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第五酒『荷札酒』
第五酒『荷札酒』第五章
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「――戦か。水や食糧、土地を求めて同種で殺しあうなど人間は愚かな生き物よな。古から人間の争いを視てきたが、久方ぶりに御山を降りてきてみれば日ノ本は穏やかで驚いたものじゃ」
「そうですね、私たちがこうやって平和に暮らしていけるのも幸江さん世代の方々が二度と戦争をしてはいけないと教えてくれたからだと思います」
紫は幸江さんの言葉を思い返しながらそう告げる。境内に静寂が戻り、秋風が一人と二匹の身体を撫でた。
――二匹……?
「――しかしながら戦争の記憶もああやって風化していくものだ。人間は本当に短命な生き物だな」
沈黙を破るように低い声が響いた。明らかに紫とおおかみさまの声帯からは出ない渋い声色だった。
紫が3cmくらい飛び上がって驚いてる間に、おおかみさまは素早く声の発生源に踵を返して叫ぶ。
「狸風情が不意をついたつもりか!其処を動くなよ、我の牙で噛み砕いてくれるわ!」
一呼吸遅れて紫も振り返ってみると、御社殿の石段に初老の男性が座っている。
灰褐色の髪と髭は秀麗に整えられているが、濃紺の着物と羽織は着崩しており手元には煙管が握られている。おおかみさまの様に耳や尻尾は生えておらず、街中で見かけていたらハイカラな男性としか思わなかっただろう。
しかし神同士何かしら感じる物があるのか、おおかみさまは今にも飛び掛かろうと間合いを図っている。目前の男性が件の土地神だと確信している様だ。
「――おいおい、止してくれよ。俺は視ての通り非力なおじさんだぜ。見目麗しい嬢ちゃんが来てるから顔を出しただけだ。まあ落ち着けよ狼、ボロい神社なんだ暴れられたら壊れちまう」
「そうですよおおかみさま、初対面の人……いや神様に威嚇するのは失礼ですよ」
紫は男性との距離をジリジリと詰めているおおかみさまを後ろから抱きついて止めておく。華奢な体躯のおおかみさまは紫の腕にすっぽり収まってしまったが、なおも進撃を止めようとしない。
「放せ紫、彼奴の頭蓋を噛み砕いてくれるわ!昔から狸どもは嫌いなんじゃ、のらりくらりと弄びおって小賢しい!」
「もうじたばたしないで下さい。これ以上騒ぐようなら晩御飯抜きにしますよ」
紫の手の中で必死にもがいていたおおかみさまだったが、晩御飯の話を出されてしまい耳と尻尾をしなしなさせて不貞腐れてしまった。
煙管で葉煙を燻らせる男性は、一人と一匹の様子を眺めながらひどく楽しげに笑っていた。
「ははっ……なかなか良い主従関係じゃないか狼。主の方がしっかり尻に敷かれているようだがな。
――今日わざわざ顔を出したのは他でもない、お嬢さんにちゃんと礼をしておきたかったんだ。昨日は掃除してくれて感謝する。こんな寂れた神社だが俺の家だからな。
まあついでといっては何だが、嬢ちゃんについてる土地神も視ておきたかったんで煙を吹きかけておいたんだが……」
男性は拗ねてしまったおおかみさまと紫を再度視ながら昔を懐かしむ様に眼を細めた。
「――未だに我々を"視る"事ができる人間が居たことにも驚いたが、お嬢ちゃんは俺たちが怖くないのかい?
人の姿に化けてはいるが仮にも神様だ。そこの狼も俺もお嬢ちゃん一人簡単に屠れるんだぜ?」
男性の脅しにも似た疑問を受けて、紫は視線を落とす。そこには腕に収まったまましょんぼりしたおおかみさまがいた。
暫し考えた後、紫は意を決し男性と向きなおって答える。
「時々忘れそうになりますが理解してるつもりです。神様と人間では住む世界が違うかもしれません……。
それでも私はおおかみさまとの時間を恐怖で無駄にしたくないです。おおかみさまはポンコツだし食い意地張ってるし、噛みついてきたりしますが大事な我が家の居候ですから」
真っ向から紫に反論された男性は驚いていたが、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「――お嬢ちゃんいい女だな。狼には勿体ないくらいできた巫子じゃねえか。
申し遅れた無礼を許してくれ。俺はここら辺一帯の土地を守護してた神だ。昔は狸さまと親しまれていたが今やこの有り様だよ。お茶も出せねえが、ゆっくりしていきなお嬢ちゃん」
先ほどの脅迫めいた問いかけが無かったかの様に狸さまはあっけらかんと自己紹介する。面食らった紫だったが、頭を下げながら答えた。
「よ、よろしくお願いします。私は色上紫です」
「――俺たちを"視る"事ができ、瓜二つときたからそうだとは思っていたが……。驚いたな、色上一族の人間がこうも我々に友好的だと調子が狂うぞ」
「――どうかされましたか?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
ぼそぼそと小声でぼやいていた狸さまに紫が心配そうに話し掛ける。
「紫、彼奴など捨て置け。おい狸、再び紫にちょっかい掛けてみよ。我の牙で切り裂いて喰ろうてやるわ。不味そうじゃが、多少は神通力を取り戻す足しになるやもしれぬ」
「はは、嫌われた物だな。折角、この広い日ノ本で巡り会えたのだから親交を深めようじゃねえか。旨い酒ならいくつか持ち合わせがあるぞ」
「――旨い酒……じゃと……」
眼光を鋭くさせていたが、元来神様は宴と酒は大好物だと聞くしおおかみさまも例外ではない。
旨い酒と聞いてしまっては心が揺らいでしまっているようだった。
「それでしたら、私の家で今晩飲み会しませんか?人数……いや神数も多い方が賑やかで楽しいですし、一方的にお酒飲ませて貰うのも悪いですから」
紫は険悪な二柱の仲を取り持とうと助け船をだしてみる。紫自身も誰かを家に呼んで宅飲み会をするのが好きだったし、試してみたい宴会料理もあったので都合が良かった。
「な、なんじゃと!?紫、考え直すのじゃ。こんな身元も不確かな不審者を我が家に上げるなど」
「いつからおおかみさまの家になったんですか。あとおおかみさまも身元不明で家に押し掛けてきたニートですからね」
「ふむ……お嬢ちゃんがそう言うならお言葉に甘えてお邪魔するのも悪くねえ。酒を選んでから行くから場所を教えてもらえるかい?」
紫はあっという間に狸さまと打ち解けて、スマホでmapを見せながら世間話に花を咲かせている。おおかみさまはそんな一人と一柱を離れて眺めながら咆哮した。
「やっぱり汝は不遜じゃ!この浮気者!」
おおかみさまの叫び声は境内に響き渡り、秋色が深まっていく草木を揺らしていた。
「――戦か。水や食糧、土地を求めて同種で殺しあうなど人間は愚かな生き物よな。古から人間の争いを視てきたが、久方ぶりに御山を降りてきてみれば日ノ本は穏やかで驚いたものじゃ」
「そうですね、私たちがこうやって平和に暮らしていけるのも幸江さん世代の方々が二度と戦争をしてはいけないと教えてくれたからだと思います」
紫は幸江さんの言葉を思い返しながらそう告げる。境内に静寂が戻り、秋風が一人と二匹の身体を撫でた。
――二匹……?
「――しかしながら戦争の記憶もああやって風化していくものだ。人間は本当に短命な生き物だな」
沈黙を破るように低い声が響いた。明らかに紫とおおかみさまの声帯からは出ない渋い声色だった。
紫が3cmくらい飛び上がって驚いてる間に、おおかみさまは素早く声の発生源に踵を返して叫ぶ。
「狸風情が不意をついたつもりか!其処を動くなよ、我の牙で噛み砕いてくれるわ!」
一呼吸遅れて紫も振り返ってみると、御社殿の石段に初老の男性が座っている。
灰褐色の髪と髭は秀麗に整えられているが、濃紺の着物と羽織は着崩しており手元には煙管が握られている。おおかみさまの様に耳や尻尾は生えておらず、街中で見かけていたらハイカラな男性としか思わなかっただろう。
しかし神同士何かしら感じる物があるのか、おおかみさまは今にも飛び掛かろうと間合いを図っている。目前の男性が件の土地神だと確信している様だ。
「――おいおい、止してくれよ。俺は視ての通り非力なおじさんだぜ。見目麗しい嬢ちゃんが来てるから顔を出しただけだ。まあ落ち着けよ狼、ボロい神社なんだ暴れられたら壊れちまう」
「そうですよおおかみさま、初対面の人……いや神様に威嚇するのは失礼ですよ」
紫は男性との距離をジリジリと詰めているおおかみさまを後ろから抱きついて止めておく。華奢な体躯のおおかみさまは紫の腕にすっぽり収まってしまったが、なおも進撃を止めようとしない。
「放せ紫、彼奴の頭蓋を噛み砕いてくれるわ!昔から狸どもは嫌いなんじゃ、のらりくらりと弄びおって小賢しい!」
「もうじたばたしないで下さい。これ以上騒ぐようなら晩御飯抜きにしますよ」
紫の手の中で必死にもがいていたおおかみさまだったが、晩御飯の話を出されてしまい耳と尻尾をしなしなさせて不貞腐れてしまった。
煙管で葉煙を燻らせる男性は、一人と一匹の様子を眺めながらひどく楽しげに笑っていた。
「ははっ……なかなか良い主従関係じゃないか狼。主の方がしっかり尻に敷かれているようだがな。
――今日わざわざ顔を出したのは他でもない、お嬢さんにちゃんと礼をしておきたかったんだ。昨日は掃除してくれて感謝する。こんな寂れた神社だが俺の家だからな。
まあついでといっては何だが、嬢ちゃんについてる土地神も視ておきたかったんで煙を吹きかけておいたんだが……」
男性は拗ねてしまったおおかみさまと紫を再度視ながら昔を懐かしむ様に眼を細めた。
「――未だに我々を"視る"事ができる人間が居たことにも驚いたが、お嬢ちゃんは俺たちが怖くないのかい?
人の姿に化けてはいるが仮にも神様だ。そこの狼も俺もお嬢ちゃん一人簡単に屠れるんだぜ?」
男性の脅しにも似た疑問を受けて、紫は視線を落とす。そこには腕に収まったまましょんぼりしたおおかみさまがいた。
暫し考えた後、紫は意を決し男性と向きなおって答える。
「時々忘れそうになりますが理解してるつもりです。神様と人間では住む世界が違うかもしれません……。
それでも私はおおかみさまとの時間を恐怖で無駄にしたくないです。おおかみさまはポンコツだし食い意地張ってるし、噛みついてきたりしますが大事な我が家の居候ですから」
真っ向から紫に反論された男性は驚いていたが、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「――お嬢ちゃんいい女だな。狼には勿体ないくらいできた巫子じゃねえか。
申し遅れた無礼を許してくれ。俺はここら辺一帯の土地を守護してた神だ。昔は狸さまと親しまれていたが今やこの有り様だよ。お茶も出せねえが、ゆっくりしていきなお嬢ちゃん」
先ほどの脅迫めいた問いかけが無かったかの様に狸さまはあっけらかんと自己紹介する。面食らった紫だったが、頭を下げながら答えた。
「よ、よろしくお願いします。私は色上紫です」
「――俺たちを"視る"事ができ、瓜二つときたからそうだとは思っていたが……。驚いたな、色上一族の人間がこうも我々に友好的だと調子が狂うぞ」
「――どうかされましたか?」
「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ」
ぼそぼそと小声でぼやいていた狸さまに紫が心配そうに話し掛ける。
「紫、彼奴など捨て置け。おい狸、再び紫にちょっかい掛けてみよ。我の牙で切り裂いて喰ろうてやるわ。不味そうじゃが、多少は神通力を取り戻す足しになるやもしれぬ」
「はは、嫌われた物だな。折角、この広い日ノ本で巡り会えたのだから親交を深めようじゃねえか。旨い酒ならいくつか持ち合わせがあるぞ」
「――旨い酒……じゃと……」
眼光を鋭くさせていたが、元来神様は宴と酒は大好物だと聞くしおおかみさまも例外ではない。
旨い酒と聞いてしまっては心が揺らいでしまっているようだった。
「それでしたら、私の家で今晩飲み会しませんか?人数……いや神数も多い方が賑やかで楽しいですし、一方的にお酒飲ませて貰うのも悪いですから」
紫は険悪な二柱の仲を取り持とうと助け船をだしてみる。紫自身も誰かを家に呼んで宅飲み会をするのが好きだったし、試してみたい宴会料理もあったので都合が良かった。
「な、なんじゃと!?紫、考え直すのじゃ。こんな身元も不確かな不審者を我が家に上げるなど」
「いつからおおかみさまの家になったんですか。あとおおかみさまも身元不明で家に押し掛けてきたニートですからね」
「ふむ……お嬢ちゃんがそう言うならお言葉に甘えてお邪魔するのも悪くねえ。酒を選んでから行くから場所を教えてもらえるかい?」
紫はあっという間に狸さまと打ち解けて、スマホでmapを見せながら世間話に花を咲かせている。おおかみさまはそんな一人と一柱を離れて眺めながら咆哮した。
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