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2.偶然の遭遇
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話は少し前にさかのぼる……。
「あー、疲れたぁー! チョプラさんってば、相変わらず俺のことこき使いすぎだよ……」
肩をぐるぐると回しながら、俺は一人、王宮の裏門へとつづく秘密の近道を通り抜けようとしていた。
ひんやりとした夜の空気が、労働を終えて疲れた身体に心地よい。
今夜は王宮の舞踏会。
宮殿の大広間ではきっと今も、着飾った王族や貴族たちが、笑いさざめきながらダンスを踊っているのだろう。
今日は、このただっ広い宮殿自体が、なにか浮足立ったような雰囲気に包まれている。遠くに見える白亜の建物からは、優美な宮廷音楽隊の調べも聞こえてくる。
しかし、俺はただのしがない王宮の食堂の料理人。
しかも王宮所属の料理人といっても、身分の高い貴族や近衛騎士や役人たちに料理を提供する宮廷料理人などではなく、王宮の端っこにある出入り業者や召使たちが利用する大衆食堂の勤務だ!!
業務内容は料理だけでなく、荷物運びから掃除まで、雑用に追われる日々!
いつもなら、舞踏会など俺にとっては何の関係もないのだが、今夜の舞踏会は国賓も招いて行われた「マヤ王女の婚約披露晩餐会&舞踏会」!
客人の数もけた違いで、いつもの宮廷料理人だけでは手が回らなくなったとかで、大衆食堂勤務の俺も助っ人として借り出されたというわけだ。
舞踏会の応援部隊と聞いていたので、晩餐会での給仕を命じられて、王女の護衛騎士として控えているはずのシヴァの姿を間近で見られたりして……!! あわよくば声をかけられちゃったりなんかしちゃったり……!
なーんて、脳内でおめでたく膨らんでいた俺の夢は、チャプラさんの言葉で一瞬にして打ち砕かれた。
「はははっ! なーにをふざけたこと言ってんだ! 会場にいらっしゃるのは王様、王女様、それに隣国の王族やこの国一番の貴族様たちだぞ! 俺たちがおいそれとお目にかかれる方々なんかじゃねえ!
さあ、さっさと手を動かして目の前の仕事を片付けろ、イーサン!」
ドキドキしながら王宮の調理場に現れた俺に、俺の上司にあたる筆頭シェフ(といってもただの食堂のコック長だ!)のチョプラさんは、いつもより上等な白いコックコートに身を包み、上機嫌で俺に大量の芋むきを命じたのだった。
そして俺は、ただひたすらに芋をむき続けたのだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつもの薔薇の茂みにさしかかったところで、俺はふと足を止めた。
――誰かいる。
俺がいつも利用しているこの道は、ほとんどけものみちと言っていい細道で、つまりは道と言えるような代物ではなく、宮殿から裏門への最短距離であるというだけの木々の茂みであった。
もうすでに薔薇の花は散ってしまっているので、咲き誇る大輪の白いバラを眺めにくるようなご婦人たちも今はいない。
王宮広しと言えど、今の時期は俺しか利用していないと思われるこんな誰も来るはずのない茂みに、もし用があるとすればそれはただ一つ……。
――秘密の逢引!
そして茂みの中にある小さな空間からは、やはり言い争うような男女の声が聞こえてきた。
俺は思わず足を止め、その会話に耳を澄ませた。
「そんな話、私は到底承服できませんっ!」
語気を荒げているのは、近衛師団の制服に身を包んだ黒髪の男。
「もう決まったことよ。明日には王命が下るわ。シヴァ、今まで私のためにずっと尽くしてくれてありがとう。
私は新しい護衛騎士、サンカル・ダヤルとともに、隣国へ嫁ぎます」
なんと、そこにいたのは、まさに今日の舞踏会の主役であるマヤ姫と、そのマヤ姫との関係がいつも世間で話題になっている護衛騎士・シヴァだったのだ!
「あー、疲れたぁー! チョプラさんってば、相変わらず俺のことこき使いすぎだよ……」
肩をぐるぐると回しながら、俺は一人、王宮の裏門へとつづく秘密の近道を通り抜けようとしていた。
ひんやりとした夜の空気が、労働を終えて疲れた身体に心地よい。
今夜は王宮の舞踏会。
宮殿の大広間ではきっと今も、着飾った王族や貴族たちが、笑いさざめきながらダンスを踊っているのだろう。
今日は、このただっ広い宮殿自体が、なにか浮足立ったような雰囲気に包まれている。遠くに見える白亜の建物からは、優美な宮廷音楽隊の調べも聞こえてくる。
しかし、俺はただのしがない王宮の食堂の料理人。
しかも王宮所属の料理人といっても、身分の高い貴族や近衛騎士や役人たちに料理を提供する宮廷料理人などではなく、王宮の端っこにある出入り業者や召使たちが利用する大衆食堂の勤務だ!!
業務内容は料理だけでなく、荷物運びから掃除まで、雑用に追われる日々!
いつもなら、舞踏会など俺にとっては何の関係もないのだが、今夜の舞踏会は国賓も招いて行われた「マヤ王女の婚約披露晩餐会&舞踏会」!
客人の数もけた違いで、いつもの宮廷料理人だけでは手が回らなくなったとかで、大衆食堂勤務の俺も助っ人として借り出されたというわけだ。
舞踏会の応援部隊と聞いていたので、晩餐会での給仕を命じられて、王女の護衛騎士として控えているはずのシヴァの姿を間近で見られたりして……!! あわよくば声をかけられちゃったりなんかしちゃったり……!
なーんて、脳内でおめでたく膨らんでいた俺の夢は、チャプラさんの言葉で一瞬にして打ち砕かれた。
「はははっ! なーにをふざけたこと言ってんだ! 会場にいらっしゃるのは王様、王女様、それに隣国の王族やこの国一番の貴族様たちだぞ! 俺たちがおいそれとお目にかかれる方々なんかじゃねえ!
さあ、さっさと手を動かして目の前の仕事を片付けろ、イーサン!」
ドキドキしながら王宮の調理場に現れた俺に、俺の上司にあたる筆頭シェフ(といってもただの食堂のコック長だ!)のチョプラさんは、いつもより上等な白いコックコートに身を包み、上機嫌で俺に大量の芋むきを命じたのだった。
そして俺は、ただひたすらに芋をむき続けたのだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつもの薔薇の茂みにさしかかったところで、俺はふと足を止めた。
――誰かいる。
俺がいつも利用しているこの道は、ほとんどけものみちと言っていい細道で、つまりは道と言えるような代物ではなく、宮殿から裏門への最短距離であるというだけの木々の茂みであった。
もうすでに薔薇の花は散ってしまっているので、咲き誇る大輪の白いバラを眺めにくるようなご婦人たちも今はいない。
王宮広しと言えど、今の時期は俺しか利用していないと思われるこんな誰も来るはずのない茂みに、もし用があるとすればそれはただ一つ……。
――秘密の逢引!
そして茂みの中にある小さな空間からは、やはり言い争うような男女の声が聞こえてきた。
俺は思わず足を止め、その会話に耳を澄ませた。
「そんな話、私は到底承服できませんっ!」
語気を荒げているのは、近衛師団の制服に身を包んだ黒髪の男。
「もう決まったことよ。明日には王命が下るわ。シヴァ、今まで私のためにずっと尽くしてくれてありがとう。
私は新しい護衛騎士、サンカル・ダヤルとともに、隣国へ嫁ぎます」
なんと、そこにいたのは、まさに今日の舞踏会の主役であるマヤ姫と、そのマヤ姫との関係がいつも世間で話題になっている護衛騎士・シヴァだったのだ!
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