56 / 57
56 パンダとご対面
しおりを挟む
翌朝、私は一人でこっそりパンダの香香のいる処へ遊びに来ていた。場所は、この後宮の最北端。ほとんどの人がここには近寄らないが、立派な建物とその側に香香用の飼育地があった。
香香が逃げ出さないよう、また、人が踏み込まないようにか、背の高い柵でしっかりと囲われていた。
ここは以前、晃栄殿下に一度連れてきてもらったきりだった。その時は時間もなく、遠目で香香を眺めただけだったが、今日は柵の近くでコロコロと転がってくれていた。
「香香、こんにちは。私も香香って言うの」
返事はないとはわかりつつ、遊んでいる香香に向かって声をかける。近くに大きめの石を見つけ、腰をかけた。
「……やっぱりさぁ、この好機は逃せないよねぇ。せっかく何が起きてるのか直接目で確かめられるのに、ここで辞めたら今までの努力が水の泡だよね」
香香に向かって、ボソボソと独り言を呟く。
「貴女は何で後宮にいるの? 無理矢理連れて来られたの? 私も、似たようなもんなんだ。お互い、何して過ごしたらいいかわからないよねぇ」
パンダが聞いているはずもないし答えてくれるはずもないが、喋り出したら止まらなくなってしまった。
「貴女は本物のパンダだけど、私は本物の公主じゃないんだぁ。そもそも妃なんて身分、身に余りすぎてどうしたらいいかわからない。……彼を、守りたいとちょっとだけ思ったけど、そもそも私にそんな力なかったのよ。なんか彼も……気になる女ができたみたいだし、望めばあの子を妃にすることも容易いでしょう?」
お前の身の上話なんか興味ないわ、とでも言うように、香香は私にお尻を向けて走っていった。
(そもそも、考えてみればあの子は本来妃になるべきだったんだから、王太子妃にしたって問題ないのよね。本人は嫌がるでしょうけど……)
一人で喋っていたら、気付いてしまった。
私が、単身で寺院に乗り込めばいいのではないか、と。
王太子殿下を危険に晒すことはできない。
だが、ただの妃、それも偽物の女ならば、いなくなったって支障はないはずだ。
代役、というか本来その座につくべきだった人間が他にいる。
それにもし噂通り東龍国へ売られるのだとすれば、なんだかんだ国の中枢へ戻れる算段はある。
私は、東龍国の王族の証を持っている。
奴隷になったとしても、それを理解している立場の者と接触できれば、こちらのものだ。
皓月様には会いたくないけど……仮にそこまで戻れれば、また朋央国へ戻るか連絡することもできよう。
「ありがとう香香、聞いてくれて。って聞いてないけど。じゃあね」
私がこの場を離れようと立ち上がると、ガサガサッと草が揺れる音がした。
「あら、もう帰っちゃうの?」
「ひぇっ!」
声の方を見ると、よく日に焼けた健康そうな女の人が、檻のそばに立っていた。
「え、え、一体いつから……聞いてました?」
「最初から。アタシが草むしりしてたら、アンタが勝手に喋り出したんだから、アタシ悪くないわよ」
「わ、わぁ……」
冷や汗がダラダラ出て、服がジメッと張り付くのに背筋が寒い。
人がいると思っていなかった。以前来た時は香香だけだったし、今はまだ早朝で動き出している人も少ないはずだった。
自分は偽物の妃である、と喋っていたのを聞かれてしまった。ご丁寧に私は自分の名前や立場まで語ってしまったという体たらくである。
「アンタもなんか大変なんだねー。てかさ、若いね! 悩め悩め若者よ! あはは」
白い歯を見せて笑うその人に、つられて一緒に苦笑いをする。
「あの、貴女は一体……?」
「ん、私? 私はまぁ、この子のお世話係みたいな感じかな~。可愛いでしょ? まぁ、捕われていて不自由だけど、自由に生きてるっちゃ生きてる」
「飼育員さんでしたか。すみません、どうか今日のことは内密に」
「ふふっ」
彼女は"はい"とも"いいえ"とも答えず、にっこりと笑うだけの返事をした。不安だが、念を押して心象を悪くすることも避けたい。結局それ以上何も言えなかった。
香香が逃げ出さないよう、また、人が踏み込まないようにか、背の高い柵でしっかりと囲われていた。
ここは以前、晃栄殿下に一度連れてきてもらったきりだった。その時は時間もなく、遠目で香香を眺めただけだったが、今日は柵の近くでコロコロと転がってくれていた。
「香香、こんにちは。私も香香って言うの」
返事はないとはわかりつつ、遊んでいる香香に向かって声をかける。近くに大きめの石を見つけ、腰をかけた。
「……やっぱりさぁ、この好機は逃せないよねぇ。せっかく何が起きてるのか直接目で確かめられるのに、ここで辞めたら今までの努力が水の泡だよね」
香香に向かって、ボソボソと独り言を呟く。
「貴女は何で後宮にいるの? 無理矢理連れて来られたの? 私も、似たようなもんなんだ。お互い、何して過ごしたらいいかわからないよねぇ」
パンダが聞いているはずもないし答えてくれるはずもないが、喋り出したら止まらなくなってしまった。
「貴女は本物のパンダだけど、私は本物の公主じゃないんだぁ。そもそも妃なんて身分、身に余りすぎてどうしたらいいかわからない。……彼を、守りたいとちょっとだけ思ったけど、そもそも私にそんな力なかったのよ。なんか彼も……気になる女ができたみたいだし、望めばあの子を妃にすることも容易いでしょう?」
お前の身の上話なんか興味ないわ、とでも言うように、香香は私にお尻を向けて走っていった。
(そもそも、考えてみればあの子は本来妃になるべきだったんだから、王太子妃にしたって問題ないのよね。本人は嫌がるでしょうけど……)
一人で喋っていたら、気付いてしまった。
私が、単身で寺院に乗り込めばいいのではないか、と。
王太子殿下を危険に晒すことはできない。
だが、ただの妃、それも偽物の女ならば、いなくなったって支障はないはずだ。
代役、というか本来その座につくべきだった人間が他にいる。
それにもし噂通り東龍国へ売られるのだとすれば、なんだかんだ国の中枢へ戻れる算段はある。
私は、東龍国の王族の証を持っている。
奴隷になったとしても、それを理解している立場の者と接触できれば、こちらのものだ。
皓月様には会いたくないけど……仮にそこまで戻れれば、また朋央国へ戻るか連絡することもできよう。
「ありがとう香香、聞いてくれて。って聞いてないけど。じゃあね」
私がこの場を離れようと立ち上がると、ガサガサッと草が揺れる音がした。
「あら、もう帰っちゃうの?」
「ひぇっ!」
声の方を見ると、よく日に焼けた健康そうな女の人が、檻のそばに立っていた。
「え、え、一体いつから……聞いてました?」
「最初から。アタシが草むしりしてたら、アンタが勝手に喋り出したんだから、アタシ悪くないわよ」
「わ、わぁ……」
冷や汗がダラダラ出て、服がジメッと張り付くのに背筋が寒い。
人がいると思っていなかった。以前来た時は香香だけだったし、今はまだ早朝で動き出している人も少ないはずだった。
自分は偽物の妃である、と喋っていたのを聞かれてしまった。ご丁寧に私は自分の名前や立場まで語ってしまったという体たらくである。
「アンタもなんか大変なんだねー。てかさ、若いね! 悩め悩め若者よ! あはは」
白い歯を見せて笑うその人に、つられて一緒に苦笑いをする。
「あの、貴女は一体……?」
「ん、私? 私はまぁ、この子のお世話係みたいな感じかな~。可愛いでしょ? まぁ、捕われていて不自由だけど、自由に生きてるっちゃ生きてる」
「飼育員さんでしたか。すみません、どうか今日のことは内密に」
「ふふっ」
彼女は"はい"とも"いいえ"とも答えず、にっこりと笑うだけの返事をした。不安だが、念を押して心象を悪くすることも避けたい。結局それ以上何も言えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
王子よ、貴方が責任取りなさい
天冨 七緒
恋愛
「聖女の補佐をしてくれないか?」
王子自ら辺境まで訪れ、頭を下げる。
それほど国は、切羽詰まった状況なのだろう。
だけど、私の答えは……
皆さんに知ってほしい。
今代の聖女がどんな人物なのか。
それを知った上で、私の決断は間違いだったのか判断してほしい。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる