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幽鬼
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しおりを挟む虹ちゃんも私に慣れてくれて、可愛いくて。
それが、この一週間程、虹ちゃんの様子がおかしい。
食事も、飲み物も口にしない。私からだけ食べないなら、それなりの対処が出来るのに、父親からも受け付けない。
それでもぐずる様子もなく、満足気にしている。
何も食べていない筈なのに、お腹が空いたとむずがる事もない。
ただ、昼間寝ている事が増えて、先生が言うには、夜中に起きているらしい。
それから三日経ち、先生の態度もおかしくなる。虹ちゃんは元気なのに父親は弱っていってる気がした。
それに、もう家には来なくていい。と、言われて。
どうしたら良いのか分からなくて…………。
一気に話して涙が零れる。
孝志さんが玄関口で言った言葉が頭から離れない。
『もう君に用はないんだ。
もう……君が居なくても大丈夫だから』
拒絶された。
今までの事は、全てなかった事みたいに言われて。
辛くて、辛くて。
辛くて……。
*
*ライside*
佳乃の涙がぽろぽろ頬を伝い落ちる。
辛い気持ちが溢れてこちらまで辛くなる。
「私何かしたのかなぁ?」
まほろばが泣きじゃくる佳乃の横に座ると、その背中を擦る。
「大丈夫だ」
ただそうしただけ。
まほろばの“癒し手”が佳乃を落ち着かせる。
「佳乃は何も悪くないよ。強いて言えば“朱色の鬼”が佳乃が邪魔でさせた事だ」
「朱色の鬼?」
「悪鬼。鬼の血をひく者が悪に、或いは哀しみに染まった時、“朱色の鬼”に成る」
まほろばの説明に首を傾げる佳乃。
「礼みたいに?」
「ボクは……そうだね。誰でも朱色に成り得る。成るつもりはないけどね」
そう言った危険性があるのは否めない。
「ごめんなさい! そんな意味は無いのよ?!」
慌てる佳乃に笑みを送る。
「大丈夫。ボクにはまほろばが居るから。
彼が傍に居ればそれだけで強くなれる」
それは諸刃の剣だけど。
ボクはもっと、内面から強くならなけりゃいけない。
まほろばがボクに笑顔を向けてくれて、思考が戻る。
佳乃に視線を戻し、
「安心して。ボク達は専門家だから。
先生は間違いなく“朱色の鬼”に取り憑かれてる」
それは恐らくは虹の母親。幽霊と言われる部類だろう。
話だけでは内部まで判らない。
すぐにでも様子を見に行かなければ。
「先生の所へ連れて行って貰える? 今すぐに。」
「今日は……家に居ると思うわ」
****
それは学校に程近い場所の4件建ての小さなアパート。
昼前だと言うのに、アパートの周りは何故かほの暗い。
民家の間にある、車が一台通る程の道奥に建った小さなアパート。両脇にアパートより高いマンションが建っていて、その後ろは空き地。
少しは光が暗くなるのは判る。
だが、明らかにそれとは違った“空間”が出来て居た。
「居るな。二階の右側」
まほろばの見上げた先の部屋。
ドアから暗い影が浮き出ている。
「あそこがそう。虹ちゃんが居る。先生も……」
佳乃の暗い顔。
佳乃には明るい笑顔が似合ってるんだ。
「大丈夫だ。ボク達に任せて! 佳乃はここで待ってて。まほろば、行こう」
頷いたまほろばと階段を上がる。
朱色の鬼の鬼気が、肌を刺す様に危険な程感じられた。
中迫先生。
ボクの先生のイメージは静かな人。
たいして気にもして居なかったけれど、思い返せば二年の時転勤して来て担任になった時は様子が違った。
何事にも真剣に取り組んでた。
それが変わったのは三年になってボクがいじめられ始めた頃から。
佳乃の話から、理由は奥さんを亡くしたからだと理解出来た。
悲しみは、その人にしか分からない。
扉の前に立ち、佳乃から預かったカギを差し込む。
そのカギからもピリピリとボク達を拒否する思いが伝わる。
けど、
放っとく訳にいかない。
佳乃の想いを背に受けて、扉を開ける。
体に巻き付く様に鬼気が押し寄せて来た。
それは、哀しい想い。
辛い想い。
“想い”が強くて、引きずられる。
良いだろう。
視る事で解る事がある。
背後はまほろばが守ってくれているから、抗わず、“想い”の渦の中へ。
****
‥‥‥‥‥‥‥‥‥
辛い。
暗い。
私はここに居るのに……。
そこに存在して居ない。
確かに自分はここに居るのに、
誰も気付かない。
それは恐怖。
愛しい人。
孝志。
隣りに座り話しかけても気付かない。
虹がぐずる。
母乳は溢れているのに吸おうとしない。
何故?
私はここに居るのに。
何故無視するの?
何故?
……その女は誰?
何故?
私の赤ちゃんを抱っこしているの?
何故?
私の居場所を我物顔で独占してるの?
何故?
私はここに居るのに。
私を無視するの?
哀しさが怒りに変わる。
それは体を燃やす炎になる。
場面が変わる。
*
*孝志side*
ガタガタッ―――ドンッ!!
大きな音に驚いて外へ飛び出す。
見慣れた廊下から階段へそこを覗き愕然とする。
一階まで転げ落ちた光子が……光子の頭が体とはあらぬ方向へ向いていて、見開いた眼には生の光りは消えていた。
死んだのだと、すぐに判った。
頭で理解出来てもココロが拒否する。
ついさっきまで、一緒に話していた。
一緒に食事し、ゴミを出して来ると笑顔で外へ出た。
産後だから無理するな。俺が行く。
と言ったのに。
運動しなきゃ。太り過ぎたの。
と笑って言った。
どこからかサイレンの音が近付いている。
目の前の出来事がどうしても受け入れられなくて……。
その横たわった体に触れる。温かい手の平を握る。温かい頬を撫でる。
一階の住人が俺の肩を揺すり何か話しかけて来るが、何も聞こえない。
救急隊員が光子を連れて行く。
嘘みたいに、
現実味がない。
「ホギャアァ―――」
虹の声が、泣き声だけがリアルに耳に届いて。
体は自然と動き、二階へ自宅へと足が進む。
すると周りの声も聞こえて来て、
「一緒に行かないのか?」
隣人が訊く。
「娘が泣いてるんだ。病院の名を訊いていてくれ」
それ以上誰も声をかけて来なかった。
娘を抱いて揺する。
指をしゃぶる姿に母乳を欲しがっていると判る。
ついさっきまで、妻は生きて居た。
まだ彼女の匂いがする室内に溜め息が出る。
不思議と涙は出なくて、あの玄関から「ただいま~」と光子が現れそうで。
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隣りに俺達をほほ笑み見る光子の気配を感じて居た。
まるで、何事もなかった様に。
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