鼓動

なぁ恋

文字の大きさ
上 下
10 / 17

私はガシャ

しおりを挟む
私は小さな小さな意思の無い生き物だった。
自然の理に組み込まれた自然の一部。
それから外れるのは死を意味し、生き物は皆、生きる為に活動していた。

ある日、親元から離れ、共に巣立った兄弟達と行動を共にしていた時、何かに呼ばれている気がして、そこへ降下する。

岩壁に不自然に空いた穴。
そこへ兄弟で降り立つ。
恐る恐る中を覗くと、人影が確認出来た。

人が居る。
人は脅威だ。

それは弱き生き物が本能で知っていることだ。
なのに、その人が顔を上げた時、その赤い眼に捕らわれた。
 
どうしようもなく惹き付けられ、その傍まで降りると、兄弟達も降りて来た。


「ふふ……可愛い」

人の言葉など理解出来ないけれど、嫌なことを言ってはいないとだけは理解出来た。

「う……ふうぅ」

人が唸る。
そして、その目から溢れる水に、喉の乾きを覚え、啄む。先に啄んだ私を見て、兄弟も同じように啄んだ。

それは、甘い水だった。
それを定期的に飲むようになり、強請りさえした。
私達は兄弟で近くの木に巣を作り、夜明けと共にあの岩穴に通う日々を始めた。

その岩穴は、死の臭いが漂う場所。
甘い水の主は、その死の臭いを纏っていた。

漠然とに思った。
それが意思を持って考えた最初かもしれない。


兄弟はまだそこまでの意識はなかった。本能のみで動いて居た。



兄弟の一人が命を散らした時、それでも、その一部が甘い水の主の中に混ざったのを感じた。
次の瞬間、体が高揚し、何かが抜ける感覚に全毛がざわついた。他の兄弟も同じだったようで、大きく羽ばたいて岩穴から飛び出る。

姿形は死んだ兄弟である者を先頭にひたすらに飛び続ける。
そして、自由を得たのだ。

私はこの人の為に生きるものとなったのだと理解するのは早かった。
自身の“生気”なるものを甘い水の主に分け与えて生かしてる。
我らが居なければこの人は動けなくなる。
人は甘い水をくれ、我ら兄弟は生気を分ける。
お互いに無くてはならないのだと。


長くをそうして共に生きて、甘い水の主と居ると楽しい。温かで、ただの生き物で在った時よりも生きていると実感できた。

ある時、小さな人を見つけた。
これは、人のヒナだ。

子孫を造る。
それは当たり前に組み込まれた生き物達の義務だ。
それを我らは忘れていた。
だから、甘い水の主が人のヒナをどうするのか迷っていた時、護らなければならないと訴えたくて行動した。

その時、頭の中に小さな煌めきが生まれたことに気付いた。
そして、古木の意識がうっすらと私に乗って来たのも。

その小さなヒナから、また変化が訪れる。

“魔女”との出逢いだ。

小さなヒナを保護してくれて、甘い水の主ごと、我ら兄弟も受け入れてくれた。

そして、我らに名付けを与えてくれた。

頭の中の煌めきが少し大きくなった。

私はそこから“ガシャ”と成った。
甘い水の主は、“ガランさま”。

兄弟は、“ラシャ”と“シャン”
同じ日、更に変化する。

ガランさまとは別に、魔女が我らを手招きした。
近付くと、大きな赤い木の実を小さく切り刻み、我らの前に置く。
そして言うのだ。

「これは、“知恵の実”だ。食べろ」

言われるままに啄むと、私の頭を撫でられ、

「ガシャ。古木との繋がりを大切にしろ。
それに、お前の頭の中に生まれたものは“もん”だ。そして、ラシャ、シャン。お前達は“鍵”だ。」

私には魔女の言葉がその意味を理解出来なくとも分かった。兄弟達はさっぱり分かっていなかったけれど。

それから定期的にこの餌を与えられた。その度に話すのだ。

ガランさまには聞こえぬような囁き声で、

「ガシャは門で、ラシャとシャンは鍵だ」

と。

そしてある時、ガランさまと、ラシャ、シャンを外出させ、魔女が言ったのだ。

「ガシャ、お前は賢い。お前がガランの“血の呪縛”の大元だ。そしてすくい手だ。
私は“予言”が出来るのさ。未来が視えるんだ。
ランジュは、あれは魔女だ。良くも悪くも魔女だ。名で持って封じてはいるが、ただ、今は己の意思で封じられているだけだ。
解除など造作もないだろう。
だが、あれもガランを慕っている。だからんだ。
だが、近い未来、ガランが瀕死になる。
そのまま、死してしまえばランジュは壊れるだろう。
人を呪うだろう。
そうなれば破滅が起こる。そうならないよう、お前が誘導するんだ。
お前は門だ。鍵は兄弟達。
お前が救い手。そして古木のじーさんは繋ぐもの」

その意味は分からずとも、大切なことなのだろうと理解は出来た。

「時が来れば判るよ」

魔女は言った。

その魔女がこの地を去ると言う。
これも仕方の無いことなのだと。

「ガシャ。古木のじーさんの元で寝床を作るんだ。お前がガランを護るんだ」

それが魔女から与えられた最後の実。私の心に根付いた最後の“種”だった。

初めてランジュを見つけた古木は、はっきりと意思を持っていた。
あの日から私と古木は繋がっている。けれど、“繋ぐもの”その意味はまだ判らない。
今は“生気”を与えてくれる相手だ。それを私は蓄えないとならない。
きたる時まで……。
漠然と、そうしなければならないと古木との最初の出逢いの時から感じていたこと。古木が私に寄り添う、それが運命のように……。




***




数年は何事も無く穏やかに過ぎ、突如世界が変わる瞬間が訪れる。

ガランさまの為に、目の前で粉砕し消えて行く兄弟。
だが、ガランさまの一部に成ったと言うこと。
そして、兄弟が消滅する度に私の中の“門”がゆっくりと開く。

魔女の言葉が響いて来る。
ガシャは“門”で、ラシャ、シャンは“鍵”。

そして、危険を回避出来た後、ガランさまが倒れた。

極度の魔力不足。
ガランさまは気付いてはいないけれど、熱湯に晒されて、酷い火傷で全身がただれていた。

───瀕死。

この言葉にまた門が開いて、全身が熱く熱くなる。

「───……!」

言葉にならない。
倒れ行くガランさまに、手を差し伸べる。
小さな体では支えられない。

欲しい。
護る為に、ガランさまを護る為の……


ギイィィ───……


私の中の門が完全に開き切る音がした。

小さい体躯が大きく膨らみ、体に蓄えた生気が弾け、羽毛が飛び散る。
差し伸べた手が、救い手が、ガランさまを支え抱き留めた。

私が、私に成った瞬間。

私が人型の魔物に変化した瞬間。
そして、吹き込む。私に蓄えられた大量の生気を、ガランさまの口を塞ぎ、体内に直接吹き込む。

見る間に体は回復され、けれども、疲れ果てた精神たましいが、元に戻るには時間が掛かりそうだ。

跳躍する。
鳥の時と同じように空に舞う。
腕には私のガランさまがぐったりとしている。

古木に辿り着き、そのうろにガランさまを寝かせる。
そして、薄く練り上げた生気の膜で包む。

回復するまで、古木の生気で常に包み癒さなければならない。

何時目覚めるか解らない。回復の為の眠り。

この時、“繋ぐもの”の意味を覚る。
ガランさまの命を繋ぐもの。
これで、大丈夫だ。

そして、ランジュの元へ行かなければならない。
“魔女の予言”は恐ろしく当たるのだから。









しおりを挟む

処理中です...