元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~

雪野湯

文字の大きさ
2 / 100
第一章 勇者から父として

第2話 次代の勇者と前代の勇者

しおりを挟む
 執務室を出て、大理石の廊下を歩く。
 そこで、次代の勇者であるクルス=オーウェンの姿を見かけた。

 深紅の髪色のツーブロックに、深紅の瞳を持つ少年。
 顔立ちも瞳も丸っこくて、背もまだまだ小さい。
 彼は十四歳の少年らしい溌溂はつらつとした様子で俺に駆け寄ってきた。
 あの様子だと、俺の件はまだ耳に入っていないのだろう。

「ジルドラン様!」
「様は余計だっての。呼び捨てでいいって言ってるだろ」
「そんな、ジルドラン様は勇者なんだから呼び捨てになんてできません!」

 彼はググっと両拳に力を込めて、体を前のめりにしてくる。
 俺はそんな彼の深紅の髪を鷲掴みにする。
「鬱陶しいなぁ、お前は」
「いたたた、やめてくださいよ! ジルドラン様!」
「しょうがねぇな、やめてやるか。そ~れ、わしゃわしゃわしゃ~っと」

 彼の髪をぐちゃぐちゃにして解放してやると、クルスは唇を尖らせながら髪を整え直した。

「もう~、すぐに子ども扱いするんですから~」
「子どもだろ。とはいえ、あと五年。いや、三年もすりゃ、俺を超えるだろうけどな」
「そ、そんなことありませんよ! 僕が尊敬するジルドラン様を超えるなんて!!」


 彼は深紅の瞳に、まっすぐ憧れの勇者の姿を映す。
 俺の名声は地に落ちていても、まだ、勇者として戦う俺の姿に憧れる者たちが残っている。
 その筆頭が、このクルス。
 彼の様子を見て、俺は心の中で苦笑する。

(こりゃ、貴族連中が俺を遠ざけたがるはずだな。担ぎ上げたい神輿が、俺に傾倒してるんだから)


 彼に気づかれないよう小さな笑いを漏らして、穢れを知らぬ少年を見つめる。
(クルスを利用すれば、まだ挽回の余地はあるが……はは、無垢な少年を利用してまで政治の切った張ったを行う気力なんてもうねぇわな)

 俺は執務室に残るアルダダスに意識を向ける。
(守ってやってくれよ、アルダダス…………フッ、お払い箱をこれ幸いとして逃げ出す卑怯者が、何を言ってやがる)


 これから、アルダダスには大きな苦難が待ち受けている。そうだというのに、俺はすべてを友に押し付けて、無垢な少年が蹂躙されようとしているのに見捨てて逃げ出そうとしている。
 そんな男はもはや、勇者でも何でもないだろう。
 ただのクズという呼び方がしっくりくる。


 俺はクルスの頭をポンポンと二度叩いて、贖罪代わりのアドバイスを残して去ることした。
「俺は用事があるからじゃあな」
「え、待ってくださいよ~」
「待たない。お前こそ、いつまでもリリスを待たせてないで、そろそろ告白しろよ~」
「な、な、な、な、な、何を言っているんですか。僕は彼女とは――」
「はいはい、ごちそうさん――と、マジな話だが、彼女は大事にしとけ。有能だからな」
「ええ、魔法使いとして超一流ですからね」
「そっちの方じゃねえよ」
「へ?」

「政治家としてだ。じゃあな」



 俺は背中を向けたまま手を振って立ち去る。
 後ろではクルスがまだ何かを言っていたが、相手にしてあげない。
(あいつには俺の時とは違い、リリスたちがいる。戦場で肩を並べられ、且つ、頭の切れる仲間たちがいる。クルスはぽやっとしてるが、仲間たちとアルダダスがいるかぎり、そう簡単には取り込まれんだろ)

 俺は歩みを止めて、振り返る。
 そして、もう見ることのない王城を翡翠色の瞳に宿した。

「十五年か……長いようであっという間だったな。後輩たちは近々俺を超えていくだろうし、人間族は安泰だ。逆に、魔王ガルボグは苦労するだろうけどな」

 俺は瞳を北方の魔族領域へ向ける。
「魔王ガルボグ。剣を交えたのは一度だけ。強かった。俺よりも……あの時、何故かお前は俺を見逃した。その理由を知りたかったが、それはもう叶いそうにないな。できることならば、もう一度会いたかった。もう一度、剣で語り合いたかった……」



――宰相・執務室

 アルダダスは窓のそばに立ち、そこから見下ろせる王城の中庭を眺めていた。
「ジルドラン。クルスはいずれ、勇者としての君を――お前を超えるだろう。クルスには、お前にはない魅力がある。他者を惹きつける魅力が。やがては英雄として詩が残り、後世まで伝えられるだろう。だが、それは英雄としての勇者の才だ」

 彼は煌びやかさに隠された窮屈な中庭から、自由な青空へと紅玉の瞳を上げた。
「だが、人間らしい勇者としての才は、不変の守護者と称されるお前の方が遥かに上。お前が真に輝くときは、いつだって小さな村や少数の人々という弱き者たちを守るときだった。国家や種族の存亡という大事になると、どういうわけかその輝きが鈍る。難儀な男だ」

 瞳を下げて、遠くへ遠くへと投げる。
「もし、お前に守るべき者が生まれ、それを守るために剣を振るう時が来たとすれば……ジルドラン、お前は何者にも負けぬだろう。その相手がたとえ、クルスであろうと魔王ガルボグであろうと」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...