ひかる宮のお話 男女逆転源氏物語

糸掛 理真

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第二章 帚木

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 荒い息を吐く紀伊の守は、まだ満足していませんでした。

 自分がどれほど悍ましいことをしているか分かっていながら、宮を求める気持ちには歯止めがききません。

 もうこうなってしまったからには、思ったよりもずっと蠱惑的なひかる宮のお身体を気が済むまで味わい尽くし、心ごと奪ってしまいたいと望むのでした。

 全く芯を失わずにいる硬いままの欲望を、再び最奥に打ち込もうとしたその時、先ほどまで宮の近くで寝ていた女房が宮がいないことに気づいたのか、起き上がって探しているような気配がします。

 紀伊の守は一瞬焦ったようでしたが、気持ちを落ち着かせてひかる宮の乱れた寝巻きを形ばかり直し、しっかりと抱きしめて髪を撫でます。

 「このような無理無体なことをして、宮さまが私をお憎みになるのも当然でしょうが、どうか一時の気の迷いを起こしたとは思わないでください。私は心底あなたに焦がれ、こうするしかありませんでした」

 ひかる宮は何と言っていいか分からず、ただ悪い夢を見ているかのような気持ちで茫然としています。

 そんな宮に罪悪感を覚えながら、

 「手紙を書きます、また会いに行きます。これで終わりにはできません。せめて宮さまがお幸せなら、諦められるかもしれませんが…」

 と紀伊の守は言い残し、掛金を外して戸を開けると、どこかへ行ってしまいました。

 少しして中将の君と呼ばれる女房が慌てた様子でやって来てひかる宮を見つけました。

 激しい劣情を受けて艶かしく寝乱れた様子の、ひかる宮の慄いた様子は暗い中でも隠しようがなく、中将の君は息を呑みました。

 あってはならないことが起きたのは明白でした。

 左大臣家の葵の大将の正妻で、降嫁したとはいえ帝の姫宮であるひかる宮に無体をはたらき、穢した者が近くにいるのです。

 「ああ、なんということ、宮さま。私たちがついておりながら。一体誰がこんなことを」

 そう言いながらも、中将の君には犯人の目星がついていました。

 暗い中で宮のお側近くにまでやすやすと侵入し、人目のない場所に連れて行って事に及ぶことが出来たのは、屋敷の主人である紀伊の守に違いありません。

 信頼していたのにという失望と、取り返しのつかない自分たちの落ち度に顔面蒼白になり、中将の君は狼藉者を捕らえようと人を呼ぼうとします。

 「待って、声を立てないで。お願い、このことは誰にも言わないで」

 ひかる宮は涙ながらにそう頼みました。

 「私ひとりの恥ならまだしも、このことをお知りになったら宮家や左大臣家がどう思うか。父帝たちの名を汚し、家の名を傷つけてしまう」

 そう言われてしまうと、中将の君も何も言い返せません。

 とりあえずは震えている宮を御湯殿に連れて行き、気持ちが落ち着くのを待つことにしたのでした。


 


 身体を清めても、生々しい感触は少しも消えず残っています。

 中将の君に手伝わせて湯浴みをし、装束を着付け終わるころには女房たちも皆起きて来ました。

 何かに気づいたり、不自然に思ったりした者はいないようです。

 湿気のある温かい夜でしたので、自分も少しお湯をもらって身体を拭こうかしらなどと呑気に話しているのが聞こえてきます。

 ひかる宮はまだ混乱していましたが、冷静を装って部屋に戻り、まだ眠いからと几帳を近くに寄せさせます。

 「左大臣邸ではなく宮中へ行くことにしたから、支度ができたら声をかけてちょうだい。私はもう少し休ませていただくわ」

 何事もなかったかのように取り繕ってさりげなくそう伝え、宮は皆に背を向けて横になりました。

 その姿を見て女房たちは珍しいことと思いますが、慣れない場所であまりお眠りになれなかったのだろうと推察し、それほど深くは気に留めません。

 各自身なりを整えながら雑談などしたり、庭に紀伊の守が出ているのを見つけて明るい中で見るとより逞しい体躯が際立って見えると小声で誉めそやしたりしています。

 中将の君だけは、宮はどれほど苦しんでいらっしゃることだろうと気が気ではなく、爽やかで素朴に見える紀伊の守の大それた心を心底憎らしく思うのでした。
 



 
 その日ひかる宮はずっと桐壺にいて、誰ともほとんど話さず奥にひっそりと引き籠っています。

 藤壺の宮からのお使いがやって来て、美味しいお菓子があるのでご一緒にいかがですかとのお誘いを伝えますが、今日は気分が悪いのでとお断りしているのは本当に珍しいことです。

 女房たちも心配になって薬湯などを用意しますが、宮は大丈夫だと言うばかりです。

 午後には藤壺の宮から聞いたのであろう帝がわざわざ様子を見にやって来ました。

 顔色が悪く表情も暗い、そしてどこか心ここに在らずといった様子の宮を帝は心配しますが、宮はただ少し疲れただけですので大丈夫ですと繰り返します。

 それでも若くして亡くなった更衣のことがどうしても頭をよぎるのか、帝は何か悪い病気になったか物怪もののけにでも憑かれたのではと懸念して、僧を呼んで祈祷をさせるのは相変わらずの可愛がりようなのでした。

 僧たちが唱える低い声を聞きながら、ひかる宮は紀伊の守のことを考えていました。

 なんと悍ましく気味の悪いことをされたのだと思う一方で、あの情熱的な言葉や態度は本心からなのではと思いたくもなるのです。

 熱烈な抱擁や口づけ、そして快楽に溺れる交わり、すべてが生まれて初めてのことでした。

 紀伊の守が紡いだ愛の言葉や切迫した表情はやけに現実味があって、真実のように思えます。

 だからと言って立場上その恋を信じて身を任せるわけには決していきません。

 あの男がしたことはやはり許しがたいことであると思うにつけ、それを拒みきれなかった自身の弱さが一番許せないと、ひかる宮は自分を責めるのでした。
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