【第3章完結】顔がいい上司が、なぜか俺にだけ甘い

只野 唯

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第1章

第2話 本気で口説いてるらしい

 ――ほんと可愛いよね
 エレベーターの中でそう言われてから、俺の頭はずっと混乱していた。

「男ですよ俺」

 それはもう言った。
 湊課長も「知ってる」と言った。
 じゃあなんで「可愛い」なんだ。

 
「小林」
 
 会社の外に出て少し歩いたところで、また名前を呼ばれる。
 
「はい」
「ぼーっとしてる」
 
 図星だった。
 
「いや……その」
 
 なんて返せばいいのか分からない。
 可愛いって言われたことが頭から離れない、なんて言えるわけもない。
 
「ここ」
 
 湊課長が立ち止まったのは、会社の近くの小さなカフェだった。
 夜遅くまでやっている店らしい。
 
「よく来るんですか?」
「たまに」
 
 ドアを開けてくれて、先に入るよう促される。
 それだけなのに妙に紳士的で、なんだか落ち着かない。
 席について、コーヒーを注文する。
 
「で」
 
 湊課長が肘をテーブルについた。
 
「さっきの続き」
「え?」
「小林が俺のこと避けてる話」
 
 思わず視線を逸らした。
 
「避けてません」 
「でも目、合わせない」
「……それは」
 
 言葉に詰まる。
 だって。
 湊課長と目が合うと、周りの女子社員の視線が痛い。
 それに――
 
「緊張するんです」
 
 つい本音が出た。
 湊課長が一瞬黙る。
 
「俺に?」
「はい」 
「なんで」
「……顔がいいから」
 
 言ってから、しまったと思った。 
 湊課長は一拍置いて、声を出して笑った。
 
「正直だな」
「からかわないでください」 
「からかってない」
 
 コーヒーが運ばれてきて、少し沈黙が落ちる。
 俺はカップを持ち上げながら、ちらっと湊さんを見た。
 やっぱり顔がいい。
 整った目元。
 長いまつ毛。
 横顔まできれいだ。
 女性社員が騒ぐのも分かる。 
 その人が、今俺の向かいに座っている。
 
「小林」
 
 また呼ばれる。
 
「はい」
「今、顔見てた」
 
 思わずむせた。
 
「ち、違います」
「いや見てた」
「見てません」
「見てた」
 
 子どもみたいな押し問答になる。
 湊課長は楽しそうだった。
 
「別にいいよ」
「何がですか」
「見ても」
 
 さらっと言われて、言葉に詰まる。
 
「俺も見てるし」
「……は?」
「小林のこと」

 またそれだ。
 さっきから、距離がおかしい。
 
「なんでですか」
 
 思わず聞く。
 湊課長はカップを持ったまま、少し考えるように目を細めた。
 
「気になるから」
「それ理由になってます?」
「なるだろ」
 
 当然みたいに言う。
 
「小林、面白いし」
「普通ですよ」
「あと」
 
 湊課長が少し身を乗り出した。
 テーブル越しなのに、距離がぐっと近くなる。
 
「可愛い」

 またそれだ。
 
「男ですよ」
 
 反射的に言う。
 
「うん」
「何回言わせるんですか」
「何回でも言うよ」
 
 湊課長は、さっきと同じ顔で言った。
 
「可愛いから」
 
 言葉が出ない。
 からかわれてるのかと思ったけど、目は全然ふざけていなかった。
 むしろ。
 すごく真面目だった。
 
「小林さ」
「はい」
「彼女いる?」
 
 一瞬、心臓が変な音を立てた。
 
「いません」
「ほんと?」
「ほんとです」
「好きな人は?」
「……いません」
 
 湊課長はそれを聞いて、なぜか少し安心したみたいに笑った。
 
「そっか」
「なんでそんなこと聞くんですか」
 
 すると湊課長は、コーヒーを一口飲んでから言った。
 
「いや」
「チャンスあるかなと思って」

 今度こそ、完全に固まった。
 
「……え?」

 湊課長は、いたって普通の顔をしている。
 でも。
 その視線はまっすぐ俺に向いていた。
 
「小林」
 
 静かに名前を呼ばれる。
 
「はい」
「俺さ」
 
 ほんの少しだけ笑って。
 
「結構本気で口説いてるんだけど」
 
 俺の思考は、完全に停止した。
 
「……へ?」
 
 間抜けな声が出る。

 湊課長は、いつもと同じ落ち着いた顔でコーヒーを飲んでいた。
 でも、その視線だけは真っ直ぐで、逃げ場がない。
 
「小林」
「はい」
「困ってる?」
「……はい」
 
 正直に答えると、湊課長は少しだけ笑った。
 
「そりゃそうか」
「だって急すぎます」
「うん」
 
 あっさり認める。
 
「でもやめる気はない」
 
 さらっと言う。
 言葉が出ない。
 
「小林」
「はい」
「嫌だったらちゃんと言って」

 その言い方は優しかった。
 押しつけるんじゃなくて、ちゃんと逃げ道を残してくれる。
 
「……嫌ではないです」

 気づいたらそう答えていた。
 湊課長が少しだけ目を細める。
 
「ほんと?」
「はい」

 嘘じゃない。
 混乱はしてるけど、嫌ではない。

 むしろ――
 
「……分かんないですけど」
 
 そう付け足すと、湊さんは小さく笑った。
 
「それで十分」
 
 店を出ると、夜の空気が少し冷たかった。
 並んで歩く。
 さっきまでと同じはずなのに、少しだけ距離の意味が変わった気がする。
 
「送るよ」
「大丈夫です」
「送る」
 
 有無を言わせない感じで言われて、結局そのまま一緒に歩くことになった。
 駅が見えてくる。
 改札の前で足を止める。
 
「じゃあ」
 
 俺がそう言うと、湊課長は少しだけ頷いた。
 
「今日はありがと」
「いえ……」
 
 少し沈黙が落ちる。
 何か言うべきなのに、言葉が出てこない。

「小林」
「はい」

 名前を呼ばれて顔を上げた、その瞬間。
 ――肩に、そっと触れられた。
 ほんの一瞬。
 でも確かに、指先の温度が残る。

「またな」
 
 それだけ言って、湊課長は手を離した。
 改札を抜けてからも。
 なぜかその場所だけ、ずっと熱かった。
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