虹の樹物語

藤井 樹

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〜27章〜

魔女の憂鬱 その三

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「まったく。嫌になるわ」

 双眼鏡とタバコを片手ずつにそう呟く魔女は街を一望できる高台にいた。

 彼女は今、首都『ドゥロルパ』にいる。

 たった今目撃した光景に思わず深いため息を吐いたシニコローレは、手にしていたタバコを慌てて口に放り込み、身の回りに広げていた荷物をバタバタと片付け始めた。

 その傍でうとうととしていた黒猫が、片目を開けてその様子を観察している。

「さぁ行くわよ」

 あれだけ詰め込んだというのにその鞄はほんの小さな旅行鞄ほどである。

 魔女は満足そうにその鞄を手にすると、黒猫を抱え肩に乗せた。

「なーんでフォスニアン?いよいよこの世界も終わろうとしているのかしらね」

 螺旋階段を駆け足で降りていく魔女。自分の足音だけが鳴り響く階段を一思いに駆け降りると、すぐさま身を潜めるように街の中へと溶け込んでいった。

「ねぇ。そろそろ自分の足で歩いていただけないかしら?」

 と、肩に乗せた黒猫に問いかける。

 黒猫は爪を立てがっしりと魔女の肩へと食い込ませている。

 はぁ、と再び深いため息をつく魔女。これで何度目だろうか。

 ここ数日、気の滅入るような光景ばかり目にしてきていた魔女は、もう何回自分がため息をついてしまったのかを考え一人嘆いた。

 あと何回ため息をつけるのかしら。・・・いやね、歳を取るって。

 脇道へと忍び込み、あたりに人がいない事を確認すると身軽なこなしでスルスルと建物の屋根へと上がっていった。屋根へと上がると黒猫がスッと肩から飛び降り、大きな欠伸と共に背を伸ばした。

「さて。どうしたものかしら」

 と一人考え込むシニコローレ。

「小鳥が先か。子猫が先か。はたまた小鼠かしら」

 誰にも見られずに気兼ねなく歩けるってなんて素晴らしいのかしら。

 そんなことを思いながら、屋根から屋根へと飛び移っていく。その後ろを黒猫が華麗に追いかける。

「早く確かめないと」

 魔女と黒猫は風のように屋根の上を駆け抜け、さっさとその街を出ていってしまった。
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