1 / 1
ヒメジョオンの花びらのような
しおりを挟む
蟻はさまよっていました。
生きるために地べたをはい回っていました。
ただひたすら。
そうして、あたり一面うす桃色のヒメジョオンが咲きみだれる野原に、さしかかったときです。蟻の目に、かろやかに舞うアゲハチョウの姿が映りました。
きいろとくろ、そしてだいだい色が、心に染み入りました。
(私もあんな翅がほしいな。ほんの少しでいいから、とんでみたい)
そのとき、アゲハチョウを狙う黒い影に気がつきました。
ひばりです。
「アゲハチョウさん! はやく、こっち」
蟻が指し示す先には、すき間をあけて並ぶ大きな石ころがありました。
逃げるアゲハチョウを、ひばりがもうスピードでおいかけてきました。
間一髪、ひばりのクチバシは空振りに終わりました。
「ちっ。余計なことをしやがって」
ひばりは蟻のほうへ向き直ると、とびかかってきました。
あわてて、蟻もすき間へ向かいました。
おそいかかるクチバシに、右手を打たれました。
*
おちついたころ、アゲハチョウはヒメジョオンの花びらをひとつ摘んできました。そして、蟻のサイズにあわせて細く切ると、傷ついた右手に巻きました。
「お礼をさせてください。私にできることならなんでもします」
蟻はアゲハチョウの翅を、横目で見ました。が、すぐにそらすと、
「そんな、お礼だなんて……。気にしないで」といいました。
「それよりも、お友だちになってくださいな。ね、アゲハさん」
「ええ。ええ、もちろんよ。ずっとずっと友だちでいましょう」
さわやかな風がとおりぬけていきました。
*
二週間後のことです。
「どうしたの。しっかりして」
いよいよ夏が始まるというのに、アゲハチョウは、柳の根元で力なくうずくまっていました。
「蟻さん。そろそろお別れです。今までありがとうね」
「どうして。病気なら治しましょうよ」
アゲハチョウは、力なく顔を左右に振りました。
「病気じゃないの。寿命よ。でも悲しくないわ。蟻さんのおかげで最後まで生きのこれたのですもの」
「アゲハチョウさん……」
蟻は涙をこぼしながら、アゲハチョウを抱きしめました。
「私の翅を……あなたにあげる。あなただったらいい。どうか使って……」
つぶやくと、アゲハチョウはまったくうごかなくなりました。
蟻は薄目をあけました。
なきがらとなっても、翅はきらびやかなままです。
なんとはなしに、翅をつけた自分の姿を思い描きました。
くすぐるように胸が高まりました。
震えが止まりません。
引き込まれるように、右手が伸びました。
(かまわないよね。アゲハチョウさんだってあげると言ってくれたのだから)
そのとき、右手に巻かれたヒメジョオンの包帯が目に入りました。しおれて、硬くなっているのに、まだ捨てきれない花びら……。
ふと、翅をむしられたアゲハチョウの姿が浮かんできました。
――ずっとずっと友だちでいましょう
蟻は、伸ばした手を引っこめました。そして、思いも新たに、なきがらに土をかけました。
翅が少しずつ見えなくなっていきます。
出来あがった盛り土の前で、目をつむって手を合わせました。
初夏の星空に、ひかえめな風が流れていきました。
静かに……。
妙なひややかさを感じて、目をあけました。
息をのみました。
ガラス細工のようなアゲハチョウが、夜空を舞っているのです。
夢を唄うようにはばたいています。
透明なアゲハチョウは、らせんを描きながらに、天に昇っていきました。
「よかった。ほんとうによかった」
涙を浮かべて見あげる蟻の背中に、いつのまにか、ヒメジョオンの花びらのような翅が二枚ついていました。
お日様色に輝いていました。
生きるために地べたをはい回っていました。
ただひたすら。
そうして、あたり一面うす桃色のヒメジョオンが咲きみだれる野原に、さしかかったときです。蟻の目に、かろやかに舞うアゲハチョウの姿が映りました。
きいろとくろ、そしてだいだい色が、心に染み入りました。
(私もあんな翅がほしいな。ほんの少しでいいから、とんでみたい)
そのとき、アゲハチョウを狙う黒い影に気がつきました。
ひばりです。
「アゲハチョウさん! はやく、こっち」
蟻が指し示す先には、すき間をあけて並ぶ大きな石ころがありました。
逃げるアゲハチョウを、ひばりがもうスピードでおいかけてきました。
間一髪、ひばりのクチバシは空振りに終わりました。
「ちっ。余計なことをしやがって」
ひばりは蟻のほうへ向き直ると、とびかかってきました。
あわてて、蟻もすき間へ向かいました。
おそいかかるクチバシに、右手を打たれました。
*
おちついたころ、アゲハチョウはヒメジョオンの花びらをひとつ摘んできました。そして、蟻のサイズにあわせて細く切ると、傷ついた右手に巻きました。
「お礼をさせてください。私にできることならなんでもします」
蟻はアゲハチョウの翅を、横目で見ました。が、すぐにそらすと、
「そんな、お礼だなんて……。気にしないで」といいました。
「それよりも、お友だちになってくださいな。ね、アゲハさん」
「ええ。ええ、もちろんよ。ずっとずっと友だちでいましょう」
さわやかな風がとおりぬけていきました。
*
二週間後のことです。
「どうしたの。しっかりして」
いよいよ夏が始まるというのに、アゲハチョウは、柳の根元で力なくうずくまっていました。
「蟻さん。そろそろお別れです。今までありがとうね」
「どうして。病気なら治しましょうよ」
アゲハチョウは、力なく顔を左右に振りました。
「病気じゃないの。寿命よ。でも悲しくないわ。蟻さんのおかげで最後まで生きのこれたのですもの」
「アゲハチョウさん……」
蟻は涙をこぼしながら、アゲハチョウを抱きしめました。
「私の翅を……あなたにあげる。あなただったらいい。どうか使って……」
つぶやくと、アゲハチョウはまったくうごかなくなりました。
蟻は薄目をあけました。
なきがらとなっても、翅はきらびやかなままです。
なんとはなしに、翅をつけた自分の姿を思い描きました。
くすぐるように胸が高まりました。
震えが止まりません。
引き込まれるように、右手が伸びました。
(かまわないよね。アゲハチョウさんだってあげると言ってくれたのだから)
そのとき、右手に巻かれたヒメジョオンの包帯が目に入りました。しおれて、硬くなっているのに、まだ捨てきれない花びら……。
ふと、翅をむしられたアゲハチョウの姿が浮かんできました。
――ずっとずっと友だちでいましょう
蟻は、伸ばした手を引っこめました。そして、思いも新たに、なきがらに土をかけました。
翅が少しずつ見えなくなっていきます。
出来あがった盛り土の前で、目をつむって手を合わせました。
初夏の星空に、ひかえめな風が流れていきました。
静かに……。
妙なひややかさを感じて、目をあけました。
息をのみました。
ガラス細工のようなアゲハチョウが、夜空を舞っているのです。
夢を唄うようにはばたいています。
透明なアゲハチョウは、らせんを描きながらに、天に昇っていきました。
「よかった。ほんとうによかった」
涙を浮かべて見あげる蟻の背中に、いつのまにか、ヒメジョオンの花びらのような翅が二枚ついていました。
お日様色に輝いていました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる