うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

18 忘れられた森 その2

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古の森の、北西の果てに、
大きなガケがあります。

ガケの下は、霧がかかっていて、見えません。

古の森は、大きな森なので、
西の方には、まだ、よく知られていない場所も、あるのです。

動物たちは、暮らしやすい東側を選んで住んでいます。


ガケの下に、興味本位で探検に行ったものもいましたが、
それっきり帰って来なかったので、
きっと、
悪いガスでも、たまっていて、
毒にやられてしまったのだろうと、
動物たちのあいだで、ウワサされています。


忘れられた森は、その、ガケの下にあるのです。


ほんとうは、悪いガスなど、ありませんが、
けして、いいとも言えない空気です。

しかし、忘れられた森にも、
住んでいる生き物は、いるのです。



うっそうとしたところが好きで、
一日中、日の光が当たらなくても、かまわない者たち。

また、他のだれからも忘れられたいと思う者も、
この森にやってきて住みつきます。

クモのマダムは、どちらかというと、後者です。


昼とも夜ともわからない、夢の中にさまよっているような場所ですが、
霧の切れ間から、光がさしこむことは、時々あります。

その光が、太陽の光か、月の光かは、運しだい。

その光に、運命を託そうとして、
古の森から来たものがいました。

太陽の光であれば、元の生活に戻る。
月の光であれば、全てを捨てて去る。
探検などではなく、覚悟を決めて、忘れられた森に入ったのです。

その結果は、月の光だったというわけでした。



今、そのように、運命を託そうなんてことをしているものは、いませんが…、

月の光がオーガンジーのカーテンのように差し込んでいます。



クモのマダムは、月の光を見ながら、
ふえの音をきいていました。

「ふうん、いい音じゃないか。
 なるほどね。」

聴くものすべてをまどわせて来たという、
悪名高い魔のふえにしては、
奏者の想いが素直に音に表れていて、
好感が持てる。

ここまで、表現させてもらえるのは、
この奏者が、ふえに好かれているからだ。

 でも…。
 ああ、ほら、また。

やまねこの音に、
気になるところがありました。


「そうか。
 こういうことなら、話は違うね。
 
 わたしは、どうやら、かんちがいをしていた。」


ひととおり聴いてから、
クモのマダムは、おもむろに、木と木の間に縦糸を渡して、
それから、大きな円を編み始めました。


何度も往復してつくられる円は、
オルゴールディスクのように美しく、
銀色に光ります。


やがて、円には、細かな五線がつくられていることが、わかってくるのです。


幾重にもつむがれた五線の上を、
自在に移動して、

クモのマダムは、さらに、音符を縫いつけていきました。
 
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