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第47話 魔王の立場

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 魔王は勇者一行が討ち果たしたとされている筈だ。

「疑うのは仕方がないよ。たしかに公式ではガフェーナが召喚した魔王は倒したことになっているけど、正確にはガフェーナの召喚した契約を書き換えて無害な魔王として再召喚の契約を結んだんだ」

 リィーシャによると、魔王は伝承等で語り継がれる神々のような存在に近い生命体のようで、打ち倒す方法はないと結論付けた。魔王と対峙した勇者一行は再契約に成功し、無害となった魔王は城塞都市シャルティユの最奥にある宮殿へと秘密裏に移送された。

「この事実は五大国にも秘密にしている。魔王からすれば、勝手に召喚されて戦争の道具にされたようなものだからね。今は大人しく宮殿で慎ましい生活を送っているよ」
「それは……下手したら新たな戦争の火種になりませんか? 特に五大国のリンスルがその事実を知れば、プライデンを攻めるきっかけを与えてしまうかもしれません」

 シェーナは遠慮がちにリィーシャに進言する。
 倒した筈の魔王をプライデン領内で保護していると伝われば、邪教徒排除を掲げるリンスルに同調して五大国を敵に回すのは必至だ。リンスルからすれば、大義名分で勇者一行を表舞台から引きずり降ろして領土拡大できるチャンスでもある。

「野心家のリンスル聖王なら、平気でやるだろうね。でも、中立国家プライデンとしては無害な魔王でも受け入れるつもりだよ」

 どんな種族でも受け入れることを掲げる中立国家プライデンは立派だと思う反面、手順を間違えれば簡単に崩壊してしまう諸刃の剣だとシェーナは痛感する。

「さて、物騒な話はここまでにしようか。今日は料理店の手伝いに来たのだからね」
「お手伝いは感謝しますが、魔王を連れ回して大丈夫なのですか?」

 シェーナはこの場にいるキシャナやルトルスを代表してリィーシャに訊ねる。

「腫れ物に触るような扱いはあまりしたくないし、外の空気を吸って気分転換も必要だと考えていたからね。それに今の彼は攻撃魔法を使えないし、人を殺めることは再契約で禁じているよ」
「そういうことだ。今の私にできるのは補助、回復魔法だけだ。こんな風にね」

 魔王はシェーナの手を掴むと、瞬時に男の子の姿からシェーナそっくりの姿になった。
 着ていた衣服は破れると、半裸状態の魔王は堂々とした立ち振る舞いで目のやり場に困る。
 魔王と自称するだけあって、魔法の精度はたしかに高い。
 これで攻撃魔法が使えたらと思うと、ぞっとする思いだ。

「失礼するわよ。今日から開店日ってことで、お客第一号として……」

 いつも聞き慣れた声の主は正面扉を開けると、朝食を求めて現れた。
 目の前に半裸のシェーナが飛び込んでくると、固まって一言。

「……ごちそうさま」

 サリーニャは扉をそっと閉めると、店を出て行った。
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