77 / 210
虎之介奇譚
18
しおりを挟む*虎之介side*
家に帰ると、桃井家の皆が顔をそろえていた。
「虎之介。お前はどうしたいんじゃ?」
じぃちゃんが訊いて来た。
「正直、顔さえ覚えて無い母の為に、何て冷たいかもしれないけど、それだけじゃ帰る理由にならない。
けどさ、龍太郎の為になら少しの間なら――」
「丁度良いと思う」
桃井の母が口を開く。
「私、妊娠したの」
それはにこやかに告白する。
「嘘じゃなく?」
父さんが驚きの顔。
それはそうか。長く不妊の治療をしてた。それでも出来なかったから僕が養子に来た。
「本当。二ヶ月目に入るの。安定期になってから言おうと思ってたけど、丁度良いタイミングだと思ったから」
母さんの言葉には含みがある。僕への……
僕はいらないって事かな?
「僕は、市松へ行くよ」
「そうか。いつでも帰って来たら良い」
じぃちゃん。
優しいじぃちゃん。
貴方の言葉は本心からだと解る。
でも、
帰って来たところで僕に居場所があるとは思えない。
なら、僕を必要としてくれてるところに行く。
虚無感が、全身を冷やす。
指先を引っ張られ目をやると龍太郎が心配げにこちらを見て居た。
初めて会う弟。
それは案外と安心出来た。
掴んで来た指先から手を引き握り返す。
大輝。
どこに居るの?
………………………
***
「虎之介」
出会ってからすっかり成長した龍太郎。
見上げる形になる。
「デカくなったわね」
「何を今更」
そうね。
23年は経ってるかしら?
「そう言えば、浮いた話の一つもないの?」
龍太郎も37歳。
恋人が出来たって聞いた事ない。
「―――誰のせいだと」
「え?」
難しい顔をしている。
時々、こちらがドキッとする表情をする。
「それなりに、付き合ってはいる」
それ以上は訊けない雰囲気。
「虎之介」
大輝が帰って来た。
温かくなる気持ち。
*龍太郎side*
大輝が帰って来て良かった。
こちらの気持ちを知ってか知らずか、相変わらずな虎之介に腹が立つ。
久々に会いに来た、若返ったその姿は、秘めた想いを揺らすには十分だった。
付き合ってる人?
躰だけの付き合いならしてる。
それも、男女問わず、気付いたらどちらも恋愛対象になっていた。
恋愛?
思わず笑う。
恋愛なんてした事がない。
「なあに? 思い出し笑い? あ。もしかしてアンタ童貞??」
なっ!
不意をつかれて熱くなる頬。
「何の話だ?」
大輝の助け船。
「いや、未だに恋人出来たって話聞かないからさ」
「それは、それなりに付き合いはあるだろう?」
「理想のカップルが目の前に居る。そうなれる相手はそうは見つからない」
想い想われ、
虎之介の姿が変わって行った時も、大輝は変わらない愛情を注いで居た。
だから、虎之介は壊れないですんだ。
母の、病気とは言え、
感情の起伏の激しかった死ぬまでの年数は、虎之介にとって苦痛以外の何ものでもなかった。
脳腫瘍で手術も出来ず、余命わずかと言われて3年、生きた。
思えば“天狗の力”は母が吸い取ってしまったんじゃないかと思う。
虎之介を糧に生き延びた母。
最後は、父に看取られ死んだ。病気になってから老け込んでた母の死に顔は、少女の様に若々しかった。
それに比例して虎之介の容姿は歳のわりには老けて、髪も薄く成り始めていた。
虎之介と再会した母は、死ぬ気配さえなく、虎之介を傍に居させ放さなかった。
仕事の合間に父が来た時だけが息抜きが出来、俺と“移動”した。
大輝に会いに村へ行ったり、空へ飛んだり。
不思議と、父が居なくなると同時に引き戻された。
引き戻されたんだ。
あの引っ張られる感覚。忘れられない。
それから徐々に“移動”出来なくなって行った。能力が弱くなり、虎之介も力無く虚ろになって……
母が亡くなった時は、正直、ほっ とした。
母は死ぬ気配が最後まで無かった。
父が、二人にさせてくれと、言って閉じた襖。
出て来た時、母は息を引き取って居た。
現在、その部屋を父が使っている。
父は、病院で検査しても身体のどこにも悪いところがないのに、吐血したり、動けない日があったり。
久々に現われた虎之介を見ていると、懐かしさと共に母を思い出す。
何故だろう?
嫌な感じがする。
父の居るあの襖の向こうが、いやに気になる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる