海辺の光、時の手前

夢野とわ

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十一時五十一分

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廊下に出ると、生徒たちが集まっていた。
「山口怒ってなかった? 山口最近怒りっぽいよね」と、女子生徒の崎田美咲が言っていた。
「うん。ああいうのってカルシウムとかが足りないのかな? なんか奥さんが、味噌汁とかに粉末を黙って入れるのとかを思い出さない? そういうニュースとかって、最近あるよね」と、もう一人の女子生徒の戸川奈津美が言った。
「うん。そんな感じする」と崎田が言った。
雨は、まだ窓の外でぼつぼつと大粒で降っている。暑さの上に、湿気までやって来て、気分が良くなかった。
有紀が窓辺で目を細めて、遠くを見ていた。僕は近寄り、声をそっとかけた。
「長谷川さん」
「高梨くん?」
そう言って、有紀がにっこりと笑った。
「何見ているの?」
「ううん。ただの雨」
「しつこいし、良く降るよね」
「そうね。しつこい雨……」
有紀がそう言い、ため息を一つついた。夏の熱気と、湿気で、視界が青白く染まっている。
「ねぇ」と、有紀が静かに言った。
「何?」と、僕が言った。
「夏って退屈ね。夏っていやな季節。早く秋がやってくれば良いのに……」
僕には、普段よりも有紀が落ち込んでいるように見えた。僕も静かにうなずいた。
「音楽室に行ってみない?」と、有紀が僕の制服の袖を軽く引いた。
「どうして?」と、僕が言った。
「おもしろいものを見つけたのよ」と、有紀がいたずらっぽく笑う。
それから、有紀に袖をつかまれたまま、僕は音楽室に向かって行った。

音楽室では、静かに時が流れていた。
有紀は、つかつかと音を立てて、教室の端まで歩いた。
「ビートルズ試験に出るんだって」と、有紀が言う。
「そうなのか」と、僕が落ち着いて言った。
「気に入っている曲とかある?」と、有紀が僕に聞いた。
「分からないな。ずっと生まれる前だし」と、僕が言った。
「私も同じ。そうよね」と、有紀が言った。
有紀が、そっと教室の隅の置時計を、持ち上げた。十二人の小人が、彫られていて、秒針が十一時五十一分で、止まっている。
「そんな時計あったっけ? 先生のかな?」と、僕が言った。
「違うわ」と、有紀が急に強い口調で言った。
「ずっと昔から、ここにあるのよ」と、有紀が続けて言う。
「へえ」と、僕が少しためらいながら、言った。
有紀が、ふうと息を吐いて、置時計のホコリを飛ばした。
それから、キュッキュと、ハンカチで、置時計の表面をふいた。
「めまいがする」と、有紀が急に言った。
「大丈夫? どうしたのかな?」と、僕がとまどって言った。
「大丈夫じゃないわ。嘘。大丈夫よ……」と、有紀が言って、また笑った。
僕もそっと、手を置時計に伸ばすと、一瞬有紀の手に触れてしまった。有紀が、手を引いた。
置時計に手を重ねてみる。こうしていると、なぜか有紀が言った通り、不思議にめまいに似た感覚がするようだった。
「こんな時計どうしたのかな? 音楽室の備品だと思うけれど……」と、僕が言った。
「ええ」と、有紀が言う。
次の授業が、始まりそうになったので、僕らは音楽室を静かに出た。
あの置時計は、そっとまた元の場所に、戻しておいた。
授業の開始を知らせる、定刻のチャイムが、勢い良く響いた。
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