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ファミコンとの出会い

第1話:出会いは中古ショップから

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「そうだ、今月上半期のクーポンって今日が期限だっけ」

 画面に表示された使用期限には「2023年4月14日」と、今日の日付が表示されていた。

 この春から中学生になった僕は、念願のスマホを持たせてもらった。といっても父さんのお下がりだし、もともと自宅のWi-Fiで使っていたものでもあるけれど、回線契約をしてもらったので外でも自分だけで利用できるようになった。

 なんだか大人になったみたいで気分がいい。そういえば僕の両親も、やはり中学生で携帯電話が解禁されたという話だ。両親が中学生になった1998年という時代は、携帯電話やインターネットといった情報技術が爆発的に普及した時代だと社会の授業でも習ったっけ。

 さっそく、色んなアプリを入れてみた。嬉しいのは大手古本屋のアプリで、月に3回もクーポンが来るんだ。何に使おうかと迷っているうちに、最初のクーポンの期限である4月14日になってしまった。今日中に何か買わなければ100円引きがパーである。

 ***

 そういうわけで、学校から帰ったらすぐに着替えて自転車にまたがって、駅前のお店に入ったのだ。何を買おうかな。やっぱり100円の漫画コーナーかな。でもちょうどシリーズを揃えたばかりで、今欲しいものは思いつかないからなぁ。

 棚を順番に見ていると、ゲーム売り場にうちの学校の制服を着た女子生徒がいた。しかも、同じクラスの日々木ひびきフミさんだ。彼女はゲーム売り場の隅にある、色とりどりのプラスチックケースが並ぶコーナーにいた。

「……タケルさんもファミコン好きなの?」

 思わず近づくと、向こうの方から声をかけてきた。「タケル」と名前で呼ばれたのは別に親しいからじゃない。僕の名字はありふれた「田中」。クラスに3人もいるので名前で呼ばれるというだけの話だ。

「……え、いや別に。そっか、これがファミコンのソフトなのか」

 僕はプラスチックの箱を手に取る。下にはなにかに差し込むような端子がついていて、どうやらこれはケースではなくソフトの本体であるようだ。白い色をしたそれには色あせたラベルが貼ってあり、『ファイナルファンタジー』とカタカナで書いてある。確か、父さんが好きだったはずだ。この前パソコンで遊んでいたような覚えがある。

 *

 ファミコン、名前くらいは聞いたことはある。さっき話した社会の教科書にも出ていたっけ。手元にはスマホという便利な道具があるのでさっそく検索だ。ファミコン。正式名称はファミリーコンピュータ。発売は1983年。今から40年も前じゃないか!

「40年前?! ファミコンって、僕どころか父さんも生まれていない時代のゲーム機なの?!」
「そう。だけど作りがシンプルだから壊れにくい。だから今でも余裕で遊べるの」

 彼女はソフトを物色しながら答える。

「そっかぁー」

 僕は、手に取った『ファイナルファンタジー』を改めて見てみる。裏面にはマジックで「さとう ひろし」と名前が書かれている。つたない文字だが、この人はきっと父さんよりも年上なのだろうと考えると不思議な気持ちになってくる。

FF1エフエフワン、300円は安いかも。名前入ってるからかな」
「エ、エフエフ?」
FinalFantasyファイナルファンタジーの頭文字を取ってエフエフね。2ツーが出てシリーズ化されたから、初代は1ワンと呼ばれてる」
「へえ、詳しいんだね」

 さらりと専門用語(?)で呼ぶ彼女が、なんだか格好いいと思った。

 *

「ところでそのFF1、買うの?」
「あー、本体持ってないからさ」
「じゃあ私が買うね」

 彼女は僕が「うん」と言うのも待たずにソフトを持っていった。そのまま会計の列に並ぶ。

「ねえ、ここのアプリ持ってる?」
「ううん。私、まだ自分用のスマホ持ってないもの」
「ほら、これ。100円引きのクーポンがあるから、良かったら使わない?」

 僕はアプリを開いてクーポンを見せた。

「……いいの?」
「うん。どうせ今日までだし、欲しい物も無かったし」
「……それじゃ、遠慮なく」

 僕が見せたクーポンで値引かれ、フミさんは200円で『エフエフワン』を買った。

「ありがと。得しちゃった」

 彼女はにこにこと笑いながら話しかける。学校ではいつも一人でいて、いつも無表情の印象だったが、こんなかわいい顔を見せてくれるのは意外だった。……そして、僕が女の子のことを本気で「かわいい」と思ったのは、たぶんこれが始めてだ。

 *

「それじゃまた月曜、学校でね」

 彼女は『エフエフワン』を大事そうにバッグにしまうと僕に手を振って、駆け足で去っていった。僕はその後姿を、しばらくぼうっと見つめているのであった。
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