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20 ともだち
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ちょっと、からかいが過ぎたようだ。すぐ外に控えていた黎太監を呼んで、また王太子を寝台へ運んでもらった。二日連続で彼を気絶させてしまったわけだが、黎氏は何故かやたらとニコニコしていた。
「なんか楽しそうですね? 話、聞こえてました?」
「ふふふ、可愛らしいでしょう、うちの殿下。でもあんまりいじめすぎないでくださいね」
「ちょっと気になったんですが、殿下のお母様って……」
彼なら知っているだろうと思い、聞いてみた。
「王后陛下でございます」
確か、病気で臥せっているという話だった。由貴妃が代役をずっと務めているということだから、年単位で具合が悪いのだろうか。
「もう、十年以上になります。ですから、殿下は母親に充分に甘えることができていないのです。叱ってもらったり抱きしめてもらったことも、記憶にあるかどうか」
「そんなに……治らないご病気なのですか?」
黎氏は、精神的なものもあるからあまり踏み込まないように、とだけ答えた。前国王が崩御された後、後を継いだ現国王を支えるために頑張り過ぎて疲れてしまったのだということだった。
『媽媽』と寝言で言われても、もう咎めたり、からかったりすることはできなそうだ。
「貴方は、殿下がお生まれになった頃からいるのですか。っていうか、おいくつなのですか?」
うちの宮女達がきゃあきゃあ言う程だし、見たところ若そうだ。何故そんなに詳しいのだろう、とふと疑問に思った。
「青妃、あなた結構ズケズケ訊きますね。私はもう、三十七になります」
「え、そんなに」
「宦官ですから髭も生えませんし、外から年齢はわかりにくいですね。私に限らず、誰でも」
黎氏は少し話し過ぎた、と言って、昨日のようにまた部屋の外へ出ていった。
部屋に残された私は、寝台の側に座って王太子の顔を眺めた。
(こいつも寂しい人だったのね。お母さんに、今も会えないのかな?)
精神的なもの、と黎氏は言っていた。だとすると、息子といえど気軽に面会できなかったり、会っても望むような対応が取られるとは限らないかもしれない。
後頭部に当てていた濡れ布を、一旦水で絞って取り替える。冷んやりとしたそれを当てると、王太子の身体が少し動いた。
「ん……あれ?」
「お目覚めですか、良かった。先程ひっくり返って机に頭を打って、気絶してたんですよ」
「……あぁ」
起きあがろうとする王太子を、手で制した。
「頭をぶつけてるから、動かず横になっていた方がいいわ」
王太子は自分の後頭部を確かめ、ずるずると身体を下に滑らせ、布団を鼻までかぶった。
「殿下、今夜は、私に謝るために来てくれたんですか?」
「‥‥……」
彼は唯一外に出ていた目を隠すように布団を持ち上げ、もごもごと何かを言った。ただでさえ小さい声が、布団を被っているせいで更に聞こえなかった。
「だから、聞こえないってば」
なんとなく、布団を捲るのも可哀想に思ってしまい、私は自分の耳をそこに近づけ、もう一度言うように促した。
「だって……あんなに怒るってことは…それほど傷ついたってことだろ……女性の容姿を罵るなんて……一番やっちゃいけないって、黎が……」
「でも、私の無礼には腹は立たないんですか」
「だからそれは、俺のせいで……」
なんか、結構優しい人なのかもしれない。自分だって罵倒されたのに、"私を傷つけたのが悪い"と思いを馳せ、かつ目下の者にすぐに謝りに来ることができるなんて。
もし私が王太子の立場だとしても、できるとは思えなかった。それに、私が苛立っていたのはそれまでにあった数々の出来事のためだ。彼の反応はただのきっかけにすぎなかった。
「あは。でも私が酷いぶっさいくな顔してたのは本当ですし、仕方ないですよ。ところで、ずっと布団被ってて息苦しくないんですか?」
「…………」
「…………」
「………………ぽはぁっ!」
しばらくの沈黙の後、がばっと王太子が布団から出てきて、目が合った。
「ふふ、やっぱり」
「……ぅ……」
酸素不足のためか顔を真っ赤にした王太子が、なんだか可愛く見えた。
「ねぇ殿下。良かったら今度は、夜じゃなくて昼間にいらっしゃいませんか」
「ぇ」
「お昼は色々お忙しいですか? 寝るんじゃなくて、お話でもしましょう」
「……そっか……その手もあったのか……」
どうやら妃のところには夜にしか来れない、と思っていたらしい。何の思い込みだか。この二日間のことを考えてみて、私たちはそのような関係を持つよりも、今は互いを知った方が良いと思っての提案だった。純粋に、彼と仲良くなってみたいと思った。
「……あの俺……姉以外の女と話したこともないし……そもそも友達もいたことないし……何すればいいか」
「することも考えとくから! まずは、友達になりません?」
「……友達?」
下を向いてボソボソと話していた王太子が、こちらを見上げた。その瞳は行燈の光を映し、心なしか輝いて見えた。
「なんか楽しそうですね? 話、聞こえてました?」
「ふふふ、可愛らしいでしょう、うちの殿下。でもあんまりいじめすぎないでくださいね」
「ちょっと気になったんですが、殿下のお母様って……」
彼なら知っているだろうと思い、聞いてみた。
「王后陛下でございます」
確か、病気で臥せっているという話だった。由貴妃が代役をずっと務めているということだから、年単位で具合が悪いのだろうか。
「もう、十年以上になります。ですから、殿下は母親に充分に甘えることができていないのです。叱ってもらったり抱きしめてもらったことも、記憶にあるかどうか」
「そんなに……治らないご病気なのですか?」
黎氏は、精神的なものもあるからあまり踏み込まないように、とだけ答えた。前国王が崩御された後、後を継いだ現国王を支えるために頑張り過ぎて疲れてしまったのだということだった。
『媽媽』と寝言で言われても、もう咎めたり、からかったりすることはできなそうだ。
「貴方は、殿下がお生まれになった頃からいるのですか。っていうか、おいくつなのですか?」
うちの宮女達がきゃあきゃあ言う程だし、見たところ若そうだ。何故そんなに詳しいのだろう、とふと疑問に思った。
「青妃、あなた結構ズケズケ訊きますね。私はもう、三十七になります」
「え、そんなに」
「宦官ですから髭も生えませんし、外から年齢はわかりにくいですね。私に限らず、誰でも」
黎氏は少し話し過ぎた、と言って、昨日のようにまた部屋の外へ出ていった。
部屋に残された私は、寝台の側に座って王太子の顔を眺めた。
(こいつも寂しい人だったのね。お母さんに、今も会えないのかな?)
精神的なもの、と黎氏は言っていた。だとすると、息子といえど気軽に面会できなかったり、会っても望むような対応が取られるとは限らないかもしれない。
後頭部に当てていた濡れ布を、一旦水で絞って取り替える。冷んやりとしたそれを当てると、王太子の身体が少し動いた。
「ん……あれ?」
「お目覚めですか、良かった。先程ひっくり返って机に頭を打って、気絶してたんですよ」
「……あぁ」
起きあがろうとする王太子を、手で制した。
「頭をぶつけてるから、動かず横になっていた方がいいわ」
王太子は自分の後頭部を確かめ、ずるずると身体を下に滑らせ、布団を鼻までかぶった。
「殿下、今夜は、私に謝るために来てくれたんですか?」
「‥‥……」
彼は唯一外に出ていた目を隠すように布団を持ち上げ、もごもごと何かを言った。ただでさえ小さい声が、布団を被っているせいで更に聞こえなかった。
「だから、聞こえないってば」
なんとなく、布団を捲るのも可哀想に思ってしまい、私は自分の耳をそこに近づけ、もう一度言うように促した。
「だって……あんなに怒るってことは…それほど傷ついたってことだろ……女性の容姿を罵るなんて……一番やっちゃいけないって、黎が……」
「でも、私の無礼には腹は立たないんですか」
「だからそれは、俺のせいで……」
なんか、結構優しい人なのかもしれない。自分だって罵倒されたのに、"私を傷つけたのが悪い"と思いを馳せ、かつ目下の者にすぐに謝りに来ることができるなんて。
もし私が王太子の立場だとしても、できるとは思えなかった。それに、私が苛立っていたのはそれまでにあった数々の出来事のためだ。彼の反応はただのきっかけにすぎなかった。
「あは。でも私が酷いぶっさいくな顔してたのは本当ですし、仕方ないですよ。ところで、ずっと布団被ってて息苦しくないんですか?」
「…………」
「…………」
「………………ぽはぁっ!」
しばらくの沈黙の後、がばっと王太子が布団から出てきて、目が合った。
「ふふ、やっぱり」
「……ぅ……」
酸素不足のためか顔を真っ赤にした王太子が、なんだか可愛く見えた。
「ねぇ殿下。良かったら今度は、夜じゃなくて昼間にいらっしゃいませんか」
「ぇ」
「お昼は色々お忙しいですか? 寝るんじゃなくて、お話でもしましょう」
「……そっか……その手もあったのか……」
どうやら妃のところには夜にしか来れない、と思っていたらしい。何の思い込みだか。この二日間のことを考えてみて、私たちはそのような関係を持つよりも、今は互いを知った方が良いと思っての提案だった。純粋に、彼と仲良くなってみたいと思った。
「……あの俺……姉以外の女と話したこともないし……そもそも友達もいたことないし……何すればいいか」
「することも考えとくから! まずは、友達になりません?」
「……友達?」
下を向いてボソボソと話していた王太子が、こちらを見上げた。その瞳は行燈の光を映し、心なしか輝いて見えた。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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