無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

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最終章

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 ピンポーン.....ピンポーン……

「ん……」

 詩音はインターフォンの音で目を覚まし、重い身体を持ち上げた。
 モニターへ向かって歩こうとした時、違和感に気付く。

(ちょ、やだ、なんで裸なのっ!?)

 とりあえず近くにあったブランケットを巻いてモニターを除くと、弟の姿が映っていた。ボタンを押し、応答する。

慧人けいと、どうしたの?」
「あ、姉ちゃんいた! 良かった、ちょっと入れてよ」

 よくわからないまま、マンションの共通玄関の鍵を開ける。詩音は下着と部屋着を慌てて身に着けた。
 部屋のインターフォンがってからドアを開けると、びしょ濡れの弟が立っていた。

「なんだ、いるんじゃん。なんで電話出ないの」
「えっ」

――あれ? 今まで何してたんだろ。ていうかいま、いつ?

「会社無断欠勤してたんだって? 会社から母さんとこに連絡が行って、そんで様子見てこいって頼まれたんだけど」
「……あぁ、ごめん」
「とりあえずさ、シャワー貸してくんない? あと今日泊めてよ、着替え出しといて」

 会話もそこそこに、弟は慣れた様子でさっさとお風呂場に向かっていった。ぼんやりした頭のまま、弟用に保管しておいた着替えやタオルを用意しながら、無意識に手を胸元に運ぶ。その時、指先に何かが触れた。

(このネックレス……)

 ホワイトゴールドと屑ダイヤのネックレス。
 さっきは気付かなかったが、これだけ着けていたということか。

 このネックレスは、服を着てしまえば見えないからと、毎日なんとなく装着していたものだ。

 そこでようやく意識がはっきりしてきた。
 あの時、蔵の中で喬と対峙して、火のついた松明に飛びかかった。ふわっと炎に包まれるのを感じて、気が付いたら今ここに――


 詩音は居ても立っても居られず、慌てて外へ出られる格好へ着替え始めた。携帯や部屋の鍵を探すも見つからず、諦めてそのまま外へ飛び出そうとした時、弟がお風呂場から出てきた。

「姉ちゃん、何やってんの?」
「ごめん慧人、私行かなきゃ」
「え、ちょっと待って、鞄も持たないでどこに」
「でも、とにかく行かなくちゃいけないの」
「ちょっと落ち着きなよ」

 腕をぐっと引かれ、詩音は振り返った。

「やだ、ちょっと服着てよ!」
「着るから、着るから行くなって」

 とりあえずで腰にタオルを巻いた弟が、詩音をたしなめる。

「外は大雨だし、もう日付変わるよ。こんな中どこに行こうっていうの?」

(雨……それだったら、星が見えない)

 詩音は観念して、とぼとぼと部屋の中へ戻った。


 慧人と話をして、ようやく現状がつかめてきた。

 今は、水曜日の夜。
 月曜日に通常通り会社に行った後、帰りにあの星を探しに公園へ行った。
 火曜日と水曜日は会社に連絡もなく欠勤し、携帯も繋がらないということで、会社から緊急連絡先として登録してある実家の方へその旨の連絡が行ったらしい。親は詩音と同じく都内で一人暮らしをしている弟に連絡をし、仕事を終えた弟がこちらへ来た――ということだった。

「で、財布も携帯も入った鞄ごとなくした、と。姉ちゃん何やってんだよ。……まぁ、無事でとりあえず良かったよ。なんか事件に巻き込まれたりとかしてたらどうしようって、母さん心配してたよ」

「うん.....心配してくれてありがとう」

 事件と聞いて、詩音はあの時のことに思いを馳せた。
 あの後、一体どうなったんだろう。喬が投げた松明が、自分の燃えた身体が、竹簡に燃え移っていたら? 蔵ごと焼けて、遥星たちは……


「酒でも飲みすぎた? 何かあったん?」
「うーん……ごめん、ちょっと私もシャワー浴びてくる」

 話しても信じて貰えないだろうし、どう誤魔化したらいいかもわからなくて、詩音はその場を離れた。

 やはり、長い長い夢でも見てたのだろうか。
 説明しようと思えば思う程、現実味のない話としか思えなくなってくる。


 たった、2日しか経ってないなんて。
 あんなに沢山の出来事があったのに。
 あの時確かに炎に包まれたのに、火傷ひとつない。


 蛇口を捻って、シャワーを浴びる。
 シャワーが久しぶりだと感じるのも、自分の妄想のせいだというのか。

 モヤモヤしながら髪を洗おうと手櫛を通した時、その一部分だけ短いことに気付いた。
 婚儀の「結髪」の儀式の時に、部分的に切り取った髪の毛。

(やっぱり、夢じゃ、ない) 

 詩音はそう確信した。
 だが、外は大雨で、既に終電もなくなっている。財布もない。今できることが思いつかなかった。


「あ、姉ちゃん上がった? 今、母さんに電話しといたから。心配ないって言っといたよ」
「うん、ありがとう」

 弟の斜め向かいに腰掛けて、冷めたコーヒーをすする。

「.........」
「明日も一日雨だってさー。傘余ってんのあったら貸して。で、姉ちゃん、明日はちゃんと会社行けよ?」
「.....うん、そうする」

――雨、か。
  でも、これまでのことを考えると、こうしている間にも向こうでは一日一日と進んでしまうはず。悠長なことはいっていられない。

 弟は詩音の雰囲気を察してか、余り深くは聞いてこなかった。

「そいやー姉ちゃん、アイロンある?」
「アイロン?」
「うん、濡れた服にアイロンかけるから。そしたら明日の朝までに乾くだろ」

 詩音は言われるがまま、アイロンと台を用意した。
 テキパキとアイロンをかけていく弟を眺める。

「女子力っていうか主婦力高いね……ところで慧人、あんた今何歳だったっけ?」
「一人暮らししてりゃ多少は覚えるだろ。で、 24歳だけど。忘れんなよ」

 そういえば、遥星の年齢を聞いていなかった。
 最初に疑問に思ったものの、あの生活では特に年齢を意識する場面もなく、いつの間にか気にしなくなっていた。

 彼の線の細さ、触れた手の瑞々しさを思い出す。
 目の前の弟よりも、さらに若いような気がしてくる。

(弟よりも年下なんて、絶対ないと思ってたんだけどなぁ。いや、年齢わかんないけどさ)


「俺も明日早いし、姉ちゃんも会社行くだろ。もうそろそろ寝ようぜ」

 そう言われ、出した布団とベッドにそれぞれ潜り込む。すぐには眠る気になれなくて、暗闇の中弟に話しかけた。

「慧人さぁ、今日仕事終わってからうち来てくれたんでしょ。いつも終わるのこんな遅いの?」
「え? うーん、まぁ大体そうかな」
「そっか、身体壊さないようにね」
「なんだよ、母さんみたいなこと言って」

 お互いに天井を向いたまま、声だけで会話をする。

「はは。あとさ、今、彼女いたっけ」
「まぁいるけど」
「彼女のこと好き?」
「そりゃ、だから付き合ってるんだし」
「その、彼女のために今の生活全てを捨てられるかって聞かれたら、なんて答える?」
「ん~?  そもそも"今の生活"の中で付き合い始めたからなぁ。前提から崩れるってゆーか。正直、その時になってみないとわかんねーよ」
「……まぁ、そうだよね」
「何、姉ちゃん。駆け落ちでもすんの?」

 慧人が冗談めかして笑いながら訊く。

「もし私が失踪でもしたら、そうしたと思っておいて」
「え、まじかよ。今の彼氏って親に紹介出来ないようなやつなの」

 彼氏、ではないけど。
 紹介なんて、物理的にできない。

「冗談だよ、おやすみ」
「おやすみ」


 翌朝、雨音の中目を覚ますと、慧人は既に着替えて家を出る準備を既に終えていた。

「ん、慧人、もう行くの? 早いね」
「うん、こっからだとちょっと遠いし。じゃーな、あんま周りに心配かけんなよ」
「あ、うん、行ってら、あ、ちょ、ちょっと待って!!」

 寝起きの詩音が突然叫んだので、慧人は驚いて鞄を落としそうになった。

「なに、びっくりすんじゃん」
「あの……お金、貸してください……」

 財布も定期もスマホもここにはない。
 キャッシュカードもクレジットカードも当然財布の中に入っているから、家に現金を置いていないと完全に詰みだ。

 慧人がやれやれと一万円札を一枚差し出してくれた。

「うぅ、ありがとうありがとう」
「ったくしょーがねーな。あ、クレカとか急いで止めた方がいいよ。じゃー、頑張って」

 そう言って慧人は家を出ていった。
 これが今生の別れになるかもしれないと、詩音はしばらく玄関を見つめていた。
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