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第六章 ガイスト辺境伯領都フェスティオ
第百三十一話 お願い
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ランプウェイの頂上で玄関ホールにあたる場所に、五mの巨体を揺らしながら両手を広げ出迎える紫色のデブ竜がいた。その姿を確認したカルラが『姉ちゃん!』と叫びながら、デブ竜に向かって飛び出したのだ。
あらかじめ言っておくが、カルラは決してデブではない。だからこそ、何故姉ちゃんと言っているのかボムたちは気になるようだ。
「ラース。デブ竜とカルラは似てないだろ!」
ボムの言うことも分からないでもないが、似せた本人である俺としては答えづらい質問である。
「だいたい予想はついているだろうが、ゴーレムたちは星霊兄妹と管理神三体をモチーフにしているんだ。被っているところもあるけど。それでデブ竜のことだけど、プルーム様とカルラがモチーフになっていて、ボムの要素を入れた後にカルラの要素を入れたから、カルラのように感性が高い子には姉のように見えるかもな。ちなみに、カルラの要素は可愛いまつげとモフモフの竜だというところだな」
「それなら我は?」
「……大きくて強いというところです」
「ではデブというところはボムの要素じゃな?」
「もちろんですよ!」
「俺はデブじゃないぞ!」
不満げに抗議をしてくるボムとは違い、満足そうに頷くプルーム様はご機嫌の様子だった。声や話し方の問題もあるのだが、気づかないようなので俺からは何も言わないことにしよう。
それと当然だが、このデブ竜を見てはしゃいだ者は何もカルラだけではない。むしろ、これからはしゃぎだし騒ぎ出す者たちこそが真打ちだろう。
「「「「きゃーーー!」」」」
カルラとデブ竜が抱き合いモフり合っているときは、あまりにも衝撃的なモフモフの登場に体を震わせ固まっていたが、モフモフへの愛情が爆発したのか悲鳴のような声を上げていた。それにしても、一mくらいのカルラが五mのデブ竜にモフられている姿は、見ていて少し心配になる絵面である。
「カトレアはあまり興奮していないんだな」
悲鳴を上げて興奮しているモフリスト共の中にカトレアの姿はなく、プルーム様と手を繋ぎながら話をしているだけだった。
「可愛い。でも、私はまだモフモフ権をもらっていないから我慢している。それに、ガルもいるしね」
カトレアは大魔王様を姉と呼び慕い、何でも相談してしまうところは困るのだが、こういうわがままを言わず信頼関係を築こうとするところは、好感が持て好ましいと思う。さらに、ガルのことを本当に大切にしていることも覗える。
というのも、ぬいぐるみゴーレムたちは教育すればしただけ成長し賢くなると教えたが、このガルの賢さは群を抜いており、普段からより多くの時間を割いて教育したのだろうと予想できた。つまり、それだけ一緒にいるということだ。ガルも自慢されたことが嬉しいのか、照れた様子を見せながらもカトレアに抱きついていた。
「そういえば、あの鬱陶しい子熊と大人しい子熊がいないな」
俺とカトレアの話を聞いていたボムの口から飛び出した二体の子熊は、ここにいないブーとダイフクのことだろう。鬱陶しい子熊というのは、元気いっぱいで積極的におねだりしたり甘えたりするブーのことである。そして大人しい子熊というのは、のんびり屋でシャイなダイフクのことだ。
「イリス第三王妃様とマーガレット侯爵夫人がいないんだから、子熊もいるはずないだろう。それに、泊まる部屋もないからな。六部屋しかないんだから」
「そうか。元気だといいな」
ボムはガルたちに慣れたせいか、ぬいぐるみゴーレムが増えたせいか分からないが、子熊たちを可愛がり始めていたようで少しだけ心配していた。寂しそうな表情をしているボムには悪いが、ブーの情報だけならば少しだけ把握している。だが、情報が確かではないためボムには秘密にしているのだ。
「ねぇ! ラース君! あの竜は何!? 可愛すぎるわよ!」
興奮が落ち着いたセシリアさんがデブ竜のことを聞いてきたのだが、掴みかからんばかりの迫力に少し引いてしまっていた。放っておくと本当に掴みかかってきそうだったため、さっさと説明して納得してもらおう。
「あれは戦闘部隊の総隊長で、部下として【熊天使】を率いています。冒険者ギルドで約束した近場のモフモフ天国とは、この船の中のとある場所のことですので今は我慢して下さい。とりあえず、魔力紋を登録して鍵を作って下さい。子機を持っていない人が登録するとブレスレットが出て来ますが、それが個人専用の鍵になりますからね。部屋の鍵も兼用ですから、各部屋も魔力紋の登録をして下さい。魔力纏の状態で球体に触れるだけですから。できなければ生活魔法を放ってくれてもいいですよ。ちなみに、子熊たちは登録しなくてもいいですから。子熊たちの中に誰も入っていなければ素通りできますが、登録してない人が子熊たちの中に入ってゲートを通ろうとすると、結界によって弾かれますので気をつけて下さいね! 最悪の場合は子熊とその持ち主は鍵没収の上、出禁となるでしょう!」
俺の出禁の言葉を聞いたモフリスト共は、ゴクリと喉を鳴らしながら頷いていた。彼女たちにとって出禁とは死の宣告と同じようなものなのだろう。
躊躇う辺境伯たちにも登録を促し、登録や部屋決めの様子を見ながら待っている俺に、「不満です」とでも言いたげな様子で、眉間にしわを寄せしかめっ面をしたセルが近づいてきた。
「どうした?」
「狼のゴーレムがいないわ。ニールやバロンに似たゴーレムがいるのに、私だけ仲間はずれみたいじゃない!」
「でも、太ったコボルトみたいになるぞ?」
「構わないわ!」
「セルがいいなら作るけど、文句言うのはなしだからな。料理長と料理人とバーテンダーの三体を作って、料理長は二階の空室を使ってもらう。他は一階な。色は黄色にするか。白もいいけど、黄色の方がコボルトに見えないだろ!」
「さすがラース! ありがとう!」
満足そうに笑顔を浮かべたセルは風狸の元へと戻って行った。風狸やテミスに船を案内したいのだそうだ。その代わりというのか、今度はカルラがもじもじしながら近づいてきた。セルと違っておねだりするのが苦手なカルラは、いつももじもじしながら頼み事をしてくる。そのおかげで何の用事なのかすぐに分かることと、可愛いカルラが見られるという二つの利点があった。
「あの……兄ちゃん。カルラのお願い……聞いてくれる?」
このタイミングでのお願いなんて一つしかない。カルラのお願いを聞くこともなく分かってしまうのだ。でも、もじもじしながらも一生懸命お願いしに来ているのに、話も聞かずダメだと口が裂けても言えない。それにカルラ中毒患者の両親とフェンリルが、お使いをする子どもを応援するかのように見守っている。このような状況で、カルラ中毒患者たちの期待を裏切る行動しようものなら、暴動が起こること間違いないのだ。
「お願いって何だ?」
「天国……カルラの友達も、連れって……いい?」
「王女とカトレアだけか?」
「シュバルツも。仲間はずれは可哀想!」
辺境伯親子と公爵とシュバルツの男性陣はモフリストじゃないから、本人としてはどちらでも構わないのだろう。それでも、カルラはシュバルツも友達だと思っており誘っている。カルラ中毒患者たちはもちろんだが、シュバルツも感動しているのか笑顔を浮かべていた。
「そうか。カルラのお願いだからな。天国へ招待しよう!」
「本当?」
「もちろんだ!」
「わーい! 兄ちゃん、ありがとう!」
喜ぶカルラをモフることで、俺も心から喜べた。何故なら、ここ最近で一番モフれた日だからだ。
最初は辺境伯領に来ることは面倒だと思っていたのだが、糞系無能風阿呆天使に傷つけられたカルラに元気と笑顔を戻してくれたことは本当に嬉しかった。そのお礼として、アーク内の簡易天国への招待を決めたのだ。
「さぁ、ラース君! 案内してちょうだい!」
「いいですけど、普段は警備兵完備の立ち入り禁止区域になってますので、勝手に入ろうとしないで下さいね!」
「「もちろんよ!」」
ローズさんとセシリアさんの二人が一番モフモフ興奮し、一番期待した様子である。男性陣との温度差が大きく、モフリストである俺も若干引くレベルだ。
「まずは一階の前部ですね。階段と転移型エレベーターの奥は壁のようになっていますが、本当は扉になっています。この扉を開けると、警備室と幹部ゴーレム以外の待機部屋になっていますね。個室ではなく大部屋なので、あらゆるモフモフがひしめき合っているんです!」
「「ラース君!」」
「……何故……先に教えてくれなかったの?」
「知っていたら……」
俺の説明を聞いた筆頭モフリストの二人は、絶望を顔面に貼り付けでもしたのか、虚ろな瞳をして肩を落とし、終いには両手を床につけてしまった。貴族夫人にあるまじき行動に男性陣も驚き動揺していた。
「……どうしました?」
俺の質問に答えてくれたのはカトレアだった。
「部屋決めで移動の音が気になるだろうからという理由で、二人は階段とエレベーターに近い二部屋を諦めた。つまり、天国に一番近い部屋を逃したの」
「ああ、なるほど。でも、各部屋は完全防音となっているからトイレや風呂の近くの二部屋も含めて、どの部屋も同じですよ。それに本人達が了承してくれるなら、鍵の再登録は可能ですしね」
「「本当?」」
「本人達が了承すればですよ?」
「「シュバルツ! エルザ!」」
二人はすぐに許可を取り始めたのだが、片方は物分かりが悪い抜け駆け系モフリストだ。確実に一人は無理だろう。
「私は構いませんが……」
シュバルツはあっさりと了承するが、エルザさんは一切目を合わそうとしない。
「「エルザ」」
そしてそこに王女も加わろうとしていた。
「妾も申し込むのじゃ!」
王女の参戦により、さらに収拾がつかない事態になったため、希望者によるくじ引きを行うことになった。ちなみに、カトレアは元々風呂のすぐ近くである後部の右側の部屋を気に入っていると言い、くじ引きには参加しない。シュバルツはカトレアの反対側の後部の左側の部屋となり、登録をし直していた。
そして結果は、エルザさんは不動のまま前部の左側の部屋となり、残る一部屋は王女が獲得。結局、王女とシュバルツが変わっただけである。
「では、モフモフを楽しんで下さい!」
筆頭モフリストの二人は悲しそうな表情を浮かべ大部屋に入ったのだが、入った瞬間には満面の笑みを浮かべ各々の欲求をぶちまけていた。当然王女たちも楽しんでいたのだが、カルラとの時間も大切にしていたいのか、カルラたちチビッ子と一緒に天国を楽しんでいた。
天国に入らない者は、大部屋横の警備室でお茶を飲みながら待つことにした。
「ラース。この階段はなんじゃ?」
アーク内の移動用の階段とは違い下に行くためだけの階段を見たプルーム様が、不思議そうに尋ねてきたのだ。
「これがあるから立ち入り禁止なんですよ。この階段は船体下部にある機関部や各種設備室に行くための専用階段です」
「ふーん。まぁ我には関係なさそうじゃな」
「そうでもないですけどね」
「……どういうことじゃ?」
「貯蔵庫にもなってまして、お酒やつまみを保存しているんですよ」
これから各地で購入する予定の食糧や酒類の保管庫も、船体下部に作られているのだ。
「ストレージがあるではないか」
「時間停止の機能があるため劣化はしませんが、お酒や食物の中には適した温度で保管することで、一番美味しく味わえるというものもあるんですよ。つまり、普段のお酒もより美味しく飲めると言うわけですよ!」
「でかした! さすが、我が弟子じゃ!」
「でも普段は立ち入り禁止ですから、お酒が足りなくなったらさっき作ったバーテンダーに頼んで下さいね!」
「了解じゃ!」
満足そうに頷くプルーム様は、ご機嫌でカルラの姿を見守っていた。
◇◇◇
「んっ……いっ……。ここは……、そうだ! あの魔女め!」
ラースたちが冒険者ギルドで騒ぎを起こしている頃、領主城の医務室で一人の男が目を覚ました。この男は数々の無礼な発言をしたため、最後は公爵夫人であるセシリアに折檻されてしまったのだった。
「僕の……僕の美しい顔を……よくも……! あの魔女に苦しみを与えねばな。――んっ?」
男がセシリアへの憎悪の炎を燃え上がらせていると、医務室の窓を嘴で叩く一羽の黒い鳥が窓の外にいた。男は窓を開け鳥を招き入れる。
「同志からの定時連絡か……。いったい何が……? ――これは! ついに見つけたのか! そうだ! このあとはゼクス公爵領だったな。ここに一筆加えておこう! くっくっくっ……。僕を傷つけたことを後悔しろ!」
男は黒い鳥に再び手紙を持たせ、窓から飛び立たせた。そのときの男の顔は、セシリアの膝蹴りのせいもあって酷く歪んだ醜い顔となっていた。
さらに、セシリアに向けた憎悪と公爵領で起こる事件への期待で瞳は輝き、緩んだ口元からよだれを垂らしていたせいで、より醜い顔となっていた。
「まもなく……まもなくだ。我が神と我が師に栄光あれ」
◇◇◇
あらかじめ言っておくが、カルラは決してデブではない。だからこそ、何故姉ちゃんと言っているのかボムたちは気になるようだ。
「ラース。デブ竜とカルラは似てないだろ!」
ボムの言うことも分からないでもないが、似せた本人である俺としては答えづらい質問である。
「だいたい予想はついているだろうが、ゴーレムたちは星霊兄妹と管理神三体をモチーフにしているんだ。被っているところもあるけど。それでデブ竜のことだけど、プルーム様とカルラがモチーフになっていて、ボムの要素を入れた後にカルラの要素を入れたから、カルラのように感性が高い子には姉のように見えるかもな。ちなみに、カルラの要素は可愛いまつげとモフモフの竜だというところだな」
「それなら我は?」
「……大きくて強いというところです」
「ではデブというところはボムの要素じゃな?」
「もちろんですよ!」
「俺はデブじゃないぞ!」
不満げに抗議をしてくるボムとは違い、満足そうに頷くプルーム様はご機嫌の様子だった。声や話し方の問題もあるのだが、気づかないようなので俺からは何も言わないことにしよう。
それと当然だが、このデブ竜を見てはしゃいだ者は何もカルラだけではない。むしろ、これからはしゃぎだし騒ぎ出す者たちこそが真打ちだろう。
「「「「きゃーーー!」」」」
カルラとデブ竜が抱き合いモフり合っているときは、あまりにも衝撃的なモフモフの登場に体を震わせ固まっていたが、モフモフへの愛情が爆発したのか悲鳴のような声を上げていた。それにしても、一mくらいのカルラが五mのデブ竜にモフられている姿は、見ていて少し心配になる絵面である。
「カトレアはあまり興奮していないんだな」
悲鳴を上げて興奮しているモフリスト共の中にカトレアの姿はなく、プルーム様と手を繋ぎながら話をしているだけだった。
「可愛い。でも、私はまだモフモフ権をもらっていないから我慢している。それに、ガルもいるしね」
カトレアは大魔王様を姉と呼び慕い、何でも相談してしまうところは困るのだが、こういうわがままを言わず信頼関係を築こうとするところは、好感が持て好ましいと思う。さらに、ガルのことを本当に大切にしていることも覗える。
というのも、ぬいぐるみゴーレムたちは教育すればしただけ成長し賢くなると教えたが、このガルの賢さは群を抜いており、普段からより多くの時間を割いて教育したのだろうと予想できた。つまり、それだけ一緒にいるということだ。ガルも自慢されたことが嬉しいのか、照れた様子を見せながらもカトレアに抱きついていた。
「そういえば、あの鬱陶しい子熊と大人しい子熊がいないな」
俺とカトレアの話を聞いていたボムの口から飛び出した二体の子熊は、ここにいないブーとダイフクのことだろう。鬱陶しい子熊というのは、元気いっぱいで積極的におねだりしたり甘えたりするブーのことである。そして大人しい子熊というのは、のんびり屋でシャイなダイフクのことだ。
「イリス第三王妃様とマーガレット侯爵夫人がいないんだから、子熊もいるはずないだろう。それに、泊まる部屋もないからな。六部屋しかないんだから」
「そうか。元気だといいな」
ボムはガルたちに慣れたせいか、ぬいぐるみゴーレムが増えたせいか分からないが、子熊たちを可愛がり始めていたようで少しだけ心配していた。寂しそうな表情をしているボムには悪いが、ブーの情報だけならば少しだけ把握している。だが、情報が確かではないためボムには秘密にしているのだ。
「ねぇ! ラース君! あの竜は何!? 可愛すぎるわよ!」
興奮が落ち着いたセシリアさんがデブ竜のことを聞いてきたのだが、掴みかからんばかりの迫力に少し引いてしまっていた。放っておくと本当に掴みかかってきそうだったため、さっさと説明して納得してもらおう。
「あれは戦闘部隊の総隊長で、部下として【熊天使】を率いています。冒険者ギルドで約束した近場のモフモフ天国とは、この船の中のとある場所のことですので今は我慢して下さい。とりあえず、魔力紋を登録して鍵を作って下さい。子機を持っていない人が登録するとブレスレットが出て来ますが、それが個人専用の鍵になりますからね。部屋の鍵も兼用ですから、各部屋も魔力紋の登録をして下さい。魔力纏の状態で球体に触れるだけですから。できなければ生活魔法を放ってくれてもいいですよ。ちなみに、子熊たちは登録しなくてもいいですから。子熊たちの中に誰も入っていなければ素通りできますが、登録してない人が子熊たちの中に入ってゲートを通ろうとすると、結界によって弾かれますので気をつけて下さいね! 最悪の場合は子熊とその持ち主は鍵没収の上、出禁となるでしょう!」
俺の出禁の言葉を聞いたモフリスト共は、ゴクリと喉を鳴らしながら頷いていた。彼女たちにとって出禁とは死の宣告と同じようなものなのだろう。
躊躇う辺境伯たちにも登録を促し、登録や部屋決めの様子を見ながら待っている俺に、「不満です」とでも言いたげな様子で、眉間にしわを寄せしかめっ面をしたセルが近づいてきた。
「どうした?」
「狼のゴーレムがいないわ。ニールやバロンに似たゴーレムがいるのに、私だけ仲間はずれみたいじゃない!」
「でも、太ったコボルトみたいになるぞ?」
「構わないわ!」
「セルがいいなら作るけど、文句言うのはなしだからな。料理長と料理人とバーテンダーの三体を作って、料理長は二階の空室を使ってもらう。他は一階な。色は黄色にするか。白もいいけど、黄色の方がコボルトに見えないだろ!」
「さすがラース! ありがとう!」
満足そうに笑顔を浮かべたセルは風狸の元へと戻って行った。風狸やテミスに船を案内したいのだそうだ。その代わりというのか、今度はカルラがもじもじしながら近づいてきた。セルと違っておねだりするのが苦手なカルラは、いつももじもじしながら頼み事をしてくる。そのおかげで何の用事なのかすぐに分かることと、可愛いカルラが見られるという二つの利点があった。
「あの……兄ちゃん。カルラのお願い……聞いてくれる?」
このタイミングでのお願いなんて一つしかない。カルラのお願いを聞くこともなく分かってしまうのだ。でも、もじもじしながらも一生懸命お願いしに来ているのに、話も聞かずダメだと口が裂けても言えない。それにカルラ中毒患者の両親とフェンリルが、お使いをする子どもを応援するかのように見守っている。このような状況で、カルラ中毒患者たちの期待を裏切る行動しようものなら、暴動が起こること間違いないのだ。
「お願いって何だ?」
「天国……カルラの友達も、連れって……いい?」
「王女とカトレアだけか?」
「シュバルツも。仲間はずれは可哀想!」
辺境伯親子と公爵とシュバルツの男性陣はモフリストじゃないから、本人としてはどちらでも構わないのだろう。それでも、カルラはシュバルツも友達だと思っており誘っている。カルラ中毒患者たちはもちろんだが、シュバルツも感動しているのか笑顔を浮かべていた。
「そうか。カルラのお願いだからな。天国へ招待しよう!」
「本当?」
「もちろんだ!」
「わーい! 兄ちゃん、ありがとう!」
喜ぶカルラをモフることで、俺も心から喜べた。何故なら、ここ最近で一番モフれた日だからだ。
最初は辺境伯領に来ることは面倒だと思っていたのだが、糞系無能風阿呆天使に傷つけられたカルラに元気と笑顔を戻してくれたことは本当に嬉しかった。そのお礼として、アーク内の簡易天国への招待を決めたのだ。
「さぁ、ラース君! 案内してちょうだい!」
「いいですけど、普段は警備兵完備の立ち入り禁止区域になってますので、勝手に入ろうとしないで下さいね!」
「「もちろんよ!」」
ローズさんとセシリアさんの二人が一番モフモフ興奮し、一番期待した様子である。男性陣との温度差が大きく、モフリストである俺も若干引くレベルだ。
「まずは一階の前部ですね。階段と転移型エレベーターの奥は壁のようになっていますが、本当は扉になっています。この扉を開けると、警備室と幹部ゴーレム以外の待機部屋になっていますね。個室ではなく大部屋なので、あらゆるモフモフがひしめき合っているんです!」
「「ラース君!」」
「……何故……先に教えてくれなかったの?」
「知っていたら……」
俺の説明を聞いた筆頭モフリストの二人は、絶望を顔面に貼り付けでもしたのか、虚ろな瞳をして肩を落とし、終いには両手を床につけてしまった。貴族夫人にあるまじき行動に男性陣も驚き動揺していた。
「……どうしました?」
俺の質問に答えてくれたのはカトレアだった。
「部屋決めで移動の音が気になるだろうからという理由で、二人は階段とエレベーターに近い二部屋を諦めた。つまり、天国に一番近い部屋を逃したの」
「ああ、なるほど。でも、各部屋は完全防音となっているからトイレや風呂の近くの二部屋も含めて、どの部屋も同じですよ。それに本人達が了承してくれるなら、鍵の再登録は可能ですしね」
「「本当?」」
「本人達が了承すればですよ?」
「「シュバルツ! エルザ!」」
二人はすぐに許可を取り始めたのだが、片方は物分かりが悪い抜け駆け系モフリストだ。確実に一人は無理だろう。
「私は構いませんが……」
シュバルツはあっさりと了承するが、エルザさんは一切目を合わそうとしない。
「「エルザ」」
そしてそこに王女も加わろうとしていた。
「妾も申し込むのじゃ!」
王女の参戦により、さらに収拾がつかない事態になったため、希望者によるくじ引きを行うことになった。ちなみに、カトレアは元々風呂のすぐ近くである後部の右側の部屋を気に入っていると言い、くじ引きには参加しない。シュバルツはカトレアの反対側の後部の左側の部屋となり、登録をし直していた。
そして結果は、エルザさんは不動のまま前部の左側の部屋となり、残る一部屋は王女が獲得。結局、王女とシュバルツが変わっただけである。
「では、モフモフを楽しんで下さい!」
筆頭モフリストの二人は悲しそうな表情を浮かべ大部屋に入ったのだが、入った瞬間には満面の笑みを浮かべ各々の欲求をぶちまけていた。当然王女たちも楽しんでいたのだが、カルラとの時間も大切にしていたいのか、カルラたちチビッ子と一緒に天国を楽しんでいた。
天国に入らない者は、大部屋横の警備室でお茶を飲みながら待つことにした。
「ラース。この階段はなんじゃ?」
アーク内の移動用の階段とは違い下に行くためだけの階段を見たプルーム様が、不思議そうに尋ねてきたのだ。
「これがあるから立ち入り禁止なんですよ。この階段は船体下部にある機関部や各種設備室に行くための専用階段です」
「ふーん。まぁ我には関係なさそうじゃな」
「そうでもないですけどね」
「……どういうことじゃ?」
「貯蔵庫にもなってまして、お酒やつまみを保存しているんですよ」
これから各地で購入する予定の食糧や酒類の保管庫も、船体下部に作られているのだ。
「ストレージがあるではないか」
「時間停止の機能があるため劣化はしませんが、お酒や食物の中には適した温度で保管することで、一番美味しく味わえるというものもあるんですよ。つまり、普段のお酒もより美味しく飲めると言うわけですよ!」
「でかした! さすが、我が弟子じゃ!」
「でも普段は立ち入り禁止ですから、お酒が足りなくなったらさっき作ったバーテンダーに頼んで下さいね!」
「了解じゃ!」
満足そうに頷くプルーム様は、ご機嫌でカルラの姿を見守っていた。
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「んっ……いっ……。ここは……、そうだ! あの魔女め!」
ラースたちが冒険者ギルドで騒ぎを起こしている頃、領主城の医務室で一人の男が目を覚ました。この男は数々の無礼な発言をしたため、最後は公爵夫人であるセシリアに折檻されてしまったのだった。
「僕の……僕の美しい顔を……よくも……! あの魔女に苦しみを与えねばな。――んっ?」
男がセシリアへの憎悪の炎を燃え上がらせていると、医務室の窓を嘴で叩く一羽の黒い鳥が窓の外にいた。男は窓を開け鳥を招き入れる。
「同志からの定時連絡か……。いったい何が……? ――これは! ついに見つけたのか! そうだ! このあとはゼクス公爵領だったな。ここに一筆加えておこう! くっくっくっ……。僕を傷つけたことを後悔しろ!」
男は黒い鳥に再び手紙を持たせ、窓から飛び立たせた。そのときの男の顔は、セシリアの膝蹴りのせいもあって酷く歪んだ醜い顔となっていた。
さらに、セシリアに向けた憎悪と公爵領で起こる事件への期待で瞳は輝き、緩んだ口元からよだれを垂らしていたせいで、より醜い顔となっていた。
「まもなく……まもなくだ。我が神と我が師に栄光あれ」
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