河童様

なぁ恋

文字の大きさ
67 / 118
産み女神

しおりを挟む
 
桃の花の甘い香りが鼻をつく。
岩戸の外は、辺り一面桃の樹に囲まれた桃源郷。

黄泉の国では憎らしいだけだった桃も、こちら側では徒人への加護が強い守護樹。

それらは産まれ来るこの子を歓迎して居る様に花を咲かせ、その香りを持って何をも寄せ付けない様にして居た。

桃は花弁を散らし、それは実を成す。

桃が実を成したと同時に産気が強くなり、

「ホギャアァ―――……」

産声を上げて新たなヒルコが誕生した。

汗ばむ体を起こし、産まれ来た愛し子を抱き上げる。

緑の肌は自然の色と同じ。
頭に掲げた命の水。

開いた瞳は黒く、中に星々の光りが煌めいていた。

真水の匂いは他者に元気を与え、その身を巡る血潮は誰をも癒す万能薬と成ろう。

水底に眠って居たヒルコが水に近い存在の菊理媛の体から産まれた。

この子には水が必要。
水に生きる運命さだめ

水は生きとし生けるもの全てのものに必要なもの。

ヒルコを抱き締め桃の樹の林を進む。
ここは比良坂ひらさか黄泉と現世を繋ぐ道。

そこを抜けると、イザナギと共に作った大地が広がっていた。
 
 
大地は果てしなく広大で、久しく肌に触れた風の心地好さと、その風に乗ってそこここに感じられるのはイザナギの気配。

これは、徒人に転じたイザナギの子々孫々の者達の気配。

こんなにも沢山のイザナギの、愛しい人の……。

涙が零れた。
会いたかったアナタ。

こんなにも、空気にも溶け込む程に愛しいアナタはこの私達で造った世界を愛してたのね。

坂下に見える三途の川。
そこに足を進める。
ヒルコには水が必要。
そして、菊理媛の限界を超えた力で出産をした事で、この躰はもう保たない。

しっかりとヒルコを抱き締める。

先に進むのは、生きる為。
先に進むのは、愛する人を護る為。


ヒルコの頬を撫でる。
三途の川に着くと、足を水に浸し入水。

柔らかい水が歓迎して居る様に躰にまとわり付く。
躰が喜ぶ。腕の中のヒルコが微笑んだ。

そして、揺らぐ水面に溶け逝く躰。
水の流れの先に、またイザナギの気配を感じた。
あの人の血潮で出来た命の泉。
その場所に辿り着ける。
そう解ったら安心し、深い眠りに堕ちて行く。

しっかりと菊理媛の魂を抱いたまま。

耳に残るはヒルコの笑い声。

ヒルコに徒人の運命を託し、私は輪廻の道を辿る。

菊理媛との約束も胸に抱いて……。


何かが起こる、そんな予感が確かにあったから。
 
 
*********


神隠れした神達は、すべてをそこに住む者達に押しつけて、ただの傍観者に成り果てた。

だが、それが神と言うものなのだろう。

残された徒人(人間)と妖人(妖怪)のこれからの行方を気にしながらも、“神憑りかみがかり”(神霊が人の体にのりうつること)を受けた菊理媛とその神イザナミは共に輪廻の輪に飛び込んで行った。


限りなく巡る永い道のりの旅。


二人の消えた三途の川はいつもと変わりなく穏やかに、流れ行く。

そこへ男が現れた。

桃源郷に居ない菊理媛を心配し、急いで菊理媛の気配を辿って駆け付けて来たのだ。

「菊理媛!」

悲痛な叫び声。
黒い長髪が風になびいて、その顔を隠す。

その男の名は泉守道者よもつちもりびと。菊理媛と共に岩戸を黄泉比良坂を護って居た男である。

彼は菊理媛を置いて、いつもの様に徒人の冥土への道逝きを助けに行っていた。
桃の香りが染み付いた躰はそれだけでも妖人除けになった。

危険を伴う事故ことゆえに、“護り人”の仕事は菊理媛に任せて居た。

護りたい人であった。
これからも共に居たい相手であった。

心の中に住まう女性であった。
 
 
 
それに気付いた時には、近くに居すぎて告白すら出来なくなっていた。

“護り人”で在る自分の立場を優先し、隠し通して来た。

それが突然居なくなる。
存在が無くなった。

砂地に膝を付き、頭を抱え涙を零す。
三途の川に微かに残る菊理媛の匂いは、自分と同じ桃の香り。

「アァアアア―――……」
雄叫びを上げる。
二人の時間を、幸せに満ちたあの時は、もう二度と帰っては来ない。

「―――優月!」

月を見ては優しい声で歌を歌う。そんな彼女の愛称を“優月”
菊理媛もまた、彼を愛称で呼んで居た。
穏やかで快活な彼を“朗”と。

二人だけの、秘め事。


「何故?!」

菊理媛の気配と共に感じたのは、イザナミ。
そして、川面に浮かぶ“緑の者”がイザナミと菊理媛の強い匂いをまとって居た。

「お前は何だ!?」

気付けば腹まで水に浸かり、緑の者の近くまで来ていた。
 

 
緑の者は、煌めく黒い瞳を細めてそこに居た。

「お前は何だ! 何故、何故、ゆ……菊理媛の匂いとイザナミ様の気配をまとって居るのだ??」

『私は“ヒルコ”』

突如頭の中に聞こえた声に泉守道者は目を見開く。

ヒルコと言えば、三途の川に沈められたイザナギとイザナミの最初の子ども。

「どう言う……事だ?」

『母様が、生み直してくれた。菊理媛の躰を使って』
衝撃を受けて、体が固まる。

「……菊理媛は?」
訊くのが精一杯で、
『力果て、消えた』

ヒルコの答えに怒りが沸き起こる。

「神の勝手で彼女は死んだと言うのか?」

『理由ならば、ある。
私は死を留める事が出来る存在』

泉守道者の怒りが留まる事はなかったが、理由を聞いて少し解った気がした。

それは徒人達の為。
菊理媛はイザナミに、多くの徒人がイザナギで在る事実を告げたのだろう。

そして現在の状況を残らず話したに違いない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

処理中です...