでいる。

 父・セルガ=カース=ゼルフォビラ。
 母・ダリア=シノトス=ゼルフォビラ。
 次兄・ザディラ=スガリ=ゼルフォビラ。
 双子の弟・アズール=イディア=ゼルフォビラ。
 双子の妹・ライラ=ザマ=ゼルフォビラ。

 そして次女である俺・シオン=ポリトス=ゼルフォビラ。


 名前は、名=ミドルネーム=姓の構成
 ミドルネームは生まれた月と日とその日の天候の組み合わせで変わるとか。
 面倒なので家族は全員同じにしてほしい。

 とりあえず、父セルガ・母ダリア・次兄ザディラ・弟アズール・妹ライラ、と名前だけ覚えていればいいか。

 残りの兄二人と姉一人は不在。
 長兄は皇都で政治家として活躍中。
 三男は皇都で軍に所属し活躍中。
 姉は別の町の学院の生徒で、その学院の寮にいるそうだ。

 シオンも以前はその学院に通っていたらしいが、諸事情あって戻ってきたと。
 その諸事情とは、いじめ。
 同級生によるいじめに耐えられなくなり屋敷に戻ってきたとか。詳しい話は必要になったら尋ねるとしよう。


 家族構成と彼らの居場所を反芻しながら、日記に書かれていたシオンの実の母親のことを考える。

(スティラ――ルーレンに尋ねたいところだが、俺は記憶を失い何も知らないご令嬢。情報源だった日記は鍵付きの引き出しの中。尋ねることはできないな……シオンの本当の親。『家族』)


 この家族という言葉で、俺は自分の失敗を呪う。
(ここは右も左もわからぬ場所。それなのにいきなり母ダリアと弟と妹に喧嘩を売ってしまった。彼女たちは復讐相手なのか? どう復讐するのか? それらはさておき、何もわからぬ以上、無闇に敵に回すべきではなかったが……ま、いいか。いまさら悔やんでも仕方ない)

 このいい加減っぷりが二流の殺し屋たる所以ゆえんなのだろうが、いまさら治るようなものでもない。
 なにせ俺は頭の凝り固まった四十のおっさんだからな。
 もはや自分を変えるなんて器用な真似はできない。

 と、この時の俺はそう思っていた。
 だが、のちに知ることになる。
 今の俺は四十のおっさんでなく、若く柔軟な思考を持てる十四歳の少女であり、それに見合うだけの可能性を手に入れたことに……。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています

空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。 『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。 「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」 「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」 そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。 ◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ
ファンタジー
「わたしはもうまもなく死ぬ」 静まり返った老人ホームの一室で、老人は青年にそう告げた。励まそうとする青年に老人はさらに告げる。「いや正確に言い直そう。わたしは転生するのだ」 異世界に突如として転生したその男は、海洋国家ヴァレンティン共和国の超名門、シュナイダー家に生を受け、ガイウス・シュナイダーとして転生を果たす。だがそんなガイウスには前世の知識はあるものの、記憶がなかった。混乱するガイウス。だが月日が経つにつれ、次第にそんな環境にも慣れ、すくすくと成長する。そんな時、ガイウスは魔法と出会う。見よう見まねで魔法を繰り出すガイウス。すると、あろうことかとんでもない威力の魔法が―― 数えきれないほど転生をし続けた伝説の大魔導師の最後の転生物語をどうぞお楽しみください! こちらは『小説家になろう』で千五百万PⅤを獲得した作品を各所変更し、再構成して投稿しております。 また『1×∞(ワンバイエイト)経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!』という作品が、アルファポリス社より刊行されています。既刊第四巻まで発売中です。またコミカライズもされており、こちらは第二巻まで発売しています。あわせてよろしくお願いいたします!

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

処理中です...