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第二章
皇帝と女王と第二王子と……
しおりを挟む翌朝、ヴォルフガインの執務室にやってきたアリシアは、レオンハルトにつけているレーヴェルランドの護衛と合流し、無事に皇都に入れるよう迎えに行ってくると、言ってきた。
「別にお前が行かなくても、問題ないだろ?」
聞けば一行には、ベルハルト王国からだけでなく、レーヴェルランドの護衛もつけているという。アリシアが加われば、明らかに戦力過剰だ。
「セシル、レオンハルト殿下につけている護衛なんだけど、彼女が心配している。手紙を届けようかと思ったけれど、私が行ったほうが話が早い」
「どういうことだ?」
アリシアの話が見えず、ヴォルフガインは思わず聞き返す。
「私がここにいることをコレを通して伝えたけど、断片的にしか伝わらない。気にしているらしいから、ちょっと行ってくる。レオンハルト殿下も、明日にはここに到着するから、ヴォルフはそれまでにやることも多いでしょ? 私、暇だし」
アリシアが一瞬紫の石を出し、自身の額を指差して言うが、毎度のことながら不思議だ。
しかも、断片的にしろ情報伝達が出来るらしい。つまり、アリシアが予定外に皇城にいると伝えたから、レーヴェルランドの護衛が女王は大丈夫か?と気にしているのだろう。もしかしたら、18年前の件も関係しているのかも知れない。
ヴォルフガインは、組んでいた腕をほどいて、アリシアの額を指さした。
「どういう仕組みだよ、それ…………いや、今はいいか。
退位とか、俺が皇城を出るとかは、ベルハルト側には伏せておいてくれ。明日までには、対外的にどう発表するかまとめておくから」
「もちろん」
「あと、アマリアがお前と二人で話したいと言っている。そのうち、時間を取ってくれると助かる」
「そう。わかった。じゃあ行ってくる」
アリシアが、ヴォルフガインに背を向け扉に向かって歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、ヴォルフガインはぼんやりと考える。
戦場で出会いその強烈な印象に、強く再会を望んで、ここ数ヶ月程、彼女を探し続けた。
昨日呆気なくその望みが叶い、これから共に旅に出ることになる。
再会したばかりで、多くの言葉を交わしたわけじゃない。知らないことも多い。何を考えているのかも、さっぱりだ。
だけど、隣にいるのが心地良い。
自分の地のままに、飾ることも誤魔化すこともせず、ありのままでいることを、彼女の傍なら許されているような、そんな気持ちになる。
何故なのか?
彼女そのものにも、そんな気持ちになる自分自身にも、興味が尽きない。
だから、早く俺の隣に帰ってこい。
「アリシア。お前目立つから、トラブルに巻き込まれないよう、気を付けて行って来い」
「ん」
声をかけたヴォルフガインに顔だけ振り返って、軽く手を振って短く答えたアリシアは、そんな彼の気持ちになんて全く気がついていないのだろう。
すぐに扉を開けて、部屋を出て行った。
彼女が出ていった後、続き間から何やら胡乱げな表情をしたクラウスが、入ってきた。
入り口の壁にもたれかかり、腕を組んで立っている。
「…………仕事に出かける夫を見送る、新婚の妻のようだな。しかも、貴方が行かなくてもなんとかなるじゃない?とか?」
「お前……趣味悪いな」
どうやらアリシアとの会話を、始めから聞いていたらしい。もちろん、クラウスがいるのは知っていたし、アリシアも気がついてはいただろう。
だが、あからさまに揶揄されるのは、面白くない。
「俺が隣で作業してるのに、いちゃつくお前が悪い」
「いちゃついて無いだろう!」
「そうだな。女王陛下には、まるで相手にされてないもんな」
「…………クラウス、喧嘩売ってるのか?」
まるで惚れた女に袖にされたような言い方をされて、ヴォルフガインは流石にムッとした。
クラウスはこれ見よがしに大きくため息をつく。
「あのな……自覚がないお前が怖いわ。女王陛下とレオンハルト殿下の関係とか気にならないのか?」
「どういう意味だ?」
まるで、アリシアと第二王子が恋仲であるようなことを匂わすクラウスに、その根拠を尋ねる。
「ベルハルト王国はレーヴェルランドとおそらく同盟に近い関係にある。戦争での助力の他に、今回の王子殿下の道中の護衛にまで人を出し、尚且つ、女王自らお迎えだ」
「…………だが、第二王子とアマリアは婚約する。アリシアは反対するどころか、後押ししていたぞ? それにアリシアは俺と旅に出る。第二王子と関係があるなら、あいつはそんなことしないだろ?」
「そういうところだ、ヴォルフ。今までのお前なら、初対面に近い女をまず疑ってかかったはずだ。女王陛下をお前が信用しているのは何故だ? 彼女にとってお前は、同族しかもかつての女王候補を謀殺した皇太子の兄弟だろ?」
ああ、そうだな。
そして、ヴォルフガインにとってレーヴェルランドは、実父や腹違いの兄弟達の敵でもある。彼らに対する情は全くないと言うか、むしろ敵意しか湧いてこないから、他人事のようだが。
帝国とは何かと複雑な関係であるレーヴェルランドの女王であるアリシアと、急に近づいたヴォルフガインとの関係を不審に思うのも無理はない。
ヴォルフガインがクラウスの立場でも、そう思う。
「そうだな。お前達が心配するのも無理はないし、ありがたいとは思っている。だが、アリシアは大丈夫だ。理屈じゃ無く、勘のようなものだが、お前が俺を信じているなら、あいつを信じている俺のことも信じて欲しい」
アリシアに対する気持ちは、ヴォルフガインにとって、理屈じゃない。
勘とか、自分の欲求とか、興味とか、自分の私的な感情が全部彼女に向いてしまった感じだ。
ただ、ヴォルフガインにも皇帝としての矜持はある。
皇帝として、この国を最善の形で維持する為に何を為すべきかは、この数ヶ月充分考えた。その結果の自身の退位と、アマリアの婚姻だ。
アリシアに再会しなければ、退位後は市井に降りて、皇帝の手の届かない部分の問題解決や、不正を正しながら、アリシアを探し続けようと思っていたのだ。
「あ~……わかったよ。まあ、お前自身のことだ。これ以上は言わない。悪かった」
そんなヴォルフガインの決意をなんとなく感じたのか?
クラウスは降参だ、というように両手を上げた。
一方、早馬を駆ってベルハルト王国一行を目指していたアリシアは、その日の午後にレオンハルトやセシルと合流した。
「アリシア、無事でよかった!」
セシルから、アリシアがこちらに向かってきていると聞いたレオンハルトは、途中から騎乗して進んでいたのだが、その姿を認めると思わず馬から飛び降り駆け寄って、アリシアを抱き締めた。
「え?レオン?……一体どんな風に伝わっていたの?」
レオンハルトのあまりの心配のしように、アリシアはらしくもなく驚いて、思わずセシルを見る。
一体何を勘違いしたら、こんな大袈裟になるのだ?
レオンハルトはアリシアとの温度差に、戸惑ったように抱擁を解いた。
その様子に、セシルが少し申し訳無さそうに、アリシアに伝える。
「皇都で皇帝に見つかって、皇城に滞在することになったけど、どうも不本意っぽい、と」
アリシアはそれを聞いて、納得した。やはり充分に伝えるのは難しかったようだ。
その情報だけだと、18年前のことを知っているセシルや、先の戦争時に帝国皇帝とやり合ったのを見ていたレオンハルトが、いろいろ考えを巡らせて心配するのも無理もない。
一行の近衛や魔法師など、アリシアを知る者たちも、なんとなく安堵している様子だ。
「なんか、皆心配かけてごめん。まあ、間違ってはいないけれど……不本意なのは、巻き込まれたからで。サーモンは美味しかった」
「…………うん?」
最後の一言にレオンハルトは、まさかサーモン料理に釣られたわけじゃないよね?とでも言いたげに首を傾げる。
が、賢明にもアリシアは、レオンハルトの疑問には気が付かないフリをして、話を進めた。
「帝国の現状や、皇帝の考えや、皇女の人となりはよくわかったから…………結果的にはよかったかな?
レーヴェルランドの敵にもならないし、ベルハルト王国を害する気が無いのも、はっきりした」
「そうなんだ」
どうやら、アリシアは帝国皇都に先行して、帝国の真意をいろいろ探っていたということらしい。
今回の皇城の滞在で、皇帝や皇女とも話が出来たのだろう。こんなにフットワークの軽い女王陛下なんて聞いたことがないけれど、彼女の持つずば抜けた能力が、それを可能にしている。
きっと帝国の皇帝も、この規格外な女王陛下に、驚きつつもいろいろ絆された可能性もある。
「アマリア皇女も聡明で、帝国の今後を考えられる方だったよ。あと、美人だった。大丈夫だよ、レオン」
なんとなく、彼女の今回の行動の理由の一つは、レオンハルトの婚約を心配してくれたのもあるのかな?とも、思う。
二人で過ごした最後の夜、アリシアはレオンハルトの幸せを祈ってくれた。今の「大丈夫だよ」は、きっと未来のレオンハルトへの言葉。
「そうか…………ありがとう。アリシア」
(君はやっぱり優しい女王様だね)
アリシアは、この縁談の先にレオンハルトの幸せを予見して、彼のこの決心の後押しをしてくれた。
皇女殿下とレオンハルトは、きっと歩み寄って、寄り添っていける。
レオンハルトは、アリシアの気持ちを有り難く思いつつも、いつも君には貰ってばっかりだ、と少し切ない気持ちで微笑んだ。
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