ひかる宮のお話 男女逆転源氏物語

糸掛 理真

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第二章 帚木

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 いつの間にか雨は止み、気づけば白々と夜が明けていました。

 先ほどまで、ここには若い公達たちの笑い声がありました。

 女のことを語り、恋のことを語り、理想の女とは何かと戯れに言い合う声が。

 高貴な姫君は気品があるが、どこか遠い存在。

 身分の低い女は、親しみやすいが頼りない。

 ならば中ほどの女こそがよいのではないか。

 そんな言葉が交わされるたび、ひかる宮は笑いながらも胸の奥に冷たいものを感じていました。

 恋とは、そんなふうに測れるものなのでしょうか。

 女とは、品定めされるべきものなのでしょうか。

 好き勝手に語られる言葉を聞けば聞くほど、答えは遠ざかるような気がしました。

 客たちが帰った後もひかる宮はひとり几帳にもたれ、ぼんやりとしていました。

 心の中に、ふと寂しさが差し込みます。

 それと同時に、ある疑問が心に浮かびました。

 「では、男の方はどうなのだろう」

 上流の殿方である葵の大将とは全くうまくいっていませんが、いわゆる中流階級の男なら、もしかしたら癒しになってくれるのかもしれません。

 どうせ藤壺の宮との未来などはないのだし、優しい男に甘く愛されればこの辛く苦しい胸のうちも少しでも和らぐのではと、ひかる宮らしくもないことをつい考えついてしまったのです。

 しかし高貴な宮が中流の男に出逢うきっかけなどそもそもありません。

 ひかる宮は馬鹿げた考えを思いついた自分をひとり恥じるのでした。





 宮中にばかりいては左大臣も心配するだろうとひかる宮は考え、天気も持ち直したことなので左大臣邸へと退出します。

 お邸の有り様も、葵の大将の様子も、すべてがきちんと整った様子で、あまりにも端然とした男君の様子は打ち解けにくくさえ感じます。

 しかしひかる宮は少しでも仲良くなれたらという希望を捨てきれず、夫に対し思うところはありながら、ひとまずそれは隠してにこやかにご挨拶します。

 しかし大将の方は取り澄ましていて、取り付く島もないのでした。

 暗くなる頃に一人の女房が、

 「今夜は、こちらは内裏から見ると陰陽道おんみょうどう中神なかがみがおられる悪い方角に当たります。お泊まりになるにはよくありません」

 と知らせに来ました。

 「確かにそうですわ、いつもならお避けになる方角です」

 と別の女房もいいます。

 ひかる宮は、

 「それなら私の実家である二条の院だって同じ方角だからだめだし、こんな時間からどこに方違かたたがえしたらよいのかしら。疲れて気分もよくないのに」
 
 と言いながら、そのまま横になろうとしています。

 元々信心深いほうではない上に、近頃は今の暮らしに嫌気がさしていて、色々と投げやりになっている宮なのでした。

 「方違えなさらないなんて、とんでもございませんわ」

 と、女房たちが口々にうるさく言います。

 「こちらに親しく出入りしている紀伊かみが、中川のあたりの家に川の水をひいて、涼しげにしておりますよ」

 と誰かが言うのを聞いて、ひかる宮はようやくその気になり、

 「それは素敵ね。牛車ごと引き入れられる気楽なところなら、屋敷の隅にでもお邪魔できるかしら」

 と尋ねます。

 紀伊の守にその件を伝えさせると畏って承諾しました。

 大層お忍びで、ごく少数のお供の者だけを連れて急いで出発します。

 紀伊の守は急なことなので慌てましたが、とりあえず寝殿の東側を空けさせて、仮のご座所を設けてひかるの宮をお通しします。

 遣水やりみずのつくりなどはなかなか趣向を凝らしていますし、田舎家風の柴垣がめぐらせてあり、前庭の花や草木なども気を配って植えてあるのが分かります。

 夜風が涼しく吹き、虫の音もほのかに聞こえ、蛍がしきりに飛び乱れているのは味わい深い雰囲気でした。

 渡り廊下の下から湧き出た泉を見下ろしながら、人々はお酒を酌み交わしました。

 ひかる宮も今夜は酔いたい気分なのか、珍しく盃を傾けています。

 主人の紀伊の守は酒や肴の支度に忙しそうにしながらも、ひかる宮のことを懸命にもてなし、細やかな心遣いを見せます。

 背が高く恵まれた体格で、少し日焼けした肌をしたいかにも健康そうな若者です。

 年齢は二十代前半でしょうか、人柄は素直で純朴そうな感じがします。

 普段はひかる宮の近くに侍る機会などまずありませんので、緊張して固くなり、頬を染めている様子がとても初々しく見えました。

 女房たちは紀伊の守に好感を抱いているようで、可愛らしい人だと囁き合っています。

 そんな男が自分のために何くれと世話を焼いているのを見るのは悪いものではないとひかる宮は思い、頭中将たちが言っていた中流の良さに通じるような気がすると思うのでした。

 とはいえひかる宮は日頃から傅かれることにはすっかり慣れていますので、これは皇女である自分の身分がそうさせているだけのことなのだからとすぐに冷静になるのでした。

 



 慣れない場所でひかる宮は落ち着いて眠ることはできず、横になっていました。

 酒を呑んだので頭はふわふわとした心地ですが、なんともいえない寂しさで我知らず涙がこぼれます。

 周囲の女房たちは皆寝静まった気配なので、眠れない退屈な夜を明かしかねていると、軽い衣擦れの音がしました。

 誰か女房が起きてきたのか、そう思った瞬間、後ろから抱き寄せられました。

 あまりのことにびっくりして、ひかる宮は思わず声を上げますが、口元を袖で塞がれてしまいます。
  
 そしてそのまま軽々と抱き上げられてしまい、奥の寝所に連れ去られてしまったのです。

 はしたなく大声を上げることもできず、それでも誰かがすぐに気づくだろうと期待しますが、こんな時に限って警備は手薄な上、頼りにしていた女房までもがぐっすり寝こけているのでした。

 何者かはそっとふすまを閉め、掛金をかけてしまいました。
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