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本編
日々
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季節はうつろう。長雨が若葉の緑を色濃くし、風は初夏の匂いを運ぶ。あれから俺たちは、神殿や魔術学院への詳しい報告を行うなどして意外と忙しい日々を過ごしてきた。しかし、それも一段落してこの日を迎えることができた。
***
俺は今、中央都市の神殿にいる。ただし神官としてではなく花婿としてだ。向かい合う花嫁はもちろんライラである。二人とも、エルフの里で授かった白き衣を婚礼衣装として身にまとっている。
「トム。ライラ。汝らは豊穣神の御前にて、共に正しき道を歩み続けることを誓うか」
「はい」
「誓います」
神官長殿が見守る中、エルの言葉に二人で誓いを立てる。そしてお互いが身につけていた絆の証である飛竜の鱗の首飾りを交換し、口づけを交わす。晴れて、俺たちは夫婦になった。
参列者を見る。ゴルド卿がいる。アランがいる。イザとエレナがいる。オリバーがいて、隣には少しお腹が大きくなったメリナがいる。もちろんポールもジャックもいるし、見知った冒険者仲間も全員いる。ギルドマスターも馴染みの武具職人もいる。市長も、巻きひげの幻術士も来てくれた。誰もが優しい笑顔で俺たちを祝福してくれている。エルフの長老とフォルンからも祝いの手紙が届いている。
今日のこの日を無事に迎えられたのはみんなのおかげだ。俺は感極まって涙を流した。豊穣神の恵みあれ、全てのものに祝福を!
***
目的を完遂したので、俺たちのパーティは解散した。ゴルド卿とアランは郷里に帰り、農業をますます発展させるために力を尽くしている。エルは神殿で神の道をさらに極めようとしている。エレナは魔術学院とエルフの里を往復しながら研究に励んでいる。イザは中央都市を拠点にフリーの冒険者として活動している。そして……。
*
「船出は明朝とな」
「はい。神官長殿、旅の無事を祈っていただけますか」
「もちろんじゃ」
新大陸に冒険者ギルドの支部を立ち上げるという話が出たので、熟練の冒険者の一人として協力を依頼された。ちょうど、新大陸出身であるライラのご両親にも会ってみたいと思っていたので、渡りに船とばかりに当面はそちらを拠点に活動しようと考えている。
「トムよ、預かっていたものをお前に返そう」
神官長殿がそう言って懐から取り出したのは、以前俺が返上した聖印だった。
「これは……もう私は神官を辞めたのですよ」
「気にすることはない。わしらや神殿との繋がりの証とでも思えばよいのじゃ」
「お心遣い、感謝いたします」
この聖印は、子供の頃に神殿に入門したときから、肌身放さず身につけていたものだ。《帰還》の呪文によって体一つで脱出し、思い出の品を全て失っていた俺にとっては、数少ない過去との繋がりである。
「それに、今のお前は神官崩れの戦士などではない。立派な聖騎士じゃ」
「そんな、私などまだまだ未熟者ですよ」
「いずれ時が来たら堂々と名乗るがよい。聖騎士トムの身分はわしの名において保証してしんぜよう」
「重ね重ね、本当に……ありがとうございます」
俺は涙を流していた。この御方の前で泣くのは、これで一体何度目だろうか。
*
エルから譲られた冷鉄のメイス。ジャックから贈られたグリフィン革の盾。イザから託された稲妻のロッド。そしてゴルド卿が新たに仕立ててくれた、風と炎の紋様が刻まれた鎧をまとい、俺は船に乗り込んだ。剣は、鍛冶職人の腕を見極めるためにも現地で調達する予定だ。
「ライラのご両親には会えるだろうか」
人狼族は森林を中心に、いわば遊牧狩猟生活を営んでいるという。定住しているわけではないので、今はどこにいるかはわからないらしい。
「きっと会えるよ!私たちが冒険を続けているならね!」
ライラは、俺が初めて買ってやったワンピースを潮風になびかせている。舳先《へさき》の向こうでは霧が晴れ、新大陸が見えてきた。ここから、二人の新しい生活が始まる。
***
新大陸の港町。俺たちは設立間もない冒険者ギルドにて、新人を指導したり、設備や制度に助言を出したりして忙しい日々を過ごしている。未発見の洞窟や遺跡、あるいは新人の手に余る魔物の報告があれば、ライラと二人で探索に行くこともある。
*
「奴らは気付いていないようだな、奇襲を仕掛けるぞ」
報告をもとに、ライラが嗅ぎ当てた獣臭をたどるとオーガの群れを発見した。不意を打てば気づかれる前に半壊はさせられそうだ。
「りょーかいっ、ご主人さま!」
彼女は瞬く間に狼から人の姿に変容すると、小声で答える。身にまとうのは飛竜の鱗の首飾りのみ。二人きりの探索には防具も服もいらない。これならいつでも狼と人間の姿を使い分けられるし、何よりも彼女の力を余すところなく発揮できるのだ。
「みんな私の獲物なんだから!」
野獣の瞬発力と爪牙に、人間の体術を兼ね備えた攻撃がオーガ達を襲う。俺は左手で盾を構えつつ、右手はいつでも治療術を飛ばせるように素手で印を結んでいるが、使う必要はなさそうだ。彼女はあっという間に奴らを屠り、蹴散らしていく。
「いいぞ、さすがだ!」
「えへへー!もっと誉めてもいいんだよ?」
二人きりになると、彼女は俺を「ご主人さま」と呼び、とにかく甘えてくる。もちろん仕事はきっちりこなしてくれるし、俺としても悪い気はしない。新婚夫婦はだいたいそういうものだという話だが、本当だろうか。
「さてと、オーガどもが相手じゃ戦利品は期待できないが、一応見ておくか」
俺はライラを撫でながら、敵が残していった物品を見分するのであった。
***
こうして二人の日々は続いていくのだが、ひとまずはここで筆を置くことにする。続きはいずれまた俺かライラか、あるいは別の誰かが語ることがあろう。
この道中記を最後まで読まれた諸氏に、豊穣神の恵みと祝福が、そして良き物語との出会いがあらんことを。
新大陸歴39年10月吉日 "風炎《ふうえん》の聖騎士" トム
*****
『トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~』
完
***
俺は今、中央都市の神殿にいる。ただし神官としてではなく花婿としてだ。向かい合う花嫁はもちろんライラである。二人とも、エルフの里で授かった白き衣を婚礼衣装として身にまとっている。
「トム。ライラ。汝らは豊穣神の御前にて、共に正しき道を歩み続けることを誓うか」
「はい」
「誓います」
神官長殿が見守る中、エルの言葉に二人で誓いを立てる。そしてお互いが身につけていた絆の証である飛竜の鱗の首飾りを交換し、口づけを交わす。晴れて、俺たちは夫婦になった。
参列者を見る。ゴルド卿がいる。アランがいる。イザとエレナがいる。オリバーがいて、隣には少しお腹が大きくなったメリナがいる。もちろんポールもジャックもいるし、見知った冒険者仲間も全員いる。ギルドマスターも馴染みの武具職人もいる。市長も、巻きひげの幻術士も来てくれた。誰もが優しい笑顔で俺たちを祝福してくれている。エルフの長老とフォルンからも祝いの手紙が届いている。
今日のこの日を無事に迎えられたのはみんなのおかげだ。俺は感極まって涙を流した。豊穣神の恵みあれ、全てのものに祝福を!
***
目的を完遂したので、俺たちのパーティは解散した。ゴルド卿とアランは郷里に帰り、農業をますます発展させるために力を尽くしている。エルは神殿で神の道をさらに極めようとしている。エレナは魔術学院とエルフの里を往復しながら研究に励んでいる。イザは中央都市を拠点にフリーの冒険者として活動している。そして……。
*
「船出は明朝とな」
「はい。神官長殿、旅の無事を祈っていただけますか」
「もちろんじゃ」
新大陸に冒険者ギルドの支部を立ち上げるという話が出たので、熟練の冒険者の一人として協力を依頼された。ちょうど、新大陸出身であるライラのご両親にも会ってみたいと思っていたので、渡りに船とばかりに当面はそちらを拠点に活動しようと考えている。
「トムよ、預かっていたものをお前に返そう」
神官長殿がそう言って懐から取り出したのは、以前俺が返上した聖印だった。
「これは……もう私は神官を辞めたのですよ」
「気にすることはない。わしらや神殿との繋がりの証とでも思えばよいのじゃ」
「お心遣い、感謝いたします」
この聖印は、子供の頃に神殿に入門したときから、肌身放さず身につけていたものだ。《帰還》の呪文によって体一つで脱出し、思い出の品を全て失っていた俺にとっては、数少ない過去との繋がりである。
「それに、今のお前は神官崩れの戦士などではない。立派な聖騎士じゃ」
「そんな、私などまだまだ未熟者ですよ」
「いずれ時が来たら堂々と名乗るがよい。聖騎士トムの身分はわしの名において保証してしんぜよう」
「重ね重ね、本当に……ありがとうございます」
俺は涙を流していた。この御方の前で泣くのは、これで一体何度目だろうか。
*
エルから譲られた冷鉄のメイス。ジャックから贈られたグリフィン革の盾。イザから託された稲妻のロッド。そしてゴルド卿が新たに仕立ててくれた、風と炎の紋様が刻まれた鎧をまとい、俺は船に乗り込んだ。剣は、鍛冶職人の腕を見極めるためにも現地で調達する予定だ。
「ライラのご両親には会えるだろうか」
人狼族は森林を中心に、いわば遊牧狩猟生活を営んでいるという。定住しているわけではないので、今はどこにいるかはわからないらしい。
「きっと会えるよ!私たちが冒険を続けているならね!」
ライラは、俺が初めて買ってやったワンピースを潮風になびかせている。舳先《へさき》の向こうでは霧が晴れ、新大陸が見えてきた。ここから、二人の新しい生活が始まる。
***
新大陸の港町。俺たちは設立間もない冒険者ギルドにて、新人を指導したり、設備や制度に助言を出したりして忙しい日々を過ごしている。未発見の洞窟や遺跡、あるいは新人の手に余る魔物の報告があれば、ライラと二人で探索に行くこともある。
*
「奴らは気付いていないようだな、奇襲を仕掛けるぞ」
報告をもとに、ライラが嗅ぎ当てた獣臭をたどるとオーガの群れを発見した。不意を打てば気づかれる前に半壊はさせられそうだ。
「りょーかいっ、ご主人さま!」
彼女は瞬く間に狼から人の姿に変容すると、小声で答える。身にまとうのは飛竜の鱗の首飾りのみ。二人きりの探索には防具も服もいらない。これならいつでも狼と人間の姿を使い分けられるし、何よりも彼女の力を余すところなく発揮できるのだ。
「みんな私の獲物なんだから!」
野獣の瞬発力と爪牙に、人間の体術を兼ね備えた攻撃がオーガ達を襲う。俺は左手で盾を構えつつ、右手はいつでも治療術を飛ばせるように素手で印を結んでいるが、使う必要はなさそうだ。彼女はあっという間に奴らを屠り、蹴散らしていく。
「いいぞ、さすがだ!」
「えへへー!もっと誉めてもいいんだよ?」
二人きりになると、彼女は俺を「ご主人さま」と呼び、とにかく甘えてくる。もちろん仕事はきっちりこなしてくれるし、俺としても悪い気はしない。新婚夫婦はだいたいそういうものだという話だが、本当だろうか。
「さてと、オーガどもが相手じゃ戦利品は期待できないが、一応見ておくか」
俺はライラを撫でながら、敵が残していった物品を見分するのであった。
***
こうして二人の日々は続いていくのだが、ひとまずはここで筆を置くことにする。続きはいずれまた俺かライラか、あるいは別の誰かが語ることがあろう。
この道中記を最後まで読まれた諸氏に、豊穣神の恵みと祝福が、そして良き物語との出会いがあらんことを。
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