虹の樹物語

藤井 樹

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〜41章〜

空飛ぶ魔獣

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 久しぶりの陽光を浴び、爽やかなそよ風に包まれながらルーナは伸び伸びと四肢を伸ばした。

 どんどんと体にエネルギーが染み込んでいくのがわかる。

 前方を駆ける囚われていた少女たちの足取りは、ウキウキとまるで足に翼が生えたかのように軽やかであった。

「あぁ、イタタ」

 隣でロキエッタが腰を左右に捻りながら思わずそうこぼす。

「大変だったな」

 陽光を存分に浴び久しぶりの光合成を行ったロキエッタにコーモスが声を掛ける。

「ほんとよ、まったく!えらい目にあったわ。ところで、男二人暗闇で何をしてたの?」

 ボキボキと首をならし、肩をぐるぐると回しながらロキエッタはニヤニヤと尋ねた。

「別に」

 ルーナに寄り添うソルの背中を見ながらコーモスはそう呟いた。

「ふーん。まぁ、いいけど」

 それ以上追求する気力もないのか、ロキエッタは疲れた様子で欠伸を繰り返していた。

 凝り固まった身体を一通りほぐしたルーナたちはゆっくりとドゥロルパを目指し歩き始めた。

「ソル」

 ルーナの身体を労わるように隣を歩くソルは笑顔で振り返る。

「助けに来てくれてありがとう」

 照れ臭そうに笑ったソルは何も言わずに静かに頷いた。

 ソルらしい仕草にルーナは口元を緩めながらも、それ以上は何も言わずにいた。

 そっと後ろを振り返る。そこには先ほどまで自身が囚われていた古いお城が建っている。

 苦い記憶がすぐさま蘇る。

 それでも、本当にソルが助けに来てくれた。

 ルーナにとって、その事実はとてつもなく大きかった。

 ソルの方へと再び視線を向けると、彼は心配そうにこちらを振り返っていた。

 目が合うとそっと微笑み、手話で「行こう」と返してくるソル。

 ルーナは笑顔で頷き歩き出そうとした。

 その瞬間、突如爆音と共に地面が大きく揺れた。

 あまりの衝撃に思わず地面に倒れ込むルーナ。すぐさまソルが腕を支える。

 轟々と重たい音を響かせながら、背後にある城が崩落していく。

「残り全て置いてきたんだが、まさかあんなに威力があったなんて」

 呆気に取られた様子でその光景を眺めるコーモス。

 キャプテン・ヴィヴィリアンはあの城から無事逃げ出したのだろうか。

 すぐに二度目の爆発音。

 きっとしょんべんちびらせながらでも逃げ出していることだろう。

 城周辺の地面が割れ、周りに置かれていた布に包まれた謎の物体が飲み込まれていく。

「流石に大丈夫だと思うが、先を急ごう」

 コーモスは冷や汗と苦笑いを浮かべながらそう言うと、ロキエッタの腕を取りゆっくりと立たせる。

 ルーナもソルに腕を抱えられゆっくりと立ち上がった。

「びっくり、ね」

「城の中であの爆発にならなくてよかったよ」

 眉根を寄せ大きく陥没した大地を恐る恐るといった様子で見つめるソル。

 ふと胸元で何かが激しく動き出した。モケが驚いて目を覚ましたのだろう。

「モケちゃん。大丈夫だからね。すぐ安全なところまで連れていってあげるから」

 胸ポケットから小さな獣を取り出し優しく語りかけるソル。

「まぁ、可愛い」

 ソルの手に収まるモモンガのモケを覗き込んだルーナは感嘆の声を上げる。

 ふと、モケがソルの指に齧り付く。突然の痛みに思わずモケを取り落とすソル。

「痛っ!」

 ソルの手から抜け出したモケは地面に落ちることなく、ふわりと宙を滑空する。

 ふわふわと円を描きながら滑空するモケであったが、なんと次第にその姿が大きくなっていくではないか。

「おい、何してんだ。早く行くぞ!」

 先を行っていたコーモスが振り返り二人に叫ぶ。隣でロキエッタが呆れたようにこちらを見つめている。

「モケちゃんが!」

 ソルは噛まれた手を押さえながら、顎で目の前を指し示す。

 ブワブワとその身体を大きくしていくモケを見て、遠くの二人は目に見えて狼狽えていた。

 足を抱え込むように体勢を変えたモケは、風を浴びどんどんとその腹を膨らませていく。

 やがてふわふわと漂わせていたその身をゆっくりと地面に下ろした。

「すごいな・・・」

 皆開いた口が塞がらず、ただ呆然とモケのことを見つめている。

 モモンガのモケはまるで気球のように姿形を変身させていた。

〔ここは危ないですぞ。早く乗りなさい〕

 老人のようなしわがれた声が響く。

 慌てて周りを振り返るがソルたちの周りには誰もいない。ルーナが不思議そうな目で見つめてくる。

「もしかして、モケちゃん?」

 目の前の気球を見遣り、そっと呟くソル。

〔いかにも。急ぎなさい。さぁ〕

 老々とした声が再び鳴り響く。

 黒猫のシェズに話しかけられた時にも、見た目とのギャップに驚いたものだが、モケに関してもソルはあまりの見た目との差に思わず笑い出してしまった。

 そして、恐らく自分にしか聞こえていないのだろう。ソルはみんなに目の前の気球に乗るように声をかけた。

「フォスニアンってすげーな、ほんと」

 コーモスが感心したように籠をしげしげと撫でている。

「フォスニアンって?」

 ルーナが興味深そうにソルの方を振り返る。

「あっ、そうだ!すごかったよ!実はね・・・」

 突如、気球になったモケの咆哮が轟く。

 慌てて耳を塞ぐソルたちであったが、そのあまりの迫力に腰を抜かしてしまった。

〔無駄話はいい。早く乗りなさい。子犬たちよ〕

 ソルは「と、とりあえず乗り込もう」と皆に伝え、ルーナの手を取った。

 コーモスもロキエッタを抱え籠の中へと乗り込んでいく。

 四人が乗り込むや否や、その気球はブワッと浮き上がりゆらゆらと空を漂い始めた。

 あっという間に地面が遠のき、ソルたちを乗せた気球はふわふわと風に流されていった。
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