鬼に成る者

なぁ恋

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精鬼

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共感する様に薔薇は揺れて慶子を優しく包み込む。
慶子は濡れた赤い唇を密やかに歪めほほ笑む。

「アナタ達は優しい」
薔薇の柔らかい花弁に倒れ込み、瞳を閉じる。
この香りは癒し。
そして全て。

そうして長い時間ときを二人で過ごして来た。
互いの存在を意識しながらも、交わる事のない日々を。



昔はそうではなかった。

慶子は慶子で、
守恵人は守恵人で、
生きて来た。

「戻りたい」
小さく呟いて瞳を閉じる。瞬く間に慶子は守恵人に。
「慶子……あの男は特別な体を持っている利用出来るかもしれない」
口端を上げて笑う「邪魔な訪問者を食らってから、彼を貰うとしよう」

薔薇の赤に浮かび上がる白い体。
それは炎の様に揺らめいて、やがて赤に溶けて見えなくなった。


「守恵人「慶子」」


互いを呼ぶ声が重なり消えた。


悲しい恋人達は、互いを求め彷徨う。
この、かつて幸せだけが溢れていた花園で以前と同じ幸せを求めて。
“精気”をむさぼり、永くを生きながら。

“鬼”と成る事で、互いを失わない様に。
いつかは訪れる平穏な日々を夢見て。

“夢を現実”に出来るかもしれない“もの”を手に入れたのだから。
 
*********


男と少女の姿が視える。
ライが送って来たイメージ。

雨足が小さくなって行くにつれ、館全体が見渡せる様になると、古い屋敷それ自体が“鬼”を感じられた。
整えられた庭の隅にある温室に異様な雰囲気を感じ眉根を寄せる。

「“朱色の鬼”は建物にある。
なのに温室から感じるのは……幾つもの“魂”?」

ライは今の所大丈夫だと確信し、まずは自分を呼んで居る様な雰囲気を放つ温室へ向う。
   
そう、は呼んで居た。

雨に濡れた地面に降り立つとゆっくりと足を進める。
操られている様にも見えたが、前を見据える金の瞳には他を寄せ付けない強い光を放っている。

温室の前に立つと、そのガラス扉が自然と開く。入っておいでと、誘っている様に大きく開け放たれた。

温室内から生暖かい風が吹き抜け全身を撫でる。赤い長髪がなびき、警戒する瞳は金の光をさらに強めた。
拳を握ると中へ入る。

背後から扉の閉まる音が小さく響いた。

赤い真っ赤な薔薇の園。それは“血の海”にも見え、意思の無い筈の植物がゆっくりとうねり出し中心辺りから白い塊が覗くとやがて人の形を成す。黒い短髪の男に。

彼は闇色の瞳を細めて「初めまして。まほろば」言いながら体を曲げ、優雅なあいさつをした。 
  
  
上がった顔は少女のほほ笑みに変わっていた。「始めまして。まほろば」

二人は一人の存在。

「お前達は、朱色の鬼の血をひくモノ……」だから“ココロ”を見透かす。

ざわめく薔薇が波打ち、刺のある茎が鞭の様に伸び素早く強く手足の自由を奪われた。
「く……」腕に力を入れるが、比例する様に薔薇の引く力も強くなる。無数の鋭い刺が、カタいまほろばの皮膚に傷を付けた。
鬼の肌に食い込む刺から血が滴り落ちる。

「綺麗」少女、慶子が唇を一舐めした。
「額にあるのは“鬼の角”?」言いながら額の角に手を伸ばされた。

触れられた瞬間。

視えた。
泣き叫ぶ男。守恵人の姿。


*********


百数十年前。
この洋館には貴族が住んで居た。

それが、慶子。

守恵人は、慶子付きの小間使い。
男性ではあったが慶子の幼馴染みで、お気に入りだった為に一人娘に弱い父親が許し迎え入れられた。

そして、
二人は秘密の恋人に。


穏やかに過ごす薔薇の園の二人の時間。
とても幸せだった。
二人で居られるだけで。
それは、永遠に続くと思っていた。 
 
 
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