一生、推せる。

やしき

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一生、推せる

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『私、カナのことがずっと好きだったのに』

 美奈子にそんなこと言われて、正気でいられる人間なんて、果たしているんだろうか。少なくとも私は絶対に絶対に無理だ。
「カットカットカットカット!」
「カナちゃんダメだよ、台詞飛ばしちゃ! 集中してくんないとさぁ!」
 撮影所の脇でマネージャーが怒鳴っている。撮影開始から30分、たかだか30秒もないシーンで10回目のNG。最初はニコニコしていた監督もだんだん顔が引きつってきた。やばいのはわかる。やばいのはわかるけど、でもでもだって美奈子のかわいさの方がもっとずっとやばいんだからしょうがないと思う。いや、しょうがなくはないんだけど。

 ずっと女の子が好きだった。保育園の頃はドキンちゃん、幼稚園の頃はプリキュア、そして小学生のとき、たまたま歌番組で見たキラキラのアイドルたちに目を奪われてから、ずっとずっと女の子、特にアイドルが好きだった。でも、その頃の私はいわゆるDD、誰でも大好きっていう奴で、特定の『推し』はいなかった。
 身近でアイドルになる子たちを見たいがため、下心一心でダンスレッスンに通い、ボイトレを受け、零細事務所のアイドル募集オーディションに転がりこんだ先で、私は出会ってしまったのだ。生涯の推しである美奈子に。
 何としてもこの子と一緒にアイドルをしなきゃ。絶対に絶対に絶対に一番近いところでこの子を見なきゃいけないと思った。そして、私は運よくオーディションに合格し、美奈子と同じグループ、三人組アイドル「ごるごんぞーら」でデビューすることが決まったのだ。

 駆け出しアイドル生活も3年目、美奈子が小説を出すと発表したとき、私はちょっと驚いた。SNSはだいぶ荒れた。書いたのがよりにもよって恋愛小説ということで、妄想力たくましいアイドルオタクたちは『どうせプロデューサーやマネージャーとの実体験を元にした話だろう』と発売前から発狂したのだ。
 でも、オタクの掌返しは早い。美奈子が実際に書いた小説は全然そんな話じゃなかった。完全なる嘘っぱち、明らかに私たちのグループ「ごるごんぞーら」をモデルにした三角関係百合小説だったのだから。
 一部界隈の熱烈な後押しを受けて、そして、どれほど腕の良いゴーストライターを雇ったのか、それとも純粋に美奈子の多才さゆえかはわからないが、意外なことに物語自体の出来の良さもあって、その小説は売れた。トントン拍子に売れた。それはもう猛烈に売れた。純文学作家が聞いたら泣くんじゃないかってくらい売れた。映画化、ドラマ化、アニメ化、舞台化、ゲーム化。できるメディアミックスは全部やった。イメージ香水だって出た。いや、それはなんでよ。
 その小説の中で描かれている世界が、全部嘘っぱちのフィクションだってことは、私が一番よくわかっていた。小説に書いてあることで本当のことなんて一個もなかった。美奈子が私に好きだったって言ってくれたことなんか、一度だってないのだ。カメラの前をのぞいては。

 出版から3年後、ベストセラーのブースト効果も切れた頃、嘘っぱちであることの証明に美奈子は結婚した。駆け出しの頃からお世話になっていたTV局の敏腕ADと。正確にはその頃にはプロデューサーに出世していた元ADと。
 美奈子の華だけでもっていたようなグループで美奈子が結婚するとなれば、残された私と影の薄いミミちゃんの二人ではとうていやっていけるわけがなかった。私からすれば、アイドルを続ける理由も、もはやなかった。
 引退した私は一般人よりはだいぶ可愛い見た目を最大限に活かして、分不相応な大手企業の受付嬢に転職した。数年後、取引先のえらい人に見初められたところで寿退職し、かつての芸能界の思い出、99%は美奈子との思い出だけを抱いて、早30余年を生きている。 
 私がとうとうOKを出せないまま、総NG数は実に50を数え、お蔵入りになった幻の告白シーンで、美奈子が審美歯科で治す前の片八重歯を小さな口からのぞかせている。スタッフに頼み込んで焼いてもらったDVDは、ビデオテープだったら、とっくの昔に擦り切れて見れなくなっているはずだ。
『私、カナのことがずっと好きだったのに』
 何回見ても新鮮に、もう死んだっていいと思う。 
 元ADと爆速で離婚した美奈子。審美歯科医と音速で再婚したと思ったら超速で再離婚した美奈子。それからまたまた色々あって、最近バツ3になった美奈子。もう、誰にもアイドルとは呼ばれない美奈子。
 でも、私は多分、一生、推せる。

〈了〉
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