【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真

文字の大きさ
12 / 74

12.大切な存在

しおりを挟む
 朝食を済ませた私たちは、それほど大きくない箱馬車で近くの街まで出かけた。テオドールが馬を御し、私とおじさまははす向かいになる形で座った。おじさまはグレーの礼装で、テオドールは上着こそ着ていなかったが彼にしては非常に珍しいことにネクタイを締めていた。二人は時々散歩がてらお墓を訪れているらしいが、やはり命日というのは特別なものなのだろう。

 街に着いたらすぐに花屋に向かった。待ち構えていたかのように出迎えた花屋の主人に、おじさまはにこやかに挨拶した。毎年のことなので店主は全てわきまえているらしく、あれこれ聞くこともなくさっさと花を選び取っていく。

 貴婦人の墓前にはとても大きい立派な花輪を供えることが多いのだが、おばさまは花束の方がお好きだったということなので私からの花束も一つ作ってもらうことにした。待つのが苦手なテオドールは先に外に出て時間を潰しに行ったが、私は店主が花をバランスよく束ねていくのを見ていた。花束を作りながら、店主はちらりと私を見て尋ねた。

 「お嬢さまには初めてお目にかかりますよね?もしかして、あなたはテオドールさまの…?」

 「?」

 私は店主の言わんとすることが分からずにキョトンとした。すると、エルネストおじさまが笑って否定した。

 「違うよ、この子は親戚なんだ。ユリシーズ伯爵家の、二番目のご令嬢だよ」

 「ああ、そうでしたか!失礼いたしました、てっきり花嫁がお決まりになったのかと」

 そういう意味だったのかと私は驚いた。仮に冗談だとしても、そんなことを言われるとは思っていなかったのだ。しかしエルネストおじさまは真面目な顔をして頷いた。

 「この子ならお嫁さんとしても大歓迎なんだけどね。思いやりがあって賢くて、その上可愛いから」

 私は恥ずかしくて赤くなるどころか、自分で分かるほどにサッと青ざめた。お世辞にしても言い過ぎである。いたたまれない。だが花屋の主人だけあってさすがにスルースキルが高いからだろう、何も突っ込まれなかった。

 「では、若さま次第…?」

 「それが、あの子はとんと男女のことに疎くてね。こちらのエマと同い年なんだが、そう思えないくらい子どもっぽいんだ。結婚話はまだまだ早いだろうね」

 「ふ~む、そうでしたか。まあ、急がれることはないのかもしれませんねぇ。私らの頃とは時代が違いますから」

 店主は心得顔でそう言いながら、花束の仕上げに入っていた。おじさまとテオドールからの花束も私からの花束もおばさまが愛した白薔薇がメインで、他にも白系の花が何種類か使われていた。他に私の方は淡いピンク、もう一つはペールグリーンの小花がアクセントになっている。焦げ茶色のサテンリボンを結ばれた花束は、どちらも上品かつとても可愛らしかった。転生前に馴染みがあった日本の仏花も上品で綺麗だと思うが、故人の好きだった花を何でも自由に供えるこちらの文化も好きだ。

 私とおじさまがそれぞれ花束を抱えて馬車に乗り込み、おばさまのお墓まで引き続きテオドールが御者役を担当してくれた。私も馬を御すことが出来たらいいのに、こんな日はさぞかし気持ちいいだろうなぁ…そう思いながら窓からの風を感じていると、おじさまが私にぽつりと言った。

 「もう18年も経つというのが、信じられないんだ」

 突然だったので、私は少し驚いた。おじさまは少し寂しげに微笑んだ。 

 「でも、大きくなったテオドールだけでなく君が妻の命日を心に留めてくれているのはとても嬉しい。感謝するよ、エマ」

 「いえ、私が来たかったんです。ずっとお参りしたいと思っていました」

 私は、勇気を出して続けた。伝えたいことがあったのだ。

 「おじさまとテオドールは、私にとってとても大きな存在なんです。二人といるとき、私は一番自然体でいられます。それに…上手く言えないんですけど、何だか少しは価値のある存在になったような、そんな気持ちになれるんです。だから、二人にとって大切な人であるおばさまにも、きちんとご挨拶したかったんです」

 幼い頃から劣等感の塊だった私に、おじさまはいつも優しかった。単なる同情から来る親切ではなく、私を一人の人間として気にかけてくれていた。転生者であるということを知る前も、知った後も。

 テオドールもまた、私の救いだった。私たちはたまにしか会えなかったが、幼い頃からたくさんの経験を共にしてきた。三歳の頃には夢中になってどんぐりや赤い実を拾い集めた。五歳の春にはそれぞれ虫取り網を持って蝶々を追いかけ、夏にはカブトムシとクワガタを獲りに薄暗い森を手を繋いで歩いた。

 釣りに誘ってくれたのも、木登りやそり遊びを教えてくれたのも、全部テオドールだ。仲間ならたくさんいるのに、友達ひとりつくることができない余り物の私とも仲良くしてくれた。二人がいなかったら、この世界で生きるのはとても苦しかっただろう。

 「…ありがとう。私たちにとっても、君は大切な人だよ。君は自分が思っているより、ずっと素晴らしい子だ」

 私は泣きそうになりながら、おじさまの言葉を全身で吸い込んだ。まるでスポンジになったように一滴残さず取り込んだ。私がハードモードな人生を生きていくための、大切な栄養になるであろう。
 
 ほどなくして馬車は減速し、泊まった。目的地に到着したのだ。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...