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プロローグ
しおりを挟む人に優しく有れ
そう言ったのは母の優しさだった。
それは善意から人としての在り方を解いたものだ。
母親はそれは優しく可愛い女性であった。
父親はよく言えば普通の男性。貧しい山村で幼なじみと年頃のあった二人は自然と夫婦になったのだ。
そこに燃え上がるような愛があった訳でもなく、ただ適齢期になったので夫婦となった。それが山村では当たり前の事情だった。
最初に女の子が生まれた。
白い髪に金の瞳の綺麗な女の子。赤子の時から美しいと見た人全てが口にするほどの美貌の女の子。
名を“サン”と名付けた。
サンはその白い髪のせいか全身をほんのりと光を発しているように見えた。
そしてとても静かな赤子であった。
どんな見た目でも山村ではただそれだけだ。
髪の、瞳の色が両親と似ていなくても誰も何も思わない。
毎日を食べていく為に畑を耕し、山の実りを分けてもらい獣を狩って静かに生を営む。
生きる当たり前を活きていた。
サンは静かな赤子だった。
何を考えているのか分からない赤子だった。
赤子だから考えていることが分からないのは当たり前なのだが、不気味ささえ感じるほど静かな赤子だったのだ。
山村の中では少し賢い母親はそれに気付いていた。少し鈍く疎い父親は何も考えず毎日を生きていた。
その穏やかであった日々は二人目を宿したことで一変する。
「女の子が生まれるわ」
サンが突然そう言ったのだ。
母親が妊娠を確信した頃でまだ父親にも伝えてはいなかった。
そうだったら良いわね
そう微笑んでサンを抱き上げた。
サンは静かであまり喋らなかった。話せない訳ではなく、あまり話さない。同年代の子どもがいないせいなのかもと不憫に思っていた母親はうるさいほどにサンに話しかけていた。
その中に“人に優しく有れ”と語ることが多々あった。
サンは静かで、聞いているとも分からない表情で母親を見ていた。
それをたまに不気味だと思ってしまうことに母親は罪悪感を感じるようになっていた。それを飲み込みつつ母親は母性でサンを可愛がった。
サンが三歳を迎えた日、私は“聖女”なのと言った。
その言葉通り、溢れんばかりの光がサンから放たれた。サンの家の辺りから緑が芽吹き畑は肥え木の実は実り枯れた井戸が復活した。
食べていくには少し苦しい貧しい山村故にその出来事は珍しく村人を湧かせた。
素晴らしいことだと村人は褒め讃えた。
聖女に目覚めたサンは膨らみ始めた母のお腹に語りかけた。
「あなたは黒髪赤い眼で生まれて来る
あなたは誰にも“優しく”しないといけないの
“優しくしない”と“死んでしまう”の」
それは“呪い”。母親はすぐに気付いたが父親は“予言”だと喜んだ。
そしてサンは妹が産まれる直前に自分に盲信的となった父親を連れ立って王都の神殿へと旅立った。自ら“聖女”だと名乗り出る為に。
母親は一人、二人目を産んだ。
生まれ落ちた子の名はムンと名付けた。
予言の通り黒髪赤眼の可愛らしい女の子であった。
ムンはよく泣くごく普通の赤子であった。
一人の子育ては母親の精魂を疲れさせた。
そして夜泣きをするムンに初めて「うるさい」と小さく呟いた。
すると途端にムンは泣きやみ、ほっとしたのも束の間、見る見る真っ青な顔になる。
そこで気付いた。ムンは息をしていない。
死んで息が止まっているのではなく、自ら呼吸を忘れたように息を止めているのだ。
まだ泣くことしか出来ない赤子が自らそんなことをするはずがない。
そこで思い出したのはサンの“呪い”。
人に優しくしないと死んでしまう
母親は驚愕する。
先程うるさいと言った。イライラし、誰でもするような苛立ちを口にしただけだ。乳飲み子を抱えた母親や家族はそういった感情は普通に生まれ、愚痴のように言葉を零すものだ。
だが、それはムンにとっては人に、母親に優しくないと言うことになるのかもしれない。
賢い母親は瞬時に悟り、ムンをあやす。
可愛い子
優しい子
そう言葉にして揺らすと、少しずつ頬に赤みが指し、ゆっくりと寝息を立て始めた。
ほっとしてそしてゾッとした。
居なくなったサンのことを心底恐ろしいと思ったのだ。
家の周りは未だにサンの名残りで潤っていた。
畑を耕かさなくとも野菜は青々とし、家の側の頭の低い果物の木もたわわと実を付けていた。
井戸水は元より澄んで味も美味しかった。
だから乳飲み子を抱えていても心配なく過ごせていた。
父親が居なくとも心配なく暮らせていた。
畑の、木の実の、井戸水を分けることで村人が飢えることなく、母子の世話も見てくれていた。
だが、サンの残した“呪い”でムンは死ぬかもしれない。
その恐怖は母親を萎縮させた。
その時からムンを家に閉じ込め、ひたすら笑顔で育てた。
言葉を理解出来るようになるまで、
人に優しく有れ
と、その言葉を呪文のように言い聞かせながら。
そのせいか、ムンは柔らかな雰囲気の静かな少女へと育っていた。
サンとは違うムンの静けさは、母親を安心させた。
そして言葉を正しく理解出来るようになったと判断した時、ムンにかけられた“呪い”の何たるかを言い聞かせた。
人を不快にさせると息が止まり、その者が許さない限りそのまま死に至る。
長く考えた末にたどり着いた答えがこれであった。
その時言葉と共に実演して見せた。
ムンに「嫌だ」と言わせて母親は「駄目よ」と睨んだのだ。
途端に息が止まる。
息の仕方を忘れたように口からも鼻からも空気が吸えなくなる。
母親はゆっくりと微笑んで、その背を撫でてやり、優しい子、可愛い子。と声をかける。そうすると許されたように息が出来るようになった。
この時からムンはずっと微笑みを絶やさず、誰にでも優しい慈悲深い者になった。
ならざるを得なかった。
そしていずれは理解者である母親は娘よりも先に逝くのだと悟ってもいて、生きていく為に徐々に家の外へと出て生活を始めた。
生きる為に活動し始めたのだ。
だが、ムンにとっては外で人と関わることは苦痛でしかなかった。
ずっと気を抜けない生活はムンを疲弊させて行く。
だがそれも、慣れとは不思議なもので、徐々に誤魔化し息抜くことを覚えた。
毎日繰り返す生活のリズムに、穏やかな村人たちに自然で居られるから“呪い”も気にならなくなっていった。
そうしてムンが15歳になったある朝、こうした日々が壊れたのだ。
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