無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

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第三章

なりたいもの

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「え?」
「え?」

 詩音は、寝台の上で遥星に抱きしめられていた。差し込む明るい光に、今が朝だということを知る。

「え、あれ? なんで?」
「だって詩音が『ぎゅーってして』って言うから」
「そ、それは...!(お母さんに...)」

 夢で母親に甘えていたなんて、恥ずかしくて言えなかった。それに、最後のあれ。あれも、口に出してしまったということだろうか。

 遥星は詩音をゆっくりと抱き起すと、自分の服を整えた。
 既に昨日とは違う、日常の仕事用の服装をしている。

「わ、私、あのまま寝ちゃって? すみません、寝台使っちゃって」

「あぁ、構わん構わん。詩音は、このあとどうする? 自分の部屋へ戻るか? 私はこれから兄上のところへ行ってくるから、今日は大臣と一緒に仕事をしててくれるか」

 少し考えて、一旦部屋に戻ってまた仕事場に来ることにした。詩音は、髪や衣服を整えようと起き上がった。
 兄のところへ行く支度を終えた遥星が側にやってきて、詩音の手を取った。

「.....ごめんな」
「?」

 詩音が聞き返すより前に、遥星は手を離し扉へ向かっていった。

(え.....何?)

 さっきの夢で、詩音は強制的に自分の気持ちに気付かされてしまった。そしてあの発言は、自分で聞こえて目を覚ましたくらいだから、彼も聞いていたと考えてほぼ間違いないだろう。


――「ごめん」って、まさかそれに対する?
  気持ちに応えられなくてごめん的な?
  あれ、私、自覚した瞬間に振られたってこと?
  そもそも、結婚してるのに、向こうに頼まれたのに、振られるって一体――


 いつもの彼なら、「ごめん」ではなく「すまない」という言葉を使うはずだった。
 その言葉の距離の近さと、その意味の遠さが、余計に胸を締め付ける。


 呆然としていると、外から喬が呼ぶ声がした。
 後宮へ送るために、遥星が手配したらしかった。

 戻る道すがら、喬にお礼を言いかけて思いとどまる。

(陛下を呼んでくれてありがとう、っていうのも変だよね。単に三人で話すことになってただけだし)

「橘夫人、朝帰りは初めてですね。陛下とは仲直り出来たようで良かったです」

 どうやら、盛大に勘違いをされているらしい。
 しかし、普通に考えればそう解釈するのが自然なのだろう。否定することもできず、笑ってごまかす。

「あ、あはは.....」
「着替えたら、また陛下のお部屋に戻られるのですか? お休みにならなくて大丈夫ですか?」
「えっと、一晩過ごしたからこそ、離れがたくて.....」

 話を合わせるためとはいえ、自分で言っていて虚しくなる。実際には一晩ぐっすり寝たから元気であるし、振られた(らしい)からそんな色っぽいことはないのだが。

 心配してくれる喬に申し訳ない気持ちだった。

 着替えてから執務室へ戻ると、黄大臣が既に来て仕事をしていた。挨拶をして、詩音も自身に割り振られた仕事を開始する。

 詩音は手を動かしながら、今朝見た夢のことを考えていた。

(あんな話、今の今まで忘れてたな。――居場所は自分で作るもの、か)


 今までの人生、どうだっただろうか。
 母親のあの言葉は、ちゃんと実践できていたのだろうか。

 高校生ぐらいの頃は、特になりたい職業なんて決まっていなかった。
 勉強は出来たから、そこそこの進学校に通ってはいた。周りには将来の夢が決まっている人もいたし、決まってない人も沢山いた。教師や友達など学校の雰囲気に流されるまま、とにかくよりレベルの高いところに入れれば、と、それ以外の目的はあまり考えずにひたすら受験勉強を頑張った。
 無事にそれなりに名の知れた大学に合格して、サークルだゼミだバイトだと慌ただしく過ごしてるうちに、あっという間に就職活動が始まった。働きやすくて給料も良くて、仕事内容もそこそこ興味があって。結局、そんな基準で会社を選んでいたように思う。
 就職して、学生時代からの彼氏と別れて、合コンで知り合った有名企業の男と付き合って別れて、そんな感じで生きてきた。

 周りから褒められることは、それなりに多かったと思う。
 自分は自分の力で受験も就活も乗り越えてきたし彼氏だって手に入れたと思ってきたけれど、そこに自分の意志は一体どれだけあったのだろうか。
 
 結局、周囲の価値観を自分の中に取り入れて、「こっちの方が凄い、褒められる」そんな選択ばかりしてきたのではないだろうか。

 兄に皇帝の役割を押し付けられたという遥星に対し、情けなく思って文句を付けたが、そんな偉そうに説教できる要素が、どこにあっただろう。
 自分の方がよっぽど自身の確立ができていないのではないかと、過去を振り返って痛感する。

 ここへ来て、数週間が経った。
 元の世界に帰る方法はわからないし、特に帰りたいと思うほどの強い何かもない。
 このままここで生きていくのだろうと、何となく思い始めていたところだった。

 詩音はそうやって、いつの間にか馴染んで、流されて生きてきた。

 そのツケが、今になってまとめて来ているのかもしれない。


 臣下達から申請された竹簡全てに目を通し、「承認」と「否決」に次々と分けていく黄大臣を見つめる。
大臣、意外とスーツ似合ってたな、と面接官の姿を思い出して少し可笑しくなった。


 皇后として、何をすべきか。
 彼の大事な人になりたかったら、何をすべきか。

 はっきり言って、お手上げだ。

 詩音は、これまでは「自分が手に入れることが可能なもの」だけを掴んで、そしてそれを努力の結果だと納得して生きてきた。

 人の気持ちなんて、努力して手に入れるようなものではないと思っていた。

 ここへきて、相手の気持ちが欲しいと明確に思ってしまった。
 だが、人生の中で無意識的に避けてきたために、そこへの道筋は持ち合わせていないことが、胸に痛いほど突き刺さった。
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