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30.涙
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舞台の幕が上がり、中央部に光を浴びたアリャンが姿を現した。
劇場内は一瞬で静寂に包まれ、観客たちの視線はアリャンにくぎ付けになる。
『白銀の騎士たち』と題されたこの壮大な舞台で、アリャンは「黎明の騎士・ルシウス」を演じている。
長く流れる白銀色のマントの裾には、星のようにきらめく刺繍が施されており、アリャンの滑らかな褐色の肌に映えていた。
堂々としたその動き、劇場の隅々までよく通る声、そして美しいターゴイズブルーの瞳に、観客たちは魅了される……。
だが、いつもなら心から楽しめるこの舞台も、今の俺にはなにも響かなかった。
ストーリーすら、頭に入ってこない。
さっきから俺の頭の中をずっとめぐるのは、マヤ王女に寄り添うシヴァの姿。
――初めからわかってたじゃないか。
舞台の輝きから目をそらすように、俺はうつむいていた。
――シヴァと俺とじゃ、生きている世界が違う!!
なにもかもわかっていて、納得していたはずだというのに、あんな風にシヴァに優しく声をかけられ、抱きしめられてしまった後では、俺の中で何かが変わってしまっていた。
手が届かない人だとわかっているのに……、
浅ましい俺は、何かを期待してしまっていた。
もしかしたら、ずっとこの先も、シヴァと一緒にいられるのではないか……と。
――そんなこと、あるはずないとわかっていたのに!
気づくと、俺の膝の上には涙の染みができていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「イーサン、アリャンの楽屋に行ってくるから、ちょっとだけ待ってて!
すぐに戻ってくるから!」
「すぐになんて言わずに、ゆっくり会って話してこいよ。久しぶりだろ」
「本当にすぐだから!! 絶対ここで待ってて!!」
俺に念を押すと、ラムは駆け出していった。
口ではああいっていても、アリャンに逢いたくてたまらないのだろう。
俺はラムの背中を見送った後、いつもそうしているように、劇場の中庭へ回る。
舞台が終わった今、観客たちは皆家路を急いでいるため、そこに人の姿はなかった。
劇場の中庭には円形の白い石が敷き詰められており、中央には小さな噴水があった。
噴水の側には、数脚の石のベンチが置かれていて、ベンチの周りには青紫の大きな葉をもつ「星月草」や、金色の花が夜に光を放つ「月燈花」が植えられ、幻想な雰囲気を醸し出していた。
ひんやりとした風に身震いした俺は、ベンチに腰掛け、身を丸めた。
その時わっと近くで歓声が上がった。目をやると、劇場の入り口の方で、人だかりができている。
――そこには王宮へ戻る馬車に乗り込むマヤ王女とシヴァの姿があった。
シヴァにエスコートされるマヤ王女は、いつもの微笑みを浮かべている。護衛騎士のサンカルは、役目を奪われてすっかりやる気をなくしているのか、二人とは違う方向をむいてしまっている。
これ以上見ていられなくて、俺は思わず顔をそむけた。
空を見上げると、まるで振るような星空だ。
吐いた息が白く溶けていく……。
「バカみたいだ、俺。なにやってんだろ……」
俺の頬を、一筋の涙が伝った。
劇場内は一瞬で静寂に包まれ、観客たちの視線はアリャンにくぎ付けになる。
『白銀の騎士たち』と題されたこの壮大な舞台で、アリャンは「黎明の騎士・ルシウス」を演じている。
長く流れる白銀色のマントの裾には、星のようにきらめく刺繍が施されており、アリャンの滑らかな褐色の肌に映えていた。
堂々としたその動き、劇場の隅々までよく通る声、そして美しいターゴイズブルーの瞳に、観客たちは魅了される……。
だが、いつもなら心から楽しめるこの舞台も、今の俺にはなにも響かなかった。
ストーリーすら、頭に入ってこない。
さっきから俺の頭の中をずっとめぐるのは、マヤ王女に寄り添うシヴァの姿。
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なにもかもわかっていて、納得していたはずだというのに、あんな風にシヴァに優しく声をかけられ、抱きしめられてしまった後では、俺の中で何かが変わってしまっていた。
手が届かない人だとわかっているのに……、
浅ましい俺は、何かを期待してしまっていた。
もしかしたら、ずっとこの先も、シヴァと一緒にいられるのではないか……と。
――そんなこと、あるはずないとわかっていたのに!
気づくと、俺の膝の上には涙の染みができていた。
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「イーサン、アリャンの楽屋に行ってくるから、ちょっとだけ待ってて!
すぐに戻ってくるから!」
「すぐになんて言わずに、ゆっくり会って話してこいよ。久しぶりだろ」
「本当にすぐだから!! 絶対ここで待ってて!!」
俺に念を押すと、ラムは駆け出していった。
口ではああいっていても、アリャンに逢いたくてたまらないのだろう。
俺はラムの背中を見送った後、いつもそうしているように、劇場の中庭へ回る。
舞台が終わった今、観客たちは皆家路を急いでいるため、そこに人の姿はなかった。
劇場の中庭には円形の白い石が敷き詰められており、中央には小さな噴水があった。
噴水の側には、数脚の石のベンチが置かれていて、ベンチの周りには青紫の大きな葉をもつ「星月草」や、金色の花が夜に光を放つ「月燈花」が植えられ、幻想な雰囲気を醸し出していた。
ひんやりとした風に身震いした俺は、ベンチに腰掛け、身を丸めた。
その時わっと近くで歓声が上がった。目をやると、劇場の入り口の方で、人だかりができている。
――そこには王宮へ戻る馬車に乗り込むマヤ王女とシヴァの姿があった。
シヴァにエスコートされるマヤ王女は、いつもの微笑みを浮かべている。護衛騎士のサンカルは、役目を奪われてすっかりやる気をなくしているのか、二人とは違う方向をむいてしまっている。
これ以上見ていられなくて、俺は思わず顔をそむけた。
空を見上げると、まるで振るような星空だ。
吐いた息が白く溶けていく……。
「バカみたいだ、俺。なにやってんだろ……」
俺の頬を、一筋の涙が伝った。
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