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桃太郎伝説

第45話:山姥と地蔵回しと四顧の礼

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「え、もうOKなんだ」

 4度目に話しかけた時点で奥義「だだぢぢの術」を授けられて、僕はちょっとした肩透かしを受けた。三顧さんこの礼で足りなければ、もっと回数を要求されると思ったのに。

 駄目仙人の果てしない長話を2回も聞かされたり、那由多なゆた仙人によって過剰に配置されたダメージ床を計算しながら歩いたり、地下のお地蔵様によるたらい回しの末に蓬莱ほうらいの玉を手に入れたことを思い返すと、もっと大変なことをさせられるのだと思いこんでしまっていた。ある意味で、僕はこのゲームに慣らされすぎていたのかも知れない。

 しかし、せっかく覚えた術ではあるが、技ポイントの4割ほどを消費するにも関わらず、空振りが多くてちょっと使い物にならない。なにせ2回外した時点で鹿角ろっかくの術すら使えなくなってしまうのである。たとえ回復ポイントの近くであっても、これでは使い物になりそうにない。

 回復ポイントといえば、マップの南東の半島の先に発見した。これは蓬莱の玉があった洞窟の近くだ。見るからに怪しい地形をなんとなく調べたら見つけたのだが、これはどうやら、北に並んでいるお地蔵様のセリフがヒントになっていたということに後から気が付いてしまった。

 山姥やまんばの洞窟の攻略の鍵は、結局は術や装備よりも回復アイテムの「仙人のかすみ」を集めるのが重要なようだ。このゲームではパスワードで再開するたびに宝箱の中身が復活する(逆に言えば開封の有無をパスワード保存できない)ことに気づいたので、毎回ゲームをやめる前にこつこつ集めておいた。

 ザコ敵との戦闘では、稼ぎ目的でも無い限りまともに戦うと消耗があまりにも多いので逃げまくるのが一番のようだ。山姥の洞窟には落とし穴があるので、てっきり「鬼火」や「灯台鬼」を倒して灯りを手に入れて落とし穴を見破るのかと思いきや、そんな要素は無かった。落ちるところまで落ちた後に階段を登ってまっすぐ北に進めば、あとは単純な道なりで奥地まで到達。

 山姥かと思って話しかけたら、さらわれたおばあさん?……と見せかけて騙していただけ? ともかく、二度手間になってしまったのだがボス自体は鹿角の術で楽勝。ここまで技ポイントを確保できているかどうかの勝負だろう。猿に舟を漕いでもらって、竹取の国へ。タイミング的に最後の町のようなので、ここで装備を揃えるのが次の目標というわけか。

 スリの銀次が未だに見つからないので改めて情報を集めると、女や易者えきしゃに化けているという話。各地の易者に放屁を試してみると、山姥を倒して住人が戻ったばかりの猿蟹の村の易者が当たり。……なんで? ともかく、これで竜の首飾りを奪還し、残すお宝はあと一つ。きりがいいので、今日はここまでにしよう。

 ***

 話は今日の放課後にさかのぼる。今日はトレ部に久しぶりにハルキが来た。文芸部の顧問の先生がテスト採点中で、部活が休みになっているということだ。

「日々木さんとは上手くやってるのか?」
 彼女が近くにいない隙を狙って、そう僕に話しかけてきた。

「うん。まあ、悪くはないと思うけど」
「ならいいんだけどな。他のクラスとかでも付き合い始めてる奴ら、結構いるみたいだぞ」

 誰から聞いたのか、同学年の恋愛事情をこっそり教えてくれた。同じ小学校の友達の名前も出てきて、少し驚いた。

 *

「お前も早くしないと、取られちゃうかも知れないぞ」
「でも、付き合ったこととかないし……どうしよう」
「今度の日曜、お祭りがあるだろ。あの神社ってタケルんちの近くだよな」

 毎年5月の第二日曜日とその前日、その神社ではお祭りがある。以前は両親と毎年のように行っていたのを思い出す。ソウタと一緒に山車だしを引っ張ったこともあったっけ。今年は3年ぶりに縁日や神輿みこしを出すという話だ。

「日々木さん、この町に引っ越してきたばかりだったよな。神社を案内してあげるチャンスじゃないか?」
「確かに!」

 神社は小高い丘の上にある。僕は小さい頃から遊び慣れているところだが、初めてで、まして一人ともなると不安だろう。

「一回や二回、断られても諦めんなよ。三顧の礼ってやつだからな」

 ハルキはそれだけ言うと、後から来た文芸部仲間と組んでストレッチを始めた。僕も頑張ろう。とりあえず、今日からはダンベルの重さを1キロ増やしてみることにした。
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