トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

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本編

輪廻

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神狼しんろうと聖剣の伝説。私がエルフの里や、学院の古文書から得た断片的な情報を継ぎ合わせて、それらしい話としてまとめたの。アランとライラにとっては辛い話になるけれど、聞いてくれるかしら」
エレナは全員の目を見て意志を確認すると、改まった口調で伝承を語った。

***

千と一つの満月を迎えるごとに空と大地は荒ぶり、恵みと滅びをもたらす。
それを鎮めるのは『神狼の巫女』に導かれし『聖剣の勇者』なり。
禁断の地の扉の奥、混沌の獣に彼女と彼の身を捧げることで平穏が再び訪れよう。

***

「千と一つの満月、文字通りに受け取ればおよそ81年。前におじさまが調べた、飢饉や大災害が発生する周期とも一致しているわ。おそらく人知れず、歴史の中で何度も繰り返されてきたんでしょうね」

彼女は残酷な伝承を披露したが、当事者であるアランとライラは落ち着いていた。まるで、この運命を最初から知っていたかのように。

「混沌の獣というのが何を意味するのかはわからないわ。文字通りの魔物かも知れないし、自然現象や地形を意味する可能性もあるわね」

「……ライラとアランは運命に身を捧げろと言うのか」
「それは私が干渉できることではないわ。全ては定められたこと。でも今回は違う。神狼も勇者も一人じゃないし、聖剣も一つだけじゃない」
エレナは改めて俺を見た。

*

「……神狼と聖剣と勇者。かつては一組しかなかったものが、この時代には二組も揃っている、というわけか」
黙って聞いていたイザが口を開く。

「そうね。今まではその身を犠牲にすることでしか解決できなかったのかも知れないけれど、今回はそうとは限らない。もちろん危険な賭けだとは承知しているわ」

「確かに、運命が変えられないのだとしたら犠牲者をいたずらに増やすだけになってしまう。それに、たとえ混沌の獣とやらを力で倒すことができたとして、良い結果に繋がるとは限らないからな」
エレナの提案する賭けに対して、エルが静かに分析をする。

「これは私の勝手な考えだけど、たとえ誰であっても、運命によって何かのために犠牲になることが定められているなんて許せないの。人知れず闇に消えていった巫女や勇者に報いるためにも、私はこの連鎖そのものを断ち切りたい!」

*

しばしの沈黙。俺は考えにふける。混沌の獣に捧げられる命。それは、例えば緑肥として畑にき込まれる白詰草のごとく、大地をより豊かにするために必要な犠牲であるのかも知れなかった。豊穣神が生み出した自然の輪廻の一部なのかも知れない。だが、神殿でライラが恍惚こうこつとした顔で見上げていた慈悲深き豊穣神が、そんな残酷なことをするとは思えなかった。

「俺は、エレナの言うことに賛成だ」
沈黙を破ると、視線が集まってくる。
「そもそも、ライラが俺と出会ったことが豊穣神の巡り合せだと思っている。おかげで、運命を打ち破れるかも知れない切り札が手に入ったわけだからな」
改めてテーブルの上の剣に触れる。この姿になってからは一度も振るったことのないこの剣が、今では体の一部であるかのように思えた。

「もちろん、それぞれに考えがあると思う。特にライラとアランにはな。エレナは運命と言ったが、禁断の地に向かうかどうかは自分自身の意思の問題だと俺は思っている。……そしてエル、神官としてお前はどう思う?」

「そうだな。これは信仰や教義の解釈とは別の、単なる俺の直感に過ぎないが……。混沌の獣とやらが実在するとしても、それが豊穣神の用意したものとは思えないな。むしろ、大地にあるべき力を奪っているのではないか?」

草や獣は人や獣の糧となり、肉体が死ねばそれは大地の糧となる。永遠に繰り返される生命の輪廻こそが豊穣神信仰の根幹である。死すべき定めのためだけに生み出される命があってはならない。

「あたいもエレナに賛成だ。大事な人が死ぬことが運命だというならば、そんなものはぶち壊してしまえばいい。少なくともそれができる可能性があるのなら命を賭けてもいいよ」
イザが力強く言う。盗賊として闇に生きていた彼女は、救えなかった命というものを何度も見てきたのだろう。

「僕も、この剣を振るうのは人々を脅かす魔物を斬るためだと思っています。ただ命を捧げるのが最終的な運命だとしても、そんなものは受け入れたくない!」
力強くアランが宣言する。彼はやはり勇者と呼ぶにふさわしい。

「私も。トムもみんなも……この世界が大好きだから、ここからいなくなるのは嫌!」
ライラは自らの死を恐れるよりも、俺や仲間との別れを拒む。これもまた彼女らしい。

「……いずれにしても、この場で決めるには早急すぎるのではないかね。一晩じっくり考えてからでも遅くはあるまい」

ゴルド卿はそう言って場をまとめたが、目には決意の色が見える。もともと『異変』解決が悲願であったので、将来の禍根を断ち切れる機会があるのならば、多少の危険を冒してでも打って出ない手はないのだろう。
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