虹の樹物語

藤井 樹

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〜16章〜

魔女の憂鬱

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「まったく。嫌になるわ」

 煩雑に、それでいて正確に物が積まれた部屋は、今ではまるで泥棒に忍び込まれたかのように散らかり放題だった。

 若い娘と幼い機械人間がこの家を去ってから、シニコローレは旅支度を始めていたのだ。

「彼が言ったことが現実になりそうよ」

 魔女は暗闇の中に向けてそう投げかけた。

 その暗闇は「にゃー」と返事を返す。

「あの馬鹿ども、また戦争をおっぱじめようって気じゃないでしょうね」

 ブツブツと文句を垂れ流しながら、シニコローレは乱暴に物をカバンの中へ放り投げていく。

 その様子はまるで巨大な穴に物を投げ入れるかのようだ。

〔随分と親切だったじゃないか。お前らしくもない〕

 暗闇の中から質問が投げかけられる。その声はどこか面白そうな空気を孕んでいる。

「・・・恋よ」

 くすりとその魔女は微笑みをたたえている。

〔あのままだと死ぬぞ〕

「わかってるわ。けど、それは私にはどうにもできない。運命は変えられないのよ」

 暗闇の中から黒猫がぬっと姿を表す。

〔約束を忘れたわけではあるまいな〕

 ガサガサと物を漁る音がピタッと止まる。

「なあに。そんなに怖い顔して」

 じっと見つめ合う二人。緊迫した空気が二人の間を流れる。

 シニコローレははぁっとため息をつき、諦めたかのように頭を振った。

「わかってるわよ。だからこうして旅支度をしてるんじゃない。まったくもう」

 再びブツブツと不満を垂れ流しながら、荷造りをしていく魔女。

「それにしても、あなたがそんなにも肩入れするなんてどういう風の吹き回し?」

 黒猫はふぁっと欠伸をする。そして、魔女の質問に答えることなく、毛繕いを始めた。

「まったく。猫みたいな振る舞いするのはよしてよ」

 よしっ。と鞄を床に置く魔女。あれだけ物を詰め込んだというのに、魔女の手にするその鞄はほんの小さな旅行鞄ほどのサイズである。

「それで」と冷たく黒猫の方を向いた。

「あなたは来るの?」

 汗だくになった魔女をつまらなさそうに見上げると、その黒猫は何も言わずに暗闇の中へと帰っていった。

「つれないわねぇ。そんなにあの二人のことが気になるのかしら」

 呆れた様子でそう一人呟くと、シニコローレはゆっくりと椅子に腰を下ろし、懐からタバコを取り出した。

 さっと手をかざし火をつけると、ゆっくりと吸い込み肺を満たした。

「はぁ。めんどくさいわ。・・・ねぇ、シェズ」

 暗闇にそう問いかけるが、反応はない。

「ほんと、つれない男」

 そっと微笑み、その魔女はそっと煙を吐き出した。
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