鬼に成る者

なぁ恋

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夢乱鬼

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程無くして“招待状”が届いた。
問題無く受け入れる準備が出来たと。

窓を見るとまた雪がちらつきはじめ、外気と室内の温度差で曇る窓を手の平で拭う。

「こちらも準備万端整っています」

この身一つが私のすべて。
雪が降る。
白い雪は無垢な乙女の様で。
指の筋の出来た窓が水滴を流す。それは誰かの涙みたいに。

 
 


「明後日の新幹線で行きます」

龍太郎の何とも言えない表情に後ろ髪を引かれる。

「そうか。送る物は?」
「何もありません。このトランク一つと私自身だけ」

「あちらの情報は何かあるのか?」

「いえ」

「そんなんで……行くのか?」

心配は良く分かる。

「私は大丈夫ですよ。行き来は出来ませんが、手紙を書きます。
そうだ。一つ分かっているのは、あちらの名字。
月頭つきがしらと言います」

月の加護を受けて居るとか。

「月頭。道彩は、月頭 道彩に?」
「さぁて、兎にも角にも、あちらに入ってからの話になる」

市松の家を出る。
龍太郎から身を隠していた時でさえ、この家を何度か訪れた。

古い漆喰の壁、大きく太い柱。
一つ一つを確かめる様に撫でる。
ゆっくりと、市松との別れを。
これからの自分を想像しながら、目を閉じて。


この土地の息遣い。
空気感。

100年私を育んでくれた者・物達。

「道彩……寂しくなる」

いつに無く甘えた声の弟に切なくなる。

「私も寂しいよ」

それでも笑顔を向けて、
「お互いにまだ長い年月を生きるんだ。その内に再会出来る日が来るだろう」

「それは予知か?」

「……そう有って欲しいな」
 
  
何かを始めるにはかなりの気力と行動力がいる。

出発前夜、兄弟と主様達が集まっての食事会を開いた。
料理上手な虎之介と大輝の振舞で、大量の料理と酒で陽気な雰囲気で癒された。

兄弟は、不思議と男性ばかりで、現存の兄弟は6人。今中心の龍太郎と虎之介。同母の65と、57歳。それから、夫婦の形を取らなかった女性との間の兄弟が51と52歳。
これらは能力の目覚めの在った兄弟。人として死んだ者はまだ数人居たが、そこからその子ども、孫まで数えて行くと100名を越える。
更に父の兄弟の血族を辿ると千人を優に越す。
すべての市松の名を持つ者は“鬼の血”を監視し、必要とあれば退治する。
代々、迷い無く続いて来た。信念の市松一族。



「道彩。身体には気を付けて」
酒を注ぎに来た年長の弟、随喜ずいきが目を潤ませる。

「お前もな。龍太郎を支えてやってくれ」
「もちろん」

「俺の事も忘れんでくれな?」
満面の笑みの才覚さいかくが肩を抱いて来た。

「道彩は変わらないなぁ」
招聘しょうへいは赤らんだ頬を膨らませて、お猪口を当て鳴らした。

静かに座する招聘の弟、明人みょうじんは、不貞腐れた顔付きでこちらを見つめて、
「道彩は我慢ばかりだ」
つぶやく様に言った。

「私は長男だからな。多少の我慢ならしたが、自由に生きて来たよ」

本心。我慢を強いられた事は無いし、するとしたら自分の為に。
我慢よりも我侭わがままに生きて来た。

「今回も私のわがままを通させて貰うよ。
お前達四兄弟は、これから龍太郎を助け使命を真っ当してくれ」

「分かって居る」随喜が力強く頷いた。

「虎之介、あれもたぐいまれな瞬間移動能力の持ち主、大事に育ててやってくれ」

「幼く見えるな」才覚が見たままの感想を言う。

「ちょっとした事から、肉体的に若返ったからな」

皆が視線を送るから、虎之介が不思議そうに首を傾げる。

「道彩といい、羨ましいな」
招聘はそう言うが、
「お前達も見た目と年齢が比例していないだろう?」

ここに集った者は皆、年齢よりも20は若く見える。
  
「それに私が居なくとも、主様方が力を貸して下さる。
お二人は角を持った鬼。角が無くても鬼に成られたお二人。
ここまで力の在る者達が居て下さる。
だから私は何も案ずる事なく旅立てる」

楽しみでさえある。

手に持った猪口の中に揺れる冷酒。
そこに映る私の顔は、笑っていた。
見えるとは、やはり良い。







****
……………………… 


腰まであるフワフワの綿毛の様な長い金髪。
頭上には真っ赤な大きなリボン。
柔らかそうな桃色に染まった頬が丸く幼い少女は小さく笑った。


「貴方が私の?」



****


出発の朝、視た夢。

背広に手を通し、襟を正す。
夢は“予知夢”これは確信。


「道彩、送ろう」
龍太郎が顔を覗かす。

「ありがとう」
素直に従い外へ出ると、門の外に主様方が並んでいた。

「皆様、早朝からありがとうございます」


「これは最後じゃないよな?」

元気が夕陽色の髪を揺らして近付いて来た。

「一緒に行きますか?」

固まるのが分かる。
彼は何故かからかいたくなる。

解ります。元気は純情だから。面白いのよね。
道彩兄さん、龍太郎の事は、私に任せて下さいね」

綺麗な笑顔を寄越す樹利亜に頷きを返す。
「貴女に任せれば安心ですね」

「あちらで何かあれば呼んでくれ。すぐに行く」

物静かな主様の約束は絶対だろう。
主様に寄り添うライ。近くに居るだけで、未だに感じる力の余韻。魂が近い証拠だと解る。

「道中気をつけて」
「ライ様も、お元気で」

車のドアを開けてくれた大輝。彼も来てくれた。

「大輝さん、虎之介は?」
「後程顔を見せると思います」

その言葉に深くは考えず、虎之介を頼むと声をかけ、車内に乗り込む。

窓から見える幾日も共に居なかったが、大切と思える仲間達。

最後に会釈し、市松を後にした。
 
 
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