熱帯魚

夢野とわ

文字の大きさ
3 / 12

ロマンスグレーとジミヘン

しおりを挟む
   講義が終わりの時間になると、立花が近づいてきた。
「みきと君。ギター上手くなった? レスポールタイプのギターあげたんだから、ちゃんと練習してよね」
「うん、まあまあ。本当に、まあまあ……」
僕がまあまあを繰り返すと、立花が、ふふん、と笑った。
立花洋子は、大学の「現代ロック研究会」という、軽音楽サークルに所属していて、僕に要らなくなった、ギターをくれたのだ。
立花洋子は、入学式の席で、隣に座っていた女性だった。少し話しがはずんで、どこのサークルに入りたいだとか、国文科に入ったからには、好きな作家とか文豪は誰か、という話しをして、親しくなった。
立花は、その後勧誘されるがままに、現代ロック研究会に入り、今は三年間続けた、女性ベースを担当している。
僕は、結局どこのサークルにも、入らなかった。
「貸した、ジミ・ヘンドリックス聴いた?」
「うん、それはちゃんと聴いたよ」
そう言うと、立花が、ふふん、とまた満足げに笑った。
「就職活動、大丈夫みたいね。内定でそうだって。おめでとう、みきと君」
立花が、遊びすぎて落ちたりしないのよ、と好きなことを言って、そのまま教室から去って行ってしまった。
僕は、しばらくまたぼんやりとすると、そのまま後を続けて出ていくように、教室を出た。

次の講義まで、二限空いているから、街へ出た。
近ごろ、気になる雑貨屋が出来たのだ。
街へ出ると、牛丼店とか、ゲームセンターとか、あちこちで人が賑わっていた。
珍しく僕は、いらいらとしていて、平日の昼間なのに、なんでこんなに人が多いのだろう、とか、思っていた。
牛丼屋に入って、珍しく安い牛肉を食べた。普段は、あまり入らないのだが、急に空腹をおぼえたのだ。もそもそと米を食べていると、かれんのことが急に頭にうかんだ。
かれん。
そう、かれんは、モーツァルトのピアノ・ソナタと、ドビュッシーのアラベスクが、好きだった。
あの後、高校を卒業するあたりから、僕はクラシック音楽とか、ジャズを聴き始めて、いっぱしの音楽通を、気取るように、なってしまった。
ドビュッシーの、CDやレコードも、色々集めて聴いた。
夜中に、その静謐な音楽を聴いていると、かれんの思い出が、清潔な感情のまま、甦ってくるのを、感じた。
かれん。
そう、彼女は、初めて会った時から、僕のことを好きであったに違いないのだ。
それは、仄かな姉のような心であったのかもしれなかったが、それは僕も同様であった。
ぬるい冷たい緑茶を、コップから飲み切ってしまうと、そのまま店を出た。
そのまま、疲れが抜けない体を抱えて、ふらふらと都内の街を歩く。
その雑貨屋は、元レンタルビデオ店と、レコードショップを兼ねていた、店を潰した後に出来たので、色々と、音楽のものが、充実している店だった。
内装も、無機質な音楽ショップのようなものではなく、木の温もりがある、都会としては、珍しいお店だった。
最近は、インターネットのウェブ・マガジンにも、洒落た店として、取り上げられるようになった、らしい。
月末には、音楽好きの客を集めて、お茶とお茶菓子を出して、「音楽カフェ」の集会のようなことも、催しているらしい。
僕は、そこまでしなくても、とお節介なことを、思っていたが、それも人気の理由の秘訣のようなものになっているらしかった。
そう――思いながら、雑貨店に来た。
あと、一限ちょっとで、また大学のキャンパスに、戻らなければいけなかったので、ちょっと見たら、帰ることに、決めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...