流行りじゃない方の、ピンク髪のヒロインに転生しました。

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第一章

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 小さな小屋が近くにあり、そこに入らせてもらう。
 部屋の中に入るだけで、少し暖かく感じる。
 
「こっちに暖炉があるから……、ほら、着いたぞ」
 
 ブライさんの力で、暖炉に火をつけてくれる。
 あったかい……けど、服が濡れていて身体が冷えているからか、中々震えが止まらない。
 
「ミア、服は脱いだ方が良い。濡れた服は暖炉で乾かそう。その間、これを着ておいてくれるか?」
 
 と、ブライさんが服を脱ぎ出し、脱いだ大きなシャツを渡される。
 
「あ、ありがとうございます……」
 
 震えが止まらないので、ありがたく受け取る。
 
「俺は外に出てるから、気にせずに着替えてくれ」
「すみません……」

 身体を拭くものがないので、暖炉の側で乾かしながら、縮こまって着替える。
 
「うう、寒い」
 
 まだ10月の頭頃だけれど、気温が下がってきているからか、中々に身体に堪える。濡れていないブライさんのシャツを着ると、ホッとする。
 
「濡れてないだけで、あったかい……」

 胸元がちょっとキツイけど、大きめなので、太もも位まで覆われて、ワンピースみたいになった。
 でも、これ足が丸見えで、この格好でブライさんと二人きりとか、駄目な気がする……。
 ええ、どうしよう。外では、シャツを着ていないブライさんが、待ってくれてるし。早くしなきゃ。
 
 色んな事に目を瞑り、外で待ってくれている、ブライさんを呼びに行く。
 
「ブライさん、ありがとうございます。着替え終わりました」
 
 こっちを向いたブライさんが、固まる。
 
「……俺、中に入らない方が、良い気がするんだけど……」

 やっぱり、そうですよね……。

「……そうか、俺のトラウザーズも貸せば良いのか」

 と、ブライさんが下の服まで脱ごうとする。

「い、いえ! 大丈夫です!! ブライさん、脱がないで下さい!」

 もっとおかしな状況になってしまう!
 
「外は寒いですし、ブライさんのシャツをお借りしてしまったので、ブライさんが、風邪をひいてしまいます。入って下さい」
 
 自分の家でもないのに、どーぞ、どーぞと中へと促す。
 ブライさんが、暖炉の前に二脚並べた椅子を、結構な距離を離して、腰掛ける。

「ここに俺がいるのはマズい気がするな……しかし、このまま、ミアだけ置いて帰れないし、どうするかな……」

 と、途方に暮れた声で言う。

「すみません……色々と、ありがとうございます」
「いや……、ユリアがすまんな」
「いえ! 私が、何か無神経な事を言ってしまったんだと思います」
「……ユリアの家が、結構複雑でな。ユリアの立場も不安定なものだから、人には分からない所で、癇に障ってしまう事があるんだろうな。俺にすら分からん時がある」
「……ルカ君に、ブライさんとコーンウォリスさんの、お二人がいたら大丈夫だろうって言われて、今日は安心して参加出来たんです。でも、それって、そうなるまでに、沢山の苦労があったってことなんですよね」
「……ルカと仲良くしてくれてるらしいな」

 優しそうに微笑んで、ブライさんが言う。

「あ、いえ、私の方が仲良くさせてもらってて……」
「ミアの隣で寝てるんだってな」
「あ、はい。いつも私が勉強してる横で、ルカ君が寝てて。仲が良いと言っても、それだけの関係なんですけど」
「ルカが、人がいる所で、そんなに無防備になるのは珍しいよ」
「そうなんですか?」
「土地柄のせいか、寝てる時でも警戒心が強いんだ。ルカも、気を許せる相手が出来たんだな……これからも、ルカの事をよろしくな」
「いえ、こちらこそ!」
 


 ブライさんの眉間に皺が寄り、

「……なんか、随分と暑くないか?」

 と、聞かれる。
 
「そ、そうですか? 暖炉の火が強いですかね」
「いや、外側からというより、内側から熱い……」

 まずいな。と、ブライさんが呟く様に言う。

「ミア、俺から、なるべく離れてくれないか?」
「え? ど、どうしましたか?」

 突然、真剣な声で言われ、狼狽える。
 ブライさんが、顔を俯いて黙ってしまう。

「大丈夫ですか……?」

 急な変化に心配になり、近づいてブライさんの顔を覗き込もうとして、パッと振り払われてしまう。

「っ、だから、近づかない方が、いいって、」

 一瞬だったけれど、手がとても熱くなっているのが分かる。

「ブライさん……? 助けを呼んだ方が良いでしょうか?」
「や、大丈夫だ。そんな格好で、……外に出たらマズイだろ」
「服も、ブライさんのおかげで、少しは乾いていますし、着替えて誰か呼びに行って来ます」

 と、言って立ち上がろうとすると、手をぎゅっと握って、止められる。やっぱり、とても熱い。

「駄目だ。そんな近くで着替えられたら……とにかく、そっとしておいてくれたら良いから」

 と、吐き出す様に言う。

「……でも、」
「…………………………神力の、暴走だよ」
「え?」
「だから、近づかない方がいい」
「あ……」

 そうか、ブライさんも、攻略対象の人だ。
 ……これは、ゲーム内でのイベントの一つで、ブライさんとこうなる為の流れなんだったら?
 私は、ブライさんに……

「………………確か、ルカが薬を持ってるはずだ。薬があれば、一時的に抑えられる」
「そうなんですね。…………ブライさんのシャツの上から、濡れた服を着ても良いでしょうか?」
「ああ、すまん」
「分かりました。行ってきますね」

 暖炉の前で乾かしていた服を、急いで身につける。

「じゃあ、行ってきますね。少しだけ待ってて下さい」

 学園の校舎まで、歩いて一時間位の距離だった。走れば、もう少し早く着くはず。
 木々の生い茂った、足場の悪い中を必死に走る。
 濡れた服が身体に張り付き、空気が余計に冷たく感じる。
 でも、早く、早く行かなきゃ。

 前方から葉擦れの音がして、ドキリとして、思わず立ち止まる。
 音が近づいて来ているのが、分かる。
 
 ――もしかしなくても、喰種のレプリカントだ。

 私が、いま出来る事は?
 ブライさんや、コーンウォリスさんみたいに戦うなんて出来ない。自分の身を守る事だけだ。
 木の陰に身を隠して、自分の周りだけの小さな結界を張る。
 葉擦れの音が、どんどんと近づいてくる。
 音で気づかれてしまうんじゃないかと思うくらい、心臓がどくどくと鳴っている。

 葉擦れの音が、ぴたりと止まった。と思った瞬間に、張ってある結界に、ビリっと衝撃が走る。

 ――気づかれた。

 結界に当たった衝撃で、少し離れ、また飛び込んでくる。再び衝撃があり、それを繰り返される。一度の攻撃は、そこまで強くない様だけれど、このまま繰り返されてしまったら、私の力が持たなくて、いつか結界が破られてしまう。
 ……どうしよう。
 直接だと、どんな衝撃があるんだろう、と恐ろしい想像ばかりしてしまう。
 学校の授業の中で、死ぬなんて事はないだろうけど、先生達も、対複数人の想定だから、攻撃力のない一人の場合はどうなってしまうんだろう。



 ――私の、前世の両親は、車の事故で亡くなった。同じ車の後部座席に乗っていた私だけ、運良く生き残った。
 就活を終えたばかりの時期で、大学を卒業してからは、仕事があったから路頭に迷う事はなかったけれど、初任給で、親に何かプレゼントをしたいと考えていたのに、何も恩返し出来ずに大人になってしまい、ずっと後悔していた。
 何か、人の為になる事ができないかと、頑丈な身体が取り柄だったので、献血に通ったり、骨髄バンクに登録したり、臓器提供意思表示カードを持ち歩いたりして、行き場の無くなってしまった気持ちを紛らわせていた。

 さっき、ブライさんが突然俯いて動かなくなってしまい、両親の事を思い出して、ヒヤリとした。
 今だって、こうしている間も、ブライさんは苦しんでいるのに、自分が何も出来なくて、悔しくて、泣いてもしょうがないのに、涙が出てきてしまう。

 断続的に続いていた衝撃が、止まる。

「ミアさん」

 聞き慣れた、優しい声が聞こえる。

「…………ルカ、君?」

 腕に押し付けていた、顔を上げる。
 無意識に結界を解く。

 涙でもやがかかった様になった視界に、酷く心配そうな顔で、駆け寄ってくるルカ君が見える。
 その横に、頭部が綺麗に無くなって、地に伏している、喰種のレプリカントが見えた。

 しゃがんで目線を合わせて聞いてくれる。

「ミアさん、大丈夫……?」
「……ブライさんが、神力が暴走してしまって、ルカ君が、薬持ってるからって、」

 心配そうな目から、真剣な目になり、

「……ザイードは、今、退避小屋にいるのかな?」

 こくりと頷く。

「分かった。ありがとう、ミアさん」

 と言うと、

「ごめん、時間が惜しいから、僕につかまってくれる?」

 ルカ君の首に腕を回され、ひょいっと持ち上げられる。私とそう変わらない体格なのに、なんでこんなに軽々と……と思う間もなく、ルカ君が走り出す。
 私が、足をもつれさせながら走って来た道を、私を抱えた状態で、速度を保ったまま進んで行く。

「あ、あそこです!」

 小屋が見えてきて、ホッとする。

 小屋の前で下ろされ、ルカ君がドアを開ける。
 小屋を出るまでは、椅子に座っていたブライさんが、床に蹲っていた。

「ザイード、来たよ。起きて」

 ルカ君が、ブライさんの頬を軽く叩き、意識を覚まさせる。

「……ああ、ルカ……すまんな」
「良いから、口を開けて。飲み込める?」
「……ああ」

 ルカ君が、ブライさんの口に薬を入れる。

「……口がカラカラで、飲み込みづれぇ……」
「文句言わずに、早く飲み込んで」
「あ、ブライさん、水を、」

 携帯していた水筒を、慌てて差し出す。

「ミアさん、ありがとう」

 と、ルカ君が受け取って、ブライさんの口に流し込む。

「ぶは、ルカ、入れすぎ……」
「飲めた?」
「……ああ、ありがとう」

 ブライさんが、ごろりと床の上に、仰向けになった。

「はあ、……ミアも、ありがとうな。ルカを呼びに行ってくれて」
「いえ、私は何も……」

 ぷるぷると首を振る。

「ユリアとクラムが戻ってきた所に会って、ミアさんとザイードがいないから、何があったか聞いたんだ。ザイードがいるから大丈夫だとも思ったんだけど、なんか、気になってしまって……、退避小屋に向かってたんだ。そうしたら、ミアさんが、喰種のレプリカントに襲われてた」

 がばりと、ブライさんが起き上がる。

「そうか、すまなかった。その可能性があったのに、一人で行かせてしまうなんて……」

 ブライさんが、呆然として言う。

「いえ、私は結局、何も出来なくて、ルカ君が助けてくれたので……」
「……ルカが来てくれて、本当に良かった」
「ユリアとザイードが迷惑をかけたね」
「っ、いえ! 模擬訓練では、ブライさんと、コーンウォリスさんに助けられっぱなしだったので……」
「ミアさん、服がまだ濡れてるよね。身体が冷えてしまうし、僕が、さっきみたいにして連れて帰って方が良いかな」

 色々あって、服の事をすっかり忘れていた……! 確かに、身体がまた冷えてしまっている。

「ブライさんの服をお借りしてしまってて……」
「…………ザイードの服?」

 なぜか、ルカ君から、聞いた事もない様な冷たい声が出る。
 
「ルカっ、それはな、ミアが全身ずぶ濡れで、そのままだと身体が冷えるから、俺の服を貸したんだ。着替えている間は、小屋の外にいたし、小屋にいる間も、ミアとは離れて座ってたからな!」

 ブライさんが、一息に説明し、息が切れてはあはあと言っている。

「…………分かった。ミアさん、そのシャツはザイードの?」
「あ、はい。そうです。濡れた服を上から着たので、濡れてしまったかもしれません。ブライさん、すみません」
「いや、全然良いんだが……、とりあえず戻るか?」
「ブライさん、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、もう落ち着いたよ。ありがとうな」
「帰るんだよね?」

 何故か、ルカ君が少し拗ねた様に言う。
 
「ああ。帰ろう」

 暖炉の火を消し、まだ乾かしていたブラウスを片付ける。

「ブライさん、すみません。シャツ、お借りしたままで……」
「ああ、気にするな。身体は丈夫だから、シャツ一枚着てないくらい、なんともないぞ」
「……ザイードは、風邪ひとつひかないから、大丈夫だよ」
「すみません。じゃあ、お借りします……」
 
 帰り道、自分で歩くと言ったけれど、身体が冷え切ってしまうから、早く帰った方が良いと言われ、結局、ルカ君に抱きかかえられて帰りました……。


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