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10 課せられた役目
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私は割れた髪飾りをそっと拾って、手のひらで包んだ。
何の思い入れもない髪飾りであったが、それでもこんな扱いを受けることは悲しいし腹立たしい。
「……青妃」
入口の側で待機していた菖蒲と朱琳が、こちらにしずしずと歩み寄ってきた。彼女達は、今の国王の話を全て聞いていた。説明は不要だった。私は情けなさに顔を上げることができず、下を向いたまま言葉を返した。
「び、びっくりね。私、王太子妃になるみたい」
「青妃、今日はもう、お休みになって下さい。これからのことは、また明日から考えましょう」
菖蒲は気を遣ってか、いつもより優しい口調でそう進言した。
「菖蒲、今日は色々と取り計らいありがとう。貴女は良くやってくれたわ。疲れたでしょう、もう今日は貴女も休んで。それから、今日の側の番は朱琳にお願いしてもいいかしら。久しぶりに、故郷の話がしたいわ」
うっかり泣いてしまいそうで彼女達の方を向けなかったが、菖蒲が頷き、礼をして部屋から出て行ったのがわかった。そして朱琳は、そうなることが分かっていたように、頷いてこちらへやってきた。
気持ちの上では、朱琳に対しては腹立たしいことこの上ない一日であった。本当なら顔も見たくないくらいだ。
だが、私達は話をしなければならない。
ーー祖国から課せられた役目を、
果たせなくなってしまったのだからーー
**東龍国・宮殿**
「香月、今日呼んだのは他でもない、そなたの婚姻に関することだ」
「はい、お父様……いえ、国王陛下」
ある日、東龍国王直々に、公主様に対して話があると呼び出しがあった。なぜかわからないが、私も一緒に、ということだったので、彼女の斜め後ろに構えた。
「かねてより話のあった朋央国王との結婚であるが、具体的な日取りが決まった」
「……朋央国の王は、幼少の頃一度お会いしたことがあるきりでございます」
「あぁ、だが、向こうはそなたのことを覚えている」
「ただ、あの。お年はお父様と同じ位ではないかと……」
「何か問題があるか? まだ現役の国王だ、子を成すこともできよう」
美少年好きの公主様には、なかなか手厳しい仕打ちだと思った。自分より二回り程歳上で、親と同じ位の相手に嫁ぐことになろうとは。
「朋央国は昨今、我が国と敵対する西麟国出身の妃を大層気に入っているらしい。このままでは有益な資源や情報は西麟国へ流れ、わが東龍国は存在感を失ってしまう懸念がある。国王の懐に入り込み、それを阻止するのだ。そなたは、美しく聡明だ。その美貌と才覚で、国王に気に入られて来い」
これは、国王直々の命令だ。逆らうことなどできはしない。
「そして何やら、怪しい宗教が朋央国内で流行っているという噂もある。それらも含めて国王の動向を探り、定期的に書簡を送ってくるように。ただし、誰に読まれても問題ないように普通の手紙を装ってな」
「……承知しました」
公主様は、一切の抑揚のない声で返事をした。
「それから、そなた一人では心細かろう。従者を一人伴うことを許可していただいた。朱琳、いつも公主を支えてくれていたお前に頼みたい。不正を嫌い、真面目に努力する様を見込んでのことだ。よろしく頼む」
私も、断れようはずもない。一も二もなく承諾の返事をした。要は、自由きままな公主様の監視係といったところだろう。
ただ、気掛かりなことが一つあった。
私達が部屋を出ると、公主様の兄君が外に立っていた。
「お兄様」
「よ、結婚の話だろ? 聞いたぜ、寂しくなるなァ」
「ふん、厄介払いが出来てせいせいするって顔してるわ」
「冷たいこと言うなよ、妹よ。お前の頑張り次第でこの国の運命も変わってくるんだからさ」
「……そんなもの、私に託されても困るわ!」
「あ、公主様!」
早足でその場を立ち去る公主様を追いかけようとすると、ぐいっと腕を掴まれた。
「皓月様…」
「今夜、僕の部屋来て」
耳元で小声で囁かれ、ぶわっと全身が熱くなる。
私の返事も聞かず、彼はひらひらと後ろ手を振って立ち去っていった。
何の思い入れもない髪飾りであったが、それでもこんな扱いを受けることは悲しいし腹立たしい。
「……青妃」
入口の側で待機していた菖蒲と朱琳が、こちらにしずしずと歩み寄ってきた。彼女達は、今の国王の話を全て聞いていた。説明は不要だった。私は情けなさに顔を上げることができず、下を向いたまま言葉を返した。
「び、びっくりね。私、王太子妃になるみたい」
「青妃、今日はもう、お休みになって下さい。これからのことは、また明日から考えましょう」
菖蒲は気を遣ってか、いつもより優しい口調でそう進言した。
「菖蒲、今日は色々と取り計らいありがとう。貴女は良くやってくれたわ。疲れたでしょう、もう今日は貴女も休んで。それから、今日の側の番は朱琳にお願いしてもいいかしら。久しぶりに、故郷の話がしたいわ」
うっかり泣いてしまいそうで彼女達の方を向けなかったが、菖蒲が頷き、礼をして部屋から出て行ったのがわかった。そして朱琳は、そうなることが分かっていたように、頷いてこちらへやってきた。
気持ちの上では、朱琳に対しては腹立たしいことこの上ない一日であった。本当なら顔も見たくないくらいだ。
だが、私達は話をしなければならない。
ーー祖国から課せられた役目を、
果たせなくなってしまったのだからーー
**東龍国・宮殿**
「香月、今日呼んだのは他でもない、そなたの婚姻に関することだ」
「はい、お父様……いえ、国王陛下」
ある日、東龍国王直々に、公主様に対して話があると呼び出しがあった。なぜかわからないが、私も一緒に、ということだったので、彼女の斜め後ろに構えた。
「かねてより話のあった朋央国王との結婚であるが、具体的な日取りが決まった」
「……朋央国の王は、幼少の頃一度お会いしたことがあるきりでございます」
「あぁ、だが、向こうはそなたのことを覚えている」
「ただ、あの。お年はお父様と同じ位ではないかと……」
「何か問題があるか? まだ現役の国王だ、子を成すこともできよう」
美少年好きの公主様には、なかなか手厳しい仕打ちだと思った。自分より二回り程歳上で、親と同じ位の相手に嫁ぐことになろうとは。
「朋央国は昨今、我が国と敵対する西麟国出身の妃を大層気に入っているらしい。このままでは有益な資源や情報は西麟国へ流れ、わが東龍国は存在感を失ってしまう懸念がある。国王の懐に入り込み、それを阻止するのだ。そなたは、美しく聡明だ。その美貌と才覚で、国王に気に入られて来い」
これは、国王直々の命令だ。逆らうことなどできはしない。
「そして何やら、怪しい宗教が朋央国内で流行っているという噂もある。それらも含めて国王の動向を探り、定期的に書簡を送ってくるように。ただし、誰に読まれても問題ないように普通の手紙を装ってな」
「……承知しました」
公主様は、一切の抑揚のない声で返事をした。
「それから、そなた一人では心細かろう。従者を一人伴うことを許可していただいた。朱琳、いつも公主を支えてくれていたお前に頼みたい。不正を嫌い、真面目に努力する様を見込んでのことだ。よろしく頼む」
私も、断れようはずもない。一も二もなく承諾の返事をした。要は、自由きままな公主様の監視係といったところだろう。
ただ、気掛かりなことが一つあった。
私達が部屋を出ると、公主様の兄君が外に立っていた。
「お兄様」
「よ、結婚の話だろ? 聞いたぜ、寂しくなるなァ」
「ふん、厄介払いが出来てせいせいするって顔してるわ」
「冷たいこと言うなよ、妹よ。お前の頑張り次第でこの国の運命も変わってくるんだからさ」
「……そんなもの、私に託されても困るわ!」
「あ、公主様!」
早足でその場を立ち去る公主様を追いかけようとすると、ぐいっと腕を掴まれた。
「皓月様…」
「今夜、僕の部屋来て」
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私の返事も聞かず、彼はひらひらと後ろ手を振って立ち去っていった。
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※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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