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二界の壁
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しおりを挟む今日はどんよりと曇った空で暑さはなかった。
変な話、夏と言うにも寒いくらいで、クロスが「負の妖気が影響しているニャ」って答えてくれた。
いつもと変わらない街並み。
制服姿の先輩が居るから余計に夏休みって感じもしなかった。
皆黙してクロスの後を着いて歩く。
クロスが立ち止まった先に、懐かしい建物が在った。
“木道産婦人科”
「姉ちゃんと僕が産まれたとこだよ」
街に一つの産婦人科。けど今は休業していた。
いつからなのか知らないけど、不便だと妊婦さんがバス待ちして話してるのを聞いた覚えがある。
「ここニャ。建物よりも下に優月の視た鬼の妖気を微量に感じるニャ」
鼻をヒクヒクさせながらクロスが断言した。
「そうだな。確かにこの場所だろう」
朗も頷いた。
家から近く、目に見えない場所。
建物の下なら地下になるのかな?
見つけるのは難しく、時間が掛かるって考えてた。なのに案外と早く見つかって驚いた。
それは皆そう思ったみたいで、病院の前に立ち静かになってた。
「これからどうするニャ?」
クロスが訊く。
「中を調べる」
朗が呟くも、今は昼間だ。少ないとは言え人の通りがあるからこっそりと忍び込むなんて無理。
男三人に女が一人。産婦人科の前で佇んでたら変に目立ってた。
「夜に出直すか?」
先輩が提案する。
ピンポーン。
え?
チャイムの音に驚いて振り向くと、
「おはようございま~す」何て呑気に声掛けをしている姉ちゃんの姿があった。
「何やってんの?!」
止める間もなく、鍵の開く音がして、女の人が顔を覗かせる。
「どなた様?」
頬にそった短い髪と黒ぶちのメガネをした女の人。
「あ? えっと」
僕が吃ってると、姉ちゃんが口を開いた。
「水先 優星です。私とこの弟の優月はこちらで生まれたんです。
夏休みの宿題で自分の誕生について調べていて、お話を訊かせて頂けないかと訪ねた次第です」
女の人が後ろに立つ朗と先輩を見る。
「あ。こちらは同級生で龍羽くんと、付き添いの水宝先生です」
それを聞いた女の人がにっこりと微笑んで、大きくドアを開く。
「そうなの。あいにくと前医院長の母は数年前に亡くなったのよ。
私は娘の木道 鈴鳴です。跡を継ぐ為に三日前に帰宅したの。
まぁ、資料はあるし、私で役に立てるなら協力するわ」
どうぞ。と、家の中へ招かれた。
姉ちゃんを見ると澄ました顔して女の人の後に着いて室内へ入った。
その後を追って皆入る。
クロスもこっそりと入り、物陰に隠れた。
入った途端、違和感を感じて朗を見遣ると頷いた。
「結界が張ってある」
先輩が小声で言った。
応接間に通され机を挟んだ向かい合わせのソファに座る。
少し待っててね。って先生は出て行った。
「結界って何?」
訊くと、
「何かを“封じる結界”俺が母を護る為に張ったものと似ているな」
「“護る”為の結界?」
「そうだ。おそらくは夢に視た情景から考えれば、鈍色の鬼は死にそうだったのを河童の治癒力で抑えてる」
先輩の言葉は納得出来た。
「その見解が正しいな。その状態が何年続いたのか判らないが限界に来ていたのだろう。
それが離れの爪痕から優月を介して繋がりを持った事で新たに河童の存在を知った。そう考えれば辻褄が合わないか?」
朗が難しい顔をした。
僕が口を開こうとした時、ドアが開いた。
「お待たせしたわね」
先生が顔を覗かせる。
それぞれの前にお茶を置いて僕らの間にある一人座り用のソファに腰掛けた。
「さ。何を訊きたいのかしら?」
先生が訪ねて来た。
「何故産婦人科医になろうと思ったんですか?」
姉ちゃんが真面目な顔付きで訊く。
「私の事? 単純に跡を継ぐ為です」
にこやかに答えてくれた。
緊張からか喉が渇いていたので出されたお茶に口をつけて驚く。
呑み込めず、吐き出す。
? 何か変な感じ。
水が濁ってる。
「これは、何?」
思わず言葉にしていた。
朗と先輩が立ち上がる。
「あら。さすがね。気付いちゃったの?」
今までの雰囲気が一変する。
「やっぱり“水”には敏感ね」
「何故だ? お前は人間だ」
朗が訊いた。
「そうね。人間だわ“不老”のね。そして母親」
先生は座ったまま足を組みかえた。
「そして“鬼の花嫁”」
怖いくらい綺麗な笑みを浮かべ言った。
「お茶に睡眠薬を入れたの。さすがに“河童”ね。水には敏感……優月くん人間として生まれてきた筈なのにね。
水先のお母様はお元気かしら?」
優しく微笑みながら訊く。
何故か恐怖を感じて、背筋が寒くなった。
「それに……噂の龍の混血。貴方の母親は気の毒にね。怒りを買ってしまったから“不死”を与えられた。狂っても死ねないなんて」
先輩の妖気が怒りに強まる。
「響夜くん!」
姉ちゃんがその腕に縋り着いた。
「そう。優星ちゃんは“龍の花嫁”なの。ふふ。面白いわね」
「河童を誘拐したろう?」
朗が訊く。
「うちの子が生きる為に連れ帰ったのよ。
生きる為だから仕方ないわ」
笑みを浮かべた顔は恐ろしく綺麗で。
「あの子は素晴らしい子。私の自慢の子……」
にこやかに鈍色の鬼、自分の子の話を続ける。
突然、その笑顔が崩れた。
「……なのにっ。鬼達はあの子を殺そうとした!」
その目に憎しみが見て取れた。
「何で鬼の花嫁になったの?!」
姉ちゃんが訊いた事に、深く頷いた先生が、
「宿題は嘘だったけれど、協力すると約束したわね。
なら、答えましょう。
貴女も私の仲間なんだから良く聞いておきなさい」
それは、二界の扉に連なる話。
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