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12.大切な存在
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朝食を済ませた私たちは、それほど大きくない箱馬車で近くの街まで出かけた。テオドールが馬を御し、私とおじさまは斜向かいになる形で座った。おじさまはグレーの礼装で、テオドールは上着こそ着ていなかったが彼にしては非常に珍しいことにネクタイを締めていた。二人は時々散歩がてらお墓を訪れているらしいが、やはり命日というのは特別なものなのだろう。
街に着いたらすぐに花屋に向かった。待ち構えていたかのように出迎えた花屋の主人に、おじさまはにこやかに挨拶した。毎年のことなので店主は全てわきまえているらしく、あれこれ聞くこともなくさっさと花を選び取っていく。
貴婦人の墓前にはとても大きい立派な花輪を供えることが多いのだが、おばさまは花束の方がお好きだったということなので私からの花束も一つ作ってもらうことにした。待つのが苦手なテオドールは先に外に出て時間を潰しに行ったが、私は店主が花をバランスよく束ねていくのを見ていた。花束を作りながら、店主はちらりと私を見て尋ねた。
「お嬢さまには初めてお目にかかりますよね?もしかして、あなたはテオドールさまの…?」
「?」
私は店主の言わんとすることが分からずにキョトンとした。すると、エルネストおじさまが笑って否定した。
「違うよ、この子は親戚なんだ。ユリシーズ伯爵家の、二番目のご令嬢だよ」
「ああ、そうでしたか!失礼いたしました、てっきり花嫁がお決まりになったのかと」
そういう意味だったのかと私は驚いた。仮に冗談だとしても、そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。しかしエルネストおじさまは真面目な顔をして頷いた。
「この子ならお嫁さんとしても大歓迎なんだけどね。思いやりがあって賢くて、その上可愛いから」
私は恥ずかしくて赤くなるどころか、自分で分かるほどにサッと青ざめた。お世辞にしても言い過ぎである。いたたまれない。だが花屋の主人だけあってさすがにスルースキルが高いからだろう、何も突っ込まれなかった。
「では、若さま次第…?」
「それが、あの子はとんと男女のことに疎くてね。こちらのエマと同い年なんだが、そう思えないくらい子どもっぽいんだ。結婚話はまだまだ早いだろうね」
「ふ~む、そうでしたか。まあ、急がれることはないのかもしれませんねぇ。私らの頃とは時代が違いますから」
店主は心得顔でそう言いながら、花束の仕上げに入っていた。おじさまとテオドールからの花束も私からの花束もおばさまが愛した白薔薇がメインで、他にも白系の花が何種類か使われていた。他に私の方は淡いピンク、もう一つはペールグリーンの小花がアクセントになっている。焦げ茶色のサテンリボンを結ばれた花束は、どちらも上品かつとても可愛らしかった。転生前に馴染みがあった日本の仏花も上品で綺麗だと思うが、故人の好きだった花を何でも自由に供えるこちらの文化も好きだ。
私とおじさまがそれぞれ花束を抱えて馬車に乗り込み、おばさまのお墓まで引き続きテオドールが御者役を担当してくれた。私も馬を御すことが出来たらいいのに、こんな日はさぞかし気持ちいいだろうなぁ…そう思いながら窓からの風を感じていると、おじさまが私にぽつりと言った。
「もう18年も経つというのが、信じられないんだ」
突然だったので、私は少し驚いた。おじさまは少し寂しげに微笑んだ。
「でも、大きくなったテオドールだけでなく君が妻の命日を心に留めてくれているのはとても嬉しい。感謝するよ、エマ」
「いえ、私が来たかったんです。ずっとお参りしたいと思っていました」
私は、勇気を出して続けた。伝えたいことがあったのだ。
「おじさまとテオドールは、私にとってとても大きな存在なんです。二人といるとき、私は一番自然体でいられます。それに…上手く言えないんですけど、何だか少しは価値のある存在になったような、そんな気持ちになれるんです。だから、二人にとって大切な人であるおばさまにも、きちんとご挨拶したかったんです」
幼い頃から劣等感の塊だった私に、おじさまはいつも優しかった。単なる同情から来る親切ではなく、私を一人の人間として気にかけてくれていた。転生者であるということを知る前も、知った後も。
テオドールもまた、私の救いだった。私たちはたまにしか会えなかったが、幼い頃からたくさんの経験を共にしてきた。三歳の頃には夢中になってどんぐりや赤い実を拾い集めた。五歳の春にはそれぞれ虫取り網を持って蝶々を追いかけ、夏にはカブトムシとクワガタを獲りに薄暗い森を手を繋いで歩いた。
釣りに誘ってくれたのも、木登りやそり遊びを教えてくれたのも、全部テオドールだ。仲間ならたくさんいるのに、友達ひとりつくることができない余り物の私とも仲良くしてくれた。二人がいなかったら、この世界で生きるのはとても苦しかっただろう。
「…ありがとう。私たちにとっても、君は大切な人だよ。君は自分が思っているより、ずっと素晴らしい子だ」
私は泣きそうになりながら、おじさまの言葉を全身で吸い込んだ。まるでスポンジになったように一滴残さず取り込んだ。私がハードモードな人生を生きていくための、大切な栄養になるであろう。
ほどなくして馬車は減速し、泊まった。目的地に到着したのだ。
街に着いたらすぐに花屋に向かった。待ち構えていたかのように出迎えた花屋の主人に、おじさまはにこやかに挨拶した。毎年のことなので店主は全てわきまえているらしく、あれこれ聞くこともなくさっさと花を選び取っていく。
貴婦人の墓前にはとても大きい立派な花輪を供えることが多いのだが、おばさまは花束の方がお好きだったということなので私からの花束も一つ作ってもらうことにした。待つのが苦手なテオドールは先に外に出て時間を潰しに行ったが、私は店主が花をバランスよく束ねていくのを見ていた。花束を作りながら、店主はちらりと私を見て尋ねた。
「お嬢さまには初めてお目にかかりますよね?もしかして、あなたはテオドールさまの…?」
「?」
私は店主の言わんとすることが分からずにキョトンとした。すると、エルネストおじさまが笑って否定した。
「違うよ、この子は親戚なんだ。ユリシーズ伯爵家の、二番目のご令嬢だよ」
「ああ、そうでしたか!失礼いたしました、てっきり花嫁がお決まりになったのかと」
そういう意味だったのかと私は驚いた。仮に冗談だとしても、そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。しかしエルネストおじさまは真面目な顔をして頷いた。
「この子ならお嫁さんとしても大歓迎なんだけどね。思いやりがあって賢くて、その上可愛いから」
私は恥ずかしくて赤くなるどころか、自分で分かるほどにサッと青ざめた。お世辞にしても言い過ぎである。いたたまれない。だが花屋の主人だけあってさすがにスルースキルが高いからだろう、何も突っ込まれなかった。
「では、若さま次第…?」
「それが、あの子はとんと男女のことに疎くてね。こちらのエマと同い年なんだが、そう思えないくらい子どもっぽいんだ。結婚話はまだまだ早いだろうね」
「ふ~む、そうでしたか。まあ、急がれることはないのかもしれませんねぇ。私らの頃とは時代が違いますから」
店主は心得顔でそう言いながら、花束の仕上げに入っていた。おじさまとテオドールからの花束も私からの花束もおばさまが愛した白薔薇がメインで、他にも白系の花が何種類か使われていた。他に私の方は淡いピンク、もう一つはペールグリーンの小花がアクセントになっている。焦げ茶色のサテンリボンを結ばれた花束は、どちらも上品かつとても可愛らしかった。転生前に馴染みがあった日本の仏花も上品で綺麗だと思うが、故人の好きだった花を何でも自由に供えるこちらの文化も好きだ。
私とおじさまがそれぞれ花束を抱えて馬車に乗り込み、おばさまのお墓まで引き続きテオドールが御者役を担当してくれた。私も馬を御すことが出来たらいいのに、こんな日はさぞかし気持ちいいだろうなぁ…そう思いながら窓からの風を感じていると、おじさまが私にぽつりと言った。
「もう18年も経つというのが、信じられないんだ」
突然だったので、私は少し驚いた。おじさまは少し寂しげに微笑んだ。
「でも、大きくなったテオドールだけでなく君が妻の命日を心に留めてくれているのはとても嬉しい。感謝するよ、エマ」
「いえ、私が来たかったんです。ずっとお参りしたいと思っていました」
私は、勇気を出して続けた。伝えたいことがあったのだ。
「おじさまとテオドールは、私にとってとても大きな存在なんです。二人といるとき、私は一番自然体でいられます。それに…上手く言えないんですけど、何だか少しは価値のある存在になったような、そんな気持ちになれるんです。だから、二人にとって大切な人であるおばさまにも、きちんとご挨拶したかったんです」
幼い頃から劣等感の塊だった私に、おじさまはいつも優しかった。単なる同情から来る親切ではなく、私を一人の人間として気にかけてくれていた。転生者であるということを知る前も、知った後も。
テオドールもまた、私の救いだった。私たちはたまにしか会えなかったが、幼い頃からたくさんの経験を共にしてきた。三歳の頃には夢中になってどんぐりや赤い実を拾い集めた。五歳の春にはそれぞれ虫取り網を持って蝶々を追いかけ、夏にはカブトムシとクワガタを獲りに薄暗い森を手を繋いで歩いた。
釣りに誘ってくれたのも、木登りやそり遊びを教えてくれたのも、全部テオドールだ。仲間ならたくさんいるのに、友達ひとりつくることができない余り物の私とも仲良くしてくれた。二人がいなかったら、この世界で生きるのはとても苦しかっただろう。
「…ありがとう。私たちにとっても、君は大切な人だよ。君は自分が思っているより、ずっと素晴らしい子だ」
私は泣きそうになりながら、おじさまの言葉を全身で吸い込んだ。まるでスポンジになったように一滴残さず取り込んだ。私がハードモードな人生を生きていくための、大切な栄養になるであろう。
ほどなくして馬車は減速し、泊まった。目的地に到着したのだ。
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