虹の樹物語

藤井 樹

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〜23章〜

真の狙い

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「どう言うことだ!もういっぺん言ってみろ!」

 ジメジメとしたうす暗い部屋の中、男たちの怒号が飛び交う。石畳の床はひんやりと冷たく、至る所に苔が生えている。

 男たちは今、フロンスマーレの地下牢にいた。

 そこには戦士隊長のベラトルにルーナの父親テラシー、そのほか四人の戦士隊の男たちが集結していた。

 海賊の襲撃に遭いなんとか撃退したフロンスマーレであったが、避難させていた人たちの中からルーナとロキエッタの二人が拉致されていたのだ。

「そう怖い声を上げないでくだせぇ。俺たちはただ指示されたまでですぜぇ」

 薄気味悪いニヤリ顔を貼り付けて、拘束された海賊の一人が言った。

 ぎろりとその海賊を睨みつける戦士隊長。ヒッと身をすくませつつもその海賊は何処か小馬鹿にした様子である。

「若い娘たちをありったけ集めろって言われたんですわ。俺たちゃあのヴィヴィリアン様の手先のそのまたさらに手先のしがない海賊ですぜ」

 バンっと近くにあった椅子を蹴り飛ばすベラトル。

「じゃあつまりなんだ。あのヴィヴィリアンのクソ野郎が各地を襲撃して若い娘たちを拉致するように言ってるってことか!」

「さっきからそう言ってるじゃないですか旦那」

 呆れた様子でそう返す海賊を睨みつけ、尋問を続けていく。

「で、その目的はなんだ?若い娘だけさらって楽園でも築こうってか?そうじゃねぇよな?・・・はっきりしろ!」

 ニヤニヤとした海賊の顔が硬直する。隣に縛り付けられていた仲間の腹に戦士隊長の蹴りがめり込んでいた。

 ごくりと生唾を飲み込みその様子を見つめる海賊。

「真面目にやりやがれ。次はねぇぞ」

 ベラトルが鼻先がくっつくほどの距離でそう問い詰めると、その海賊は震え上がった。

「そ、そうカッカしなさんな。話す、話すから!」

 うぅと口から涎を垂れ流し意識朦朧といった様子の仲間を脇目に、その海賊は冷や汗を流しながらペラペラと事の顛末を話し始めた。

 その海賊によると、ヴィヴィリアンは若い娘たちの『芽』を集めるのが目的らしい。

『芽』というのは、植物人間が髪の先に持つもので、その『芽』が花開いたときに初めて成人として認めれらるものである。

 花の開花時期には個人差があるが、多くの者が十八歳前後で開花する。

 芽吹いたその花の美しさがその人間の美しさを表しており、またその花が咲くと結婚適齢期と見做され、植物人間たちはパートナーを探し始める。

 以上はあくまで風習の一つといったところで、その『芽』を断ち切られたところで命の危機に及ぶことはない。が、植物人間としての尊厳を鑑みたときには、やはりその『芽』を詰むことは大変罪深いことであり、それが年頃の娘となればなおさらである。

 何のためにその『芽』を集めているのかは不明(戦士隊長のベラトルがまたもや椅子を蹴り飛ばした)だが、とにかく各地の若い娘を片っ端から攫っているとのことだ。

 攫われた若い娘たちはルナシリス王国の首都『ドゥロルパ』近辺にある廃墟に集められており、ヴィヴィリアン一味もそこにいるとのことである。

「今話したことは全て本当なんだろうな?」

 ブスッとした表情で海賊を睨みつけながら戦士隊長のベラトルが問い詰めた。

 一思いに話をした海賊は「もちろんですぜぇ。誓って嘘はねぇ」とぶっきらぼうに呟いた。

 ふん、と鼻を鳴らし乱暴に立ち上がると、地下牢に集まっている戦士隊たちを集めヒソヒソと話し始めた。

「奴が話したことが本当なら、俺たちはすぐにでも取り返しに行かなきゃならねぇ」

 眉間に皺を寄せ怖い顔でそう呟く戦士隊長の言葉に皆神妙に頷き合っている。

「さっさと計画を立てましょう。やつの話からして命の危険はないようですが、早いところ取り返さないと何をされるか分かったものじゃない」

 戦士隊の一人が憤然とそう言い放つ。

「私の娘も囚われている。一刻も早く取り返しに行きましょう。すぐに作戦会議の招集をかけます」

 とテラシーが勢いよく飛び出していった。

 その後、すぐさま奪還計画の作戦会議が議会場にて開かれた。

 今回ばかりはさっさと決着してくれ。

 テラシーは、前回ソルが発見された時の議会を思い出し、ざわめく議会場を目の前に心の中でそう毒づいた。

 乱暴に家の扉が開かれる。テラシーの帰りを待ちつつ、ソファで打ちひしがれていたソルはガバッと起き上がり玄関へと目を向けた。そこには戦士隊のコーモスが立っていた。

「コーモス!どうして君がここに?いや、議会は?どうなった?」

 議会を抜け出してきたのだろう。息も絶え絶えコーモスがソルの側までやってきた。

「三日後だ。海からと地上から、二手に分かれてドゥロルパを目指すことになった。」

 息つく暇もなくいっぺんに捲し立てると、ソルから差し出されたカップを一気に煽った。

「それじゃ遅すぎるよ」

 ぶっきらぼうにそう言い放つソルを手を上げて制し話を続けた。

「わかってる。どうして大人たちはあんなに揉めるんだか。前回のお前の時もそうだったけど、今回も議会はひどく荒れたよ。全くこんな時まで仲違いしなくてもいいのに」

「なんで仲違いなんて起きるの?ルーナたちを取り返しにいくだけじゃないか」

 ふぅっと一息ついてコーモスは苦虫を噛み潰したかのように笑った。

「俺たち植物人間は実はいろんな派閥に分かれててさ。いろんな主義主張があるんだ。同じ村に住んでいてもそれは同じさ。大人しく国に任せた方がいい、とか。各村と連携を取ってから作戦を決行した方がいい、とか。誰が奪還しに行って誰が村に残って警備を固めるのか、とか。最終的にテラシーさんがブチギレてさっさと取り纏めてくれたんだが、それでも大群を連れての旅になるから、その準備に三日は必要なんだとさ。」

 やれやれ、と首を振り呆れたようにまたまたため息をつくコーモス。

「何かあってからじゃ遅いよ!」

 ダンっと立ち上がったソルの目は怒りに震えていた。

 そんな様子のソルを見てコーモスはニヤリと笑った。

「お前、変わったな。これなら大丈夫そうだ」

 不敵に笑うコーモスを不満げに睨みつけるソルはやっとの思いで「どういうこと?」とコーモスに問いかけた。

「今から行くぞ。俺と一緒に。二人で」

 コーモスの目は真剣だった。

 二人で行ってどうにかなるものだろうか。ならないだろう。

 一瞬、弱気な自分が顔を覗かせたがすぐさまそれらは消え去った。

「わかった。行こう!」

 ソルはそう言うと慌てて身支度を始めた。

 そんな様子のソルを見てコーモスは改めて覚悟を決めた。

 ソファから立ち上がり家の外へ出る。軒先に置いておいた荷物を拾い上げ背負い込む。

 雲一つない空に大きな鳥が翼を広げてゆっくりと滑空している。

 俺たちも飛んで行けたらどんなに楽なことか。

 そんなことをぼんやりと考えていると、すぐに家の中からバタバタとソルが駆けてくる足音が聞こえてきた。

「お待たせ。行こう!」

 勢いよく扉が開け放たれる。背中に大きな荷物を抱え、陽光除けの衣服を身に纏ったソルが立っていた。そしてすぐさま力強い足取りで先頭を歩き始める。

「何があるかわからない。だけど、どうであれやる。いいな」

 そうソルに問いかけると、ソルは真っ直ぐにコーモスの方を見据えて頷いた。

 こうして若い植物人間と機械人間の歪な旅が始まった。
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