光の方を向いて

白石 幸知

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第23話 二重にかかった魔法

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 人が恋に落ちる理由なんて、色々あるのかもしれない。一緒に話していて楽しい。顔が好み。性格がストライク。
 中には、それこそ漫画や小説のような劇的な理由がある人もいるかもしれない。運命、奇跡、必然。それらしい単語はいっぱいある。

 もしかしたら、私の近くにいる人──例えば、絵見や遥香──にも、そんな理由があるのかもしれない。
 でも。
 私のそれは、なんてことはない、日常の一コマの延長線上に位置していた。

 *

「……これ、やばいなんてレベルじゃないと思うけど、茜」
 夏休みも終わりに差し掛かった中三の八月。お盆も過ぎると目の前に迫った始業式が、終わってしまう長期休暇の名残を惜しませる。
 そんななか、私の家で一枚のプリントとにらめっこしている絵見は、私に冷たい現実を突きつけてきた。

「……この時期に合格率二十パーセント以下って……先生に志望校変えようって言われるレベルだよ?」
「……わ、わかってるけど……」
「特に文系科目が致命的にひどい。……理数がまだまともなのは私が教えたからだよね……?」
「いやー絵見先生にはお世話になってます」

「まともなだけで、いいとは言ってない。まだどの科目も全然足りないからね」
「……ぅぅ……」
「どうする? もう時間なんてないよ?」
 中学入学からそんなに真面目に勉強をしてこなかった私は、三年の夏になってそのツケを思い知ることになったんだ。

「このままだと、多分別々の高校になると思うよ」
「そ、それは……嫌だなあ……」
 幼稚園からの腐れ縁とも言える仲の絵見について、知らないことはほとんどないと言っても嘘ではない。それくらい私と絵見は仲が良いし、親友だと思っている。だからこそ、一緒の高校に通いたかった。私を理解してくれる最大の友達。それに、同じ高校を受ける恵一や陽平と過ごす時間も、楽しいから。

「なら、今まで以上に頑張らないと、菊高なんて夢のまた夢で終わるよ? 数学と理科なら教えてあげられるけど……致命的にひどい文系はどうしよう……。あ、陽平は文系得意だったから、陽平に教えてもらいなよ」
 まるで名案かのように絵見はパチンと手を叩き提案する。

「陽平に……? 教えてくれるかな……」
「大丈夫だよ、陽平、基本優しいから頼めば断らないよ」
「そ、そう……?」
 ならば、ということで夏休みが明けてすぐに、私は陽平に国語英語社会を教えてもらうよう頼み込んだ。

「……うん、いいよ」
 ちょっとの間考えて、彼は首を縦に振った。
 それからというもの、週に二、三日陽平は放課後私に勉強を教えてくれた。

「現代文の長文読解は、とにかく本文を汚して読んでいったほうがいいよ。現代文は解き方よりも、読み方を安定させたほうが点は取れると思うから。そうだね……段落ごとに筆者が何を言いたいかを逐一問題用紙の余白にメモするようにして、まず解いていく。まあ絶対に最初は時間がかかるだろうし、大変だと思う。でもそのうちその読み方に慣れるとここの段落は前の段落を言い換えているだけとか、具体例だからサラッと流していいやとか、色々つかめるようになると思うよ」

「社会はなんでもいいから茜が好きなものと結びつけて覚えるといいと思う。覚えさえしちゃえばこっちのもんだから。それに手段なんか選ぶ必要はないよ。歌っちゃってもいいし、叫んでもいいし、寒いギャグでもいい。あとは流れにストーリーっぽさを感じられたら勝ちだよ」

「英語はね……訳しちゃうとそんな難しいこと言ってないことがほとんどだから、多少わからない単語があっても大雑把に捉えてプラスかマイナスかくらいでいい。それで問題は解けるからさ。文法とかわからないところは問題解く度に洗い出して行こ? そうすればそのうちスラスラ読めるようになるから」

 とまあこんな感じに絶望的だった私の文系三科目を教えてくれた。彼の教え方はいい意味でざっくりとしていてわかりやすかった。
 解き方というより読み方を教える陽平のやりかたは、いつも違う文章が出てくる国語英語には特効薬だったみたいで、足を引っ張り過ぎてもはや頭まで引っ張っているほどひどかった成績をみるみるうちに回復させていった。担任の先生にも目を丸くして「水江、何かあったか? 劇的に成績良くなってきているじゃないか」とまで言われるようになった。

 本当、魔法でもかかったように、合格率は上昇していったんだ。
 そして、試験前に最後に受けた模擬試験の結果が返って来た二月。
 夏のそれと同じように、私の家で結果を見つめる私と絵見。

「……魔法?」
 結果を見て一言。絵見は信じられないものを見るかのような目でそう言う。
「まあ、私が本気出せばこんなもんですよ、絵見先生」
「……文系科目の伸びがえげつない……陽平の力、凄い……」
「……うん、陽平の、おかげ、かな……」

 勉強の成果が実感でき始めたころから、間違いなく陽平に対する感謝の気持ちは強くなっていた。ただ漠然とみんなと一緒の高校に行きたいって感情は、次第に色がついていった。
 離れ離れになりたくない。

 一緒の高校に行きたい、と、違う高校に行きたくない。同じように見えて、違う感情。
 いつの間にか、そうなっていた。理由は、単純ではっきりしている。

「うわっ。自分で言うのもあれだけど凄い点数の伸びだね……茜って真面目にやれば実はできる子……?」
 絵見が帰ってから、私は陽平に電話を掛けて模試の結果を報告した。
 初めて合格率が八十パーセントを超えたと言うと、陽平は明るい声色で喜んでくれた。

「よかった……なんとか勝負できるところまできたね……あとは本番、しっかりやるだけだね」
「うんっ」
「じゃあ、もう切るね。あんまり長話してもあれだし」
「わかった。……じゃあね、陽平」
「うん、また、茜」

 電話が切れて無機質な機械音がしばらく耳に流れる。
 ……余韻を楽しむっていうか、浸るっていうか。
 きっともう、このときには、陽平と過ごす時間が特別になっていたんだ。だから、ひとつの電話でさえ、こんなに楽しくなってしまう。
 言ってしまえば、もう、好きになっていたのかもしれない。

 合格発表の日。足元凍る道をゆき、四人で訪れた菊高。生徒玄関前に貼りだされた合格者の受験番号。たった一枚の模造紙に並んだ、数字の並びに自分の番号、「311」を探す。
 ……301、305、306、308、309……。

 ……311。

「あった……」
 試験の出来は、あまり自信がなかった。内申点がよくない私は、当日で高得点を取って逆転しないといけないはずなのに、そういう自信だったから、半分落ちたのではないかと思ってすらいた。
 だから、そのとき、あまりのことに持っていた受験票を落としてしまったんだ。

「あった……あったよ、みんな!」
「おっ、マジか茜! やったじゃん!」
「あんなに自己採の結果で泣いてたのに、受かったんだやったね!」
「よかった、受かって……」

 他の三人は結果に心配していなかったからか、当然の顔をして自分の番号を見つけていた。でも、私の番号があると知ったときには一緒に喜んでくれた。
 ……これで、これで。まだ一緒にいられる。
 受かった喜びの裏で、こっそりそんなことを思っていた。

 *
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